第4話


 最終試験の日、事件が起きる。


 イリアス様の絶体絶命の大ピンチだ。

 

 試験の内容は、魔獣が生息する森に向かい実戦すること。

 森には、低レベルの小物ばかりしかいないので、心構えや度胸をつけるのが目的だ。

 日々の研鑽のおかげで、私は中級から上級魔法まで使えるようになった。たまに、イリアス様の親友ポジションである、リナルドにちょっかいかけられていたけれど、それは無視した。

 だって、眼鏡キャラは苦手なのだ。嫌味なところがいい、というけれど、実際に聞かされると腹が立つ。


(って、そんなことよりも、イリアス様だ!)


 私は急いで広大な森を駆け抜ける。

 試験は、1人ずつ時間差で森に入っていき、最奥の遺跡にある合格メダルを受け取ればクリアとなる。帰りは、転移魔法陣で入り口に戻るだけ。

 途中でどれだけ魔獣に出くわすかは、人それぞれだけど、イリアス様は最悪なことに、この森のボスと遭遇してしまう。


 グリラックベアー。

 大型の肉食魔獣で、熊のような巨体と高い俊敏性を誇り、出会ったら最後、そのスピードと強大な力で人間を襲い、食い殺す。


 イリアス様も必死に応戦するのだが、吹き飛ばされて血まみれになり、瀕死の状態になりかける。

 そこへ、主人公が現れて、何とか二人で撃退して、絆を深めるのだ。


(そう……最上級にして最高のイベント。だから、邪魔はできない。できないんだけど……)


 杖を強く握りしめて、襲い掛かってくるスライムを薙ぎ払いながら、イリアス様を探す。

 あのときの、心底辛そうな顔を思い出すだけで、胸が張り裂けそうに痛くなる。

 髪はぐしゃぐしゃ、服も顔もドロドロ、満身創痍の身体に鞭を打って、主人公を庇いながら敵に立ち向かう。


 なんて、最高のヒーローなんだろう。

 ありふれたシーンなのに、史上最高の英雄にしか見えない。

 画面の向こう側にいた私でも、一緒に杖を握りしめて、魔法で戦い勝った記憶がよみがえる。

 勝利したときに見せた、まぶしい笑顔を、ずっと、ずっと忘れない。


(だから――)


 グォォォ!!!


 獣の雄たけびが上がった。

 まぎれもない、グリラックベアーの叫び声だ。


 魔法の炸裂音が鳴り響いた方向へ走れば、イリアス様と主人公の姿が見えた。


「貴方たち!」


「ロザリンド!?」

「ロザリンド様!?」


 私が突然、現れたので気をそらしてしまったのだろう。

 それを見逃さなかったグリラックベアーが、一気に、距離を詰めにかかる。

 

(そうはさせなくってよ!)


 杖をふるい、土魔法で彼らの前に壁を作る。

 驚きもたつくところを見計らって、さらに、火球を三発ぶつける。

 ターゲットが、私にロックオンされた。


 チラリと見れば、すでにイリアス様はズタボロ状態だった。


「お前のことは絶対に許せなかったのよ! よくもイリアス様をボコボコにして!」


 最高のシーンだったけれど、大好きな人が傷つくのは見たくなかった。

 爪で引っかかれたせいで、頬も腕も血だらけになり、吹き飛ばされたせいで、土ぼこりにまみれて泥だらけだ。


 彼の背後には、守られるように怯えた小さな姿が見える。ほんの少しだけ成長した、主人公。

 でも――イリアス様と一緒じゃなきゃ勝てない弱い女の子。起死回生のチャンスをうかがっているようだけど、ここまでイリアス様を汚れさせた罪は重い。


 私の英雄は、私だけのものだ。

 だから、この主人公には渡さない。

 あの笑顔を他の誰かにくれてやるものか。

 

「其は、ゆるしなき煉獄れんごく、咲き誇れ、あけ徒花あだばな――すべてを灰に還せ!」


 特大の火球をグリラックベアーに投げつける。

 たちまち火柱が立ち上がり、絶叫をあげて、もだえ苦しむ。私の苦しみはこんなものじゃなかった。

 すぐに助けたくても、助けられなかった、あの悔しさを全部、ぶつける。


 やがて炎が消えると、丸焦げになった敵は、ぐらりと大きな音を立てて地に伏した。


「っ、はぁ、はぁ……」

 

 魔力を一気に消費したことで、身体が急激に重くなる。けれど、イリアス様に治癒魔法をかけて治さなきゃいけない。

 と、杖をあげたところで、主人公と目がかち合った。

 この後、治癒魔法をかけて彼を看病するのは、彼女の役目だ。私が行ってしまったら意味がない。

 ゆっくりと腕をおろして、背を向ける。これが正しい選択だ。


 呆然とする彼らを尻目に、私はゆっくりと森の奥深くを目指す。

 道なき道をただひたすらに、たった一人で歩いていく。

 涙があふれて止まらない。でも、悪役令嬢の“プライド”が、嗚咽を殺して足を動かしてくれた。




 

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