さて、きょう更新の「欠けた月」といい、バレンタインデーの薔薇といい。
―――いや、きみ、まずは話し合おうよ??
ってなってしまうのが昊天という男なのですが。
だってバレンタイン事件?とか、妻の立場からしたらまったく意味わからないじゃないですか。
週末に突然買い物へ連れ出され、「我が家の女主人にふさわしい装いを」と晴れ着一式を買い与えられる。そこまではいい。けれど、その後は春節に関する話題は一切なし(いつの間にか秘書に役割を振っている)。周囲からはヒソヒソと噂され、本人はそのまま海外出張へ。
不安の絶頂に届くのは、突然の、ばかでかい花束。
「よかった、忘れられていたわけじゃない」と安堵し、今度こそちゃんと話し合おうと帰宅を待てば、抱いてうやむやにされる・・・・・・
そりゃ翌朝泣くよ!意味がわからなくて泣きますよ。
薔薇送る前に電話しろよこの男!!
しかし、昊天さんにしてみたら、電話より薔薇のが楽なんでしょうね。薔薇は物質という形をとった一方的なコミュニケーションだけど、電話はリアルタイムかつ双方向なので、感情の同期を求められる対話よりも、彼にとっては薔薇をおくるほうが楽なんです。
そんな毎回やきもきさせられる昊天さんのコミュニケーションスキルですが、本編すべて通して一番好きなのが、
>>「待つって、結構大変だろう」
っていうセリフですね。
自分の乏しい経験からで恐縮ですが、多くの男性は自分の目の前で起きていること以外はなかなか労力だと認めてくれないものです。
昊天さんの育った環境でいえば、父君は仕事で忙しく、外に女性がいる気配もあり、母上は「待つ女」だったわけですが。
そういう環境で育っても彼は「待つこと」を当たり前の義務だと思っていません。普通の男性が「家にいるだけだろ」とスルーしがちな時間を、たとえ離ればなれになっていても、その時間に積み重なる「待つ」という行為の重みを、正しく理解してくれている。
またもや、「おちくぼ物語」に重ねて考えてみます。
ああいう古典文学って、姫君は「待つ女」で、そういう待ちの姿勢でいる姫を見て、道頼みたいな貴公子は「可憐だなあ。僕が助けなくては」と救い出しに来るわけですけど。
しかしこの物語の妻は「可憐に待つ」のではなく、「待つこと」を自ら選択している。
そして、その選択に伴う労力を、きちんと対等に理解してくれる相手がいる。
コミュニケーションは不器用極まりないけれど、幸せなことだなあと思います。
というわけで、今日のお絵かきは起き抜けにメガネ&ぼさぼさ頭で小猫のいれたコーヒーを飲む昊天さん。
