“愛”や“祈り”の観点から“神の存在証明”を試みてみました、もし興味があるならお読み下さい。
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“神”とは何か。
“神”とは“無辜の祈り”であり、それは=で“愛そのもの”である。
そもそも“祈り”とは誠意を極限まで尽くしきった後に発現する、もうそれ以上刮ぎ落とす事が出来ない程にまで“極めて純化された思念エネルギーの結晶体”それそのモノに他ならない←“それ”は森羅万象を劈いて対象となる存在や現象の本質に徹底的に作用する特性を持っている。
この“祈りの力”を“無償の奉仕”の精神で以て発動させると“愛”と呼ばれる“意識帯”にまで昇華して行くのであるが、この“愛”の“究極の体現者”にして“実践者”こそが“神”であり、その正体は“愛の意識”そのものを“願い”に変えて朝に夕に万物の生成・発展・救済を念じ続けながら宇宙全体に創造と破壊の嵐を巻き起こしている張本人に他ならない。
この“愛なる神”から全ての現象・存在・概念は生まれた、それ故にこれらは須く“愛の神秘”によって成り立っている、と言わざるを得ず、また我々人間も“真っ当な者達は”皆、老若男女貴賎貧富関係なく“愛”の尊さや素晴らしさ、そして大切さを“感覚として”知っている(例え言葉には直せなかったとしても)。
それこそが我々が神から造られし“被造物”の証であり、そして“神が居る”と言う確かなる証拠に他ならないのだ。
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“愛”と言う“確かなるモノ”を追い求め続ける人々に、このクソッタレな現実世界に染まり切った連中は言う、“そんな下らないモノにうつつを抜かしている暇があるなら勉強しろ”、“もっと大人になれよ”と。
だけど彼等の言う“大人になる”とはこの地球と言う惑星に暮らす現生人類の社会の摂理を知る事であって(もっと言ってしまえばそれに適合する生き様を身に付ける事であって)、間違っても“宇宙の真理”を悟る事ではありません。
では真の意味で“大人になる”とはどういう事なのか、と言えばそれはまず最初に“愛を知り”、“人に愛される事を知り”、“人を愛する事を知る”、以上の事柄を学んで体現する事です←それが“大人になる”と言う事の第一歩なのです。
ではそもそも“愛”とは一体なんでしょう、それは“誠意を尽くすこと”であり=で“祈る”と言うことです。
そしてその結実した姿こそが我々“霊なる者”であり、もっと言ってしまえば“存在”なのです(即ち“愛”とは“存在すること”だと言い換える事が出来ます)。
それは一体何故なのか、と言いますと、私達は誰もが皆、この宇宙全体を創造した“始源の超神”(“宇宙創造能力”とも呼ばれる)によって生み出されて来たそうです。
“始源の超神”は“生き物”や“現象”、そして“霊なる者”を創造する際に、その存在に最も相応しい在り方や姿をイメージして次々と創造を行っていったのです、“出でよ”、“生まれよ”、“有れ”と言って。
その際、“始源の超神”は己の感性や知識をフル稼働させて全能力を集中させ、精神力と生命力を削りながら存在達を生み出して行ったのだそうです、そこにありったけの暖かさと愛情を込めながら、一切妥協する事も無く。
こうして生み出された存在達はだから、全て“始源の超神”の“誠意と愛情の発露”であり“祈りと真心の顕現”とでも言って良いモノとなりました、故に存在する事こそが愛なのです(“神の愛の迸った結実”、あるいは“その証”なのです)。
そしてだからこそ。
この宇宙に生きとし生ける全ての“霊なる者達”は、互いに等しく愛し愛されなければならない、愛し合わなければならない。
それが“宇宙の法”であり“宇宙の秩序”であり。
そして“宇宙の愛”なのです。
※これを信じるも信じないもあなた方次第です。