「……本当、なんだったんだよあいつ」
朝、起きても誰もいないのにももう慣れた。
家の中も。
店の中も。
鍛冶場にさえ親父がいない。
前は何人も出入りしていた鍛冶師たちも、もういない。
「くそ、また返し忘れちまった」
あの変な奴──変な女が忘れていったナイフ。
鞘から抜いてみると見惚れるほど綺麗な刀身がある。
親父でもここまで上手くは作れないかもしれない。
刃物としての使い心地なら親父のほうが絶対上だが。
まあいいや。
必要なものなら取りに来るだろ。
むしろまた会いに来られるかもしれないのが面倒くさい。
俺はため息をつきながら店のドアを開けて換気を──。
ごん。
「ごん?」
ドアの前に座り込んでいたらしい。
マントで顔も身体も隠した変な女が道に転がった。
殺ったか? ……殺ってないよな?
おそるおそる見ているとむくっと起き上がって、
「あ、おはようございますカイトさん。いい朝ですね」
くそ、ちょっとでも心配して損した。
◆ ◆ ◆
居座り作戦、大成功だ。
俺は上機嫌でカイトの家の中を見回した。
多少気まずさを感じたのか、少年が「朝飯食ってくか?」と言ってくれたのだ。
「なんだかんだ言ってわたしのこと、気になってたんでしょう?」
「そんなわけあるか。それより、おもてなしとか期待するなよ」
「おかまいなく」
親子二人どころか、大家族でも住めそうな広さ。
四人から六人掛けのテーブルも頑丈そうだ。
だけど、よく使う部分以外はうっすらと埃をかぶっている。
コートを脱いで椅子にかけて。
振り返れば、少年が冷たいままのシチューを器に移そうとしていた。
あるある、ではなく。
「温めないで食べるとお腹を壊しますよ」
「薪がもったいないだろうが」
この世界にはコンロも電子レンジもないからな。
食事を温めるにも火を起こして、それを維持しないといけない。
当然薪はタダじゃない。
俺は「仕方ありませんね」と手袋も外して、
「一宿一飯の恩ということでひと肌脱ぎましょう」
魔法で火を出せば原価はタダである。
直火になるので注意は必要だが、幸い上手いことシチューが温まった。
「いただきます」
「…………」
俺のつぶやきを少年が不思議そうに見つめて。
「どうしました?」
「あ、いや。えーっと……『神よ、感謝します』」
食前の祈りを神に捧げた。
シチューは具沢山で味の調節もばっちり。
ミルクまで使っているとは贅沢な。
「食事はいつもどうしているんですか?」
「適当だな。屋台で買ったりパンをかじったり。……これは知り合いが持ってきてくれたやつ」
「なるほど」
親を亡くした少年を笑う者もいれば心配する者もいるわけだ。
「お前こそ、ほんとなんなんだよ。エルフって火も金属も使わないって聞いたぞ」
「それは森のエルフですね。旅のエルフは必要に応じて使いますよ」
「どう違うんだそれ」
「そのままですよ? 里を追い出されたりなにかの理由で森を出たエルフは人に倣います」
「…………」
カイト少年がシチューに視線を落とした。
「お前も、追い出されたのか?」
「ええ。わたし、金属が大好きなものですから」
「ナイフも魔法でやったって言ったな」
「金属を司る魔法、わたしのいちばん得意な属性ですね」
「二番目は炎か?」
「だいたいそんなところです」
自然を尊ぶエルフは家事の原因になる火も、武骨な金属も嫌う。
少年がジト目になって、
「そんなの追い出されて当然だろ!」
「実はわたしもそう思ってまして、ですので人間さんと仲良くしたいなーと」
「お前、同情させようとしているだろ」
「ばれました?」
冗談めかして笑うと「食べたらナイフ持って出てけよ」と睨まれる。
「まあまあそう言わずに。鍛冶師として雇うかはともかく、一人より二人のほうが便利ですよ」
「便利って、たとえば?」
「例えば、掃除とか」
年上のお姉さんを舐めてもらっては困る。
食事の後、二人分の洗い物をさっと済ませた俺はさっそく掃除にかかった。
前世の俺はわりとズボラな野郎だったので自慢にはならないが。
さすがに十三歳のガキとは年季が違う。
昼食時になる頃にはリビングが見違えるように綺麗になった。
これには、俺を置いて店に出るのを渋っていたカイト少年も、
「……メイドとしてならその辺で雇ってもらえるんじゃないか?」
「あら、メイドとしてなら置いてくださいますか?」
せっせと働いたらさすがに肩が凝ってきた。
俺は服の下に手を入れると、
「わっ!? なにしてんだよお前!?」
目を逸らす少年を無視して、さらし代わりの布を外した。
「昨日からつけっぱなしだったので苦しかったんですよね」
拘束から解放された俺の胸がどん! と姿を現す。
少年、「え……!?」と目を丸くして凝視。
そうだろう、気になるだろう。
測り方知らないからアレだが、G以上はカタいからな。
青少年にはちょっと刺激が強すぎたかと、
「わかった。お前エルフじゃなくてダークエルフだろ」
「肌黒くないの見ればわかりますよね!?」
俺もエルフ美少女は華奢な貧乳派だけど、最近はエルフ=貧乳じゃねえんだよ!
