拙作ではリック社長の所為で異世界の王国が大変な邪進化を遂げています。
この物語から十数年後には、強烈にオタクな人々を大量生産する様なトンデモ国家にしてしまっています。
しかし、ここまで書いていて無念に思う事があります。
作者はじめ1970年代に子供時代を過ごした者にとって、毎日19時前後になると必ず見る事が出来た変身ヒーロー、その中でも結構マイナーな…いや、メジャーな番組と裏表で被ったりして、見たくても見られなかった作品が結構あったのです。
1971年「シルバー仮面」とか1972年「アイアンキング」とか。メジャーな円谷でも「ファイヤーマン」もそうでした。
かの「宇宙戦艦ヤマト」も我が家では「猿の軍団」を見る為に見られなかった。
兄が「アニメは再放送するけど特撮はしないからコッチ見ろ」と小学生とは思えない慧眼で言い放ったからなですが、結果的に兄グッジョブ。
一家そろって「シルバー仮面」見てたら、さぞかしATGな一家になっただろなあ(なんだそれ)。
念のため、ATGとは日本アートシアターギルドという、前衛芸術的?な低予算作品を輩出した映画会社です。
1作1千万円と言う低予算で、大島渚、寺山修司、三島由紀夫、新藤兼人などの鬼才が活躍したそうですが怖くて見てません。
特撮ファンだったら実相寺昭雄の「無常」「曼荼羅」、岡本喜八の「吶喊」「肉弾」なんかでご存知かもしれません。
「無常」は拙作でも何回かネタにしてます。そん位強烈。まるで「怪奇大作戦」の劇場版みたいでした。
あとネタに詰まると「曼荼羅」のサントラ聞きながら書いたり。思わず船出して遭難したくなります。
「シルバー仮面」はそんな狂気じみた実相寺ワールドをスタートラインとしてますんでお茶の間がどうなったか知りたいような知りたくないような。
流石に視聴率が取れなかったため実相寺監督以下彼の立ち上げたコダイグループは「シルバー仮面」から撤退しますが、元々日本現代企画は円谷プロの照明技師小林哲也さんが興した会社なので、円谷的な作風でありつつ独特なセンスを持った会社でした。
今の子供達からすると、いや1980年代まで遡っても、ウェットスーツの巨大ヒーローと言えばウルトラマンという印象が強いでしょうが、嘗て変身ブームは円谷プロでもウルトラ「マン」シリーズの他に「ミラーマン」、「ジャンボーグA」、「ファイイヤーマン」、巨大化しないけど「トリプルファイター」に「レッドマン」と世に送り出し、更にピープロダクションが「スペクトルマン(ウェットスーツではありません)」、日本現代企画(製作は宣弘社)が「シルバー仮面(最初は等身大でラメ入りタイツ地、途中イキナリ巨大化)」、「アイアンキング」、東宝が「流星人間ゾーン」、ひろみプロという謎の会社が「サンダーマスク」と、もう今からでは信じられない巨大ヒーローがテレビ狭しと暴れまくっていたのです。
それらもオイルショックと同時にピッタリと消えてしまったのですが。
アイゼンボー(人物はアニメ、背景や破壊シーン、戦闘シーンは特撮という「立体アニメ」シリーズ第二作、「恐竜大戦争アイゼンボーグ」後半に唐突に登場)以外は。
そんな、ウルトラマンみたいだけどウルトラマンじゃない、巨大な銀や赤のウエットスーツのヒーローが一週間毎日どこかで暴れまわっていた、未だに特撮を卒業出来ない小学ン十年生にとっての夢の時代の重要な部分を、日本現代企画が担っていたのです。
その日本現代企画が宣弘社の下請けで放った、ロボットブームに対する特撮プロからの答えが1973年「スーパーロボット レッドバロン」1974年「スーパーロボット マッハバロン」でした。
中々に本編演出に独特のセンスが冴えていたのですが、当時の子供向けヒーロー作品としてどうしても物語に無理があったりトラブルメーカーの子供やコメディリリーフが悪目立ちしていた枷は感じます。
それでも人気があり、視聴率も稼いでいたのですが、第一作「レッドバロン」はスポンサーの日本空気販売の倒産で打ち切り。
第二作「マッハバロン」もオイルショックのため打ち切り。
日本現代企画から独立した創映社が、第三弾的な作品、1977年「小さなスーパーマン ガンバロン」は子供達が主人公でガンバ論は等身大のパワードスーツ、しかし日本初の特撮ヒーローロボットで合体というダイバロンを登場させていましたが、これもスポンサーで当時怪獣人形で大人気だったブルマァクが倒産したため打ち切り。
色々不遇な会社でしたが、しかし巨大特撮こそなかったものの1975「少年探偵団」、翌年円谷プロの下請けで「恐竜探検隊ボーンフリー」の特撮部分を製作し、小林社長が逝去した1977年に解散するまで、確かに昭和の子供達を楽しませ続けた、忘れられない存在だったのでした。