特撮ファンなら知っている、そうでなければ知りもしない昭和41年の特別制度がありました。
昭和41、2年と言うと世はまさに一大怪獣ブーム。ゴジラ、ガメラに日活のガッパ、松竹のギララと、何でそういう会社がそういう怪獣ムリヤリブっ込んでくるのか、そりゃブームだからか?とぼんやり思っていました。
しかしその裏には国が税金で怪獣映画を支援し、輸出を助けるというトンでも制度があったのです。
その制度に働きかけたのが、大映のワンマン社長永田雅一。
結局どういう目論見があったのか、この制度の融資を受けた怪獣映画でガッパもギララも昆虫大戦争もかなりの赤字で、「大怪獣空中決戦ガメラ対ギャオス」だけ黒字。製作費は5千万円程度とそんな巨額でも無かったのに。
そして東宝、東映はこの制度に感心なく、利用する事もなかったのです。
各社とも製作費をブッ込んで老朽化した機材を買い替えてその分赤字になった、なんて説も聞いた事もあります。
永田社長は国会に呼ばれましたが、罪に問われる事もなかったそうです。
「野球と政治に首を突っ込んだら駄目だ」と言われる両方に永田社長は首を突っ込み、結局その数年後に大映は倒産しました。邦画冬の時代に抗い得なかったのです。
日活が特撮に興味を示す事もなく(生死を懸けた超大作「戦争と人間」に一部特撮を使いましたが)これも倒産、松竹は頑張って「吸血鬼ゴケミドロ」「吸血髑髏船」という毒路線、じゃない独自路線、バッドエンド一直線を突っ走ったりして特撮は終了、人情喜劇路線で存続しました。
今回のお話しは、そんな日本特撮史の闇の小話を元に書いたのですが、流石特撮大好き少年(アラサー)リック君、大喜びで楽しんでいました。
そう。1970年代末から80年代初頭。
世間は怪獣ブームでしたが、その中心的存在の東宝特撮は殆どテレビで放送されず、ガメラ、ガッパ、ギララ、怪龍大決戦の放送で飢えをしのいでいたのです、当時の特撮ファンたちは。
そしてあのガッパの主題歌、ギララの主題歌に腰を抜かしつつも渡辺明以下日本特撮KKの雑だけど派手な都市破壊で渇きを潤していたのです。
私も今でも一日他社作品を流しつつ「豪華だなー」とミニチュア破壊と耳から離れる事のない主題歌を満喫しつつ本作を書いているのです。
舞台裏に何があったかなど関係なく、昭和40年代も50年代も、子供達は怪獣が大好きだったのです。