毎度お読み頂き、有難う御座います。
まず最初に、そんな映画ありません。
平成に入って大映側から持ち掛けられたけど東宝には「何もメリットがない」と断られたと言われています。
後、嘘か誠か昭和でもそんな企画があったけど東宝が「最後はゴジラが勝つ」という話にしようとしたが大映がそれに怒って流れたなんて噂も聞いた事がありますが、時期的に東宝側もそんな余裕なかったでしょう。
ガメラシリーズは実に貧すれば鈍する、鈍すれば貧する、負のスパイラルみたいな状況でしたが、問題なのはそんな悪条件よりも、そこでも必死に作品を最後まで撮り続けた現場の健闘ぶりでしょう。
特撮、本編ともに奮闘した湯浅憲明監督の割り切りが無ければ、ガメラも日活のガッパ、松竹のギララ同様、3作目の「大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス」で消えていたかもしれません。
そんな湯浅監督も倒産の報せは余程悔しかったのでしょうか。
なので最終作「ガメラ対深海怪獣ジグラ」最大の見どころが冒頭のダイニチ配給マークだとか言ってはいけません。
そんなもん「戦争と人間」でも見られるんですから。
いやあれも一応一部二部は特撮作品なので。
最大の見どころは、顔が濃いばっかりに外人にさせられてしまった藤山浩二です(違)。
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さて左前の大映程ではないにしろ、東宝も邦画斜陽の時期とあって大変でした。
肝心の特撮映画も、「怪獣総進撃」の大ヒットに気を良くした会社が怪獣映画終了を早々に撤回し、過去フィルムを流用して安価な映画を撮れと命じ、流石に温厚な本多猪四郎監督もブチ切れたという昭和44年の「オール怪獣大進撃」。
結果的に子供の夢を舞台にし、内向的な少年が夢の中のミニラに励まされ、成長していった良質な児童映画と呼べるでしょう。
本多監督も製作が決まってからは、怪獣映画というより児童映画として取り組み上手くいったと思っていた様です。
ただ、当時「総進撃」の次回作と期待して行った当時の怪獣少年達、私の大先輩たちの無念も聞きますし、後年テレビで、或いは名画座で上映されて見直した時の全く異なる「いい作品だった」という感想も聞くと、不思議な気分になります。
何より本作以降、怪獣映画は予算がカットされ、更にテレビアニメ数本と併映の「東宝チャンピオンまつり」として、子供客限定の様な方向で上映される事になるのでした。
当時の東宝にとってこれが怪獣特撮映画の生き残り策だったのでしょう。
翌年早々には「キングコング対ゴジラ」の短縮版とアニメ併映、そしてゴジラ以外の怪獣映画としては、長らく最後の作品となった昭和45年「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ決戦!南海の大怪獣」が製作され、本作には円谷英二もやる気でしたが体調を崩しそのまま他界する事となりました。
この後も過去作品の短縮版と、新作のローテーションで東宝チャンピオンまつりは続きます。
公害問題を真正面に扱い、あまりにアバンギャルドすぎて(というか田中友幸氏が入院中に、ゴジラが空を飛ぶシーンを無理やり押し込んだ事に立腹して)監督の坂野義光さんが干された超変化球の傑作、昭和46年「ゴジラ対ヘドラ」。
音楽がエンディングの主題歌以外全部過去の伊福部作品という、しかしガイガンという超絶カッチョイイ敵役を誕生させた昭和47年「地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン」。
実質撮影期間1ケ月という、昭慶さんもLD発売当時
「お!これも出たんか!これはね、安~う撮ったよ!」
と自虐的に語ってその場の一同を爆笑させた程の昭和48年「ゴジラ対メガロ」。
その後に「日本沈没」の大ヒットがあり、少々予算が増えたゴジラ誕生20周年記念作品が昭和49年「ゴジラ対メカゴジラ」。
翌昭和50年「メカゴジラの逆襲」を最後に東宝はゴジラを単独上映、大作として復活させんと東宝チャンピオンまつりでの上映を終了。
東宝チャンピオンまつりはディズニーアニメを上映したり、「キングコング対ゴジラ」再々上映、そして「スターウォーズ」ブームを受けて「地球防衛軍」(最初「宇宙大戦争」を予定し、単独LPまで発売しましたが、やっぱり怪獣が出る方がいいと変更したのでしょうか?)を上映して昭和53年で終了しました。
1970年代末、東宝レコード「伊福部昭の世界」発売に端を発する特撮マニアによる怪獣ブームでは、少年時代に子供向けとバカにされた青年たち、それ以前の怪獣映画が子供向け特化に変貌して安っぽくなっていく姿に立腹した世代からケチョンケチョンに言われた「東宝チャンピオンまつり」のゴジラ作品群。
今となっては全て過去の出来事ですが、当時はホント様々な場面に一喜一憂し、言い表し難い情熱を燃やしたものでした(老人)。
…解説になってませんねえ。