第5話


 翌日、イリアス様が治療室にいると聞きつけて、様子だけでも見に行こうかと悩んだときだった。

 ちょうど、主人公が部屋から出てきたところに遭遇。一瞬の沈黙が流れた後、彼女は深く頭を下げてきた。


「ロザリンド様! 昨日は助けていただき、ありがとうございました!」

 

「……別にイリアス様が傷つくのは嫌だっただけよ。貴女はそのついで」

 

「でも、助けていただいたことには変わりありません。その……あのあと、イリアス様も気にされてました」


「そう。でも何も言ってこないのね、あの男。別にいいわ。勝手にしてちょうだい」


「あっ、ロザリンド様!」


 私はくるりとスカートを翻して、足早に部屋を離れる。

 

(嘘つき。本当は感謝してほしかったくせに。だから、イリアス様のことを見に行ったんだ、未練ったらしい)


 ざわりと、別の誰かが私に囁く。

 それはまるで暗い影が、私をドロドロとした嫉妬や憎悪の沼に落とし入れていくようだ。

 彼に守られるのも、彼の隣に立つのも、彼と共に歩むのも、本当は「私」だったはず。


 憎い、憎い、憎い!


 今すぐにでも、あの女を殺して、イリアス様を私のものにしたい――!

 腰に携えた杖に手をかける。ここから上級魔法を放てば、彼女を消し炭にすることだって簡単だ。

 ホルダーから杖を抜いて、あとは言葉にするだけ。軽く息を吸ったときだった。


 “正しいと信じられるなら、お前はお前を見失わない”


「あっ……」


 凛と響く声。

 いつだってそうだ。どんなにどん底でも、彼がいたから頑張れた。彼がいるからこそ、私は私でいられるんだ。

 あぁ、だからこそ、イリアス・テュフォン・アルビオスは、私の最高の推しなのだ。


 そうして、日々は駆け抜けるように過ぎて、彼はゲームのシナリオ通り、ロザリンドに婚約破棄を告げたのだ。

 それは、イリアス様がイリアス様のまま、ヒロインを救う立派なヒーローになった瞬間だった。


 馬車は、闇夜の街道をひた走る。

 王都からは随分と離れた。


 ここから先は、“悪役令嬢ロザリンド”じゃなくていい。

 

「っ、ふっ、うぅぅ、あぁぁ、あぁぁっ!」


 タガが外れた。


「イリアス様、イリアス様ぁぁっ!」


 大好きだった。誰よりも、何よりも、愛しい、愛しい人。

 貴方は私の太陽で、ずっとこの先も照らし続ける、唯一無二の光。

 こんなにも、好きで好きでたまらないのに、どうして、告げることができなかったんだろう。前世の私を恨むべきなのか。

 違う、そんなことはない。

 イリアス様に出会えたこと、それが何よりも奇跡だ。数多あるゲームの中で、たった1人、私に生きる意味をくれた人。

 これが運命じゃないとするならば、運命そのものに意味はない。

 

 画面の向こうでは、何度も、好きだって伝えてくれた。愛してるって、照れ臭そうに微笑んでくれた。

 それなのに、現実になった途端、世界で一番遠い人になってしまった。決して届くことのない、けれど、確かにここにいる人。


「うっ、うぅっ……」


 だから、ちゃんと見てきたじゃないか。

 イリアス様が笑ったり、怒ったり、魔法を華麗に放つ姿や豪快にご飯を食べるところまで。見ることができなかった一面を、たくさん知ることができた。同じ世界にいたからこそ、彼が生きているのだと、実感することができたじゃないか。

 それだけで、もう、充分だ。

 触れられない人に触れることができたこと、それが何よりも私の「幸せ」だ。


「愛してます、イリアス様」


 ずっと、この先も、一番愛している人は変わらないだろう。

 だったら、それでいい。それが、私が「私」を見失わない最大の理由だ。


 それから数日、留学先へ向かう港まで、移動しながら宿に泊まり。

 ようやく学術都市へ向かう船まで、たどり着いた。

 その船便で、予想外の人と出会った。

 

「あら、リナルド様。ここにいらっしゃるとは思ってもみませんでしたわ。いかがされましたの?」

 

 私にちょっかいをかけていたリナルドだ。

 彼は眼鏡をクイッと持ち上げると、嬉しそうに微笑む。


「イリアスに婚約破棄された、貴女の顔を見てみたくて。きっと、酷い顔をしてるだろうから」

 

 だから、嫌いなんだ。ドSキャラ。

 彼は私の顔をマジマジと見ると、面白くなさそうに、呟いた。


「……全然、平気じゃないか」


「そうよ。案外、スッキリしているの」


 私は、そう言ってリナルドに微笑んだ。

 彼は「なら、いい」と苦笑する。

 

 泣いて、泣いて、泣き止んで。

 私は一生、この傷を抱えながら生きていく。

 

 それでもいつか――彼が幸せになった世界で、私も笑ってみせるのだ。




Fin.







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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ざまぁのない、ただ推しが尊いというだけの物語でしたが、ロザリンドに少しでも共感していただけましたら、☆や♡をよろしくお願いします。

感想もいただけたら、とても嬉しいです!


もし「オタク女子……嫌いじゃないよ」という方、別の世界線でアイドルオタクの女主人公が奮闘する長編も書いております。 お口直し(?)に、こちらも覗いていただけると嬉しいです!

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転生悪役令嬢。最推しを祝福するために、婚約破棄されました。泣いていいかしら? 綾野あや @Aya_kura25

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