「ほらほら、カイトさん? 巨乳エルフメイドなんてめったにいませんよー?」
「ば、馬鹿かお前!」
そう言いながら顔が真っ赤だがー?
「だいたい金がないのに食い扶持増やしてどうするんだよ!?」
「だったらわたしを鍛冶師として雇いましょうよー?」
「うぜえ」
うざいって言われたぞ、おい。
◇ ◇ ◇
昼食はとりあえず近くの酒場から二人前テイクアウトしてきた。
行ったほうが早いんだが、少年が「店を離れられるか」とか言ったからだ。
「いいお店ですよね、ここ」
「どこがだよ。売り物もろくにないってのに」
「あるじゃないですか、まだ」
例えば、味も素っ気もないシンプルすぎる長剣。
抜いてみると、ほら。
「高い鉄を兼ねなくとも素材を見極めて、丹精込めて打った良い品です」
「……はっ。エルフにそんなことわかるわけ」
「わたしは金属が好きなはぐれエルフですからね」
微笑むと、少年はそんな俺をじっと見つめて、
「それでも、女は仕事場に入れられない」
「どうして? なにか理由があるんでしょうか?」
「昔からの常識だよ! 女が入ると火の精霊が怒るんだ」
ああ、よく言われるやつだ。
「魔法の名手であるエルフの端くれとして言いますが、それ迷信です」
「へ……?」
「火の精霊は気性が荒い女性格ですから、むしろ同じ女のほうが相性良いです」
「いや、だって」
「カイトさん、火属性の男性魔法使い、何人知ってます?」
「…………」
しばらく黙った少年はちょっとイラっとした感じで、
「じゃあ鋼の精霊だ!」
「少なくともわたしとはとっても仲良しですが」
「……いや、だって」
「ちょっと泣きそうにならないでくださいよ」
「お前が俺をいじめたんだろ!?」
理不尽に追い出されたのは俺のほうだが……?
こほん。
軽く咳ばらいをして気を取り直す。
「もちろん他にも理由はあると思います。男よりも体力も力もないからとか」
危ない仕事だから、大切な奥さんや恋人には関わらせないとか。
「でも、わたしには魔法もあります。なにより本人がやりたいと言っているんです」
「……それは」
少年にとっては願ってもない話のはずだ。
新人とはいえ安く雇える鍛冶師。
ひとまず生活するためにも新しい商品はどうしても必要。
「給料はなくても構いません。働かせてもらえれば十分です。どうですか?」
「……お前、なんでそこまで」
「言ったじゃないですか。武器が好きだから、ですよ」
にっこり微笑むと、それが決め手になったのか。
彼は「仕方ないな」とばかりにため息をついて、
「駄目だと思ったらすぐたたき出すからな」
「はい! 今日からよろしくお願いします、親方!」
ふっ、やっぱり子供はちょろい。
ともあれこれでなんとか目途は立った。
前世からの夢。
前の人生では叶わなかった、自分の手で武器を打つという夢にようやくたどり着いたのだ。