明日やばい日
白滝ねこ
第1話
「明日ヤバくね?」
その言葉が、すべての始まりだった。
その年、三十三年ぶりのしし座流星群に世間は浮かれ、ニュースは同じ話題を
「雨でも降らないかな」
僕のつぶやきに、母さんが呆れ顔で答える。
「ほんと、あまのじゃくね。お父さんそっくり」
そう言われても僕には響かない。
世の中の期待や流行と僕の関心は、反比例するからだ。
なのに流星群の夜、この星はちゃっかり空気を読んだ。
日本列島から、雲が嘘みたいに消えたのだ。
「空が味方してる!」
なんて、誰かが笑って言っていた。
確かにそれは、どこかの誰かが願いごとを数え損ねそうな夜だった。
「ねえ、見ないの?」
彼女が僕の袖を引く。
「寒いし、流れ星なんて、どうせ重力に負けたゴミでしょ」
「そういうこと言うからモテないんだよ」
その言葉は、母さんのよりは破壊力があった。
むくれる僕に小さな笑い声を届けて、彼女は空に顔を向けた。
彼女の白い息が、流星の光に溶けていく。
――その時はまだ、あの未来を見る黒猫のことなんて、僕らは知る由もなかった。
それは半年間続いた夏が、スイッチを切り替えたみたいに冬へと移り変わった頃。
新しいVR機器が発売された。
名前は【ピート】。
有名なSF小説から取ったらしい。
『明日の出来事を正確に予測する』
そんな触れ込みで、世界中がざわついた。
未来予測。しかも明日限定。
随分とケチくさくないか?
「これで未来は安心だ」――なんて声まで聞こえてきた。
「ばかばかしい」
僕は鼻で笑ったけれど、その笑いはだんだんと乾いていった。
「本当に見えるのかな、未来」
学校からの帰り道。
駅前のデジタルサイネージに浮かび上がるピートの広告を見て、彼女は言った。
「隣のクラスのやつが、テスト問題そのまんま出たって」
「うそ!?」
「次からテストは二種類用意するんだってさ」
「ええ~、なにそれ」
「ピート対策ってやつ。教師も大変だよな」
――なんて、思ってもいないことを口にする。
事実、僕はこんな
『明日のすべてを映す』
広告の文字は僕を
それからしばらくして、ピートが家に来た日のことを僕はよく覚えている。
あの日の午後は、妙に空が青かった。
まるで世界がリセットボタンを押したみたいに、どこか乾いて見えた。
家に帰ると、机の上に“それ”があった。
真っ白な箱。
角に、母さんの丸い字で
『がんばってるご褒美。ちゃんと使い方読んでね』
……よりにもよってピートかよ。
言葉とは裏腹に、僕の心は高鳴っていた。
この箱の中身は僕の人生を変えるだろう――そんな予感がしていた。
箱を手に取ると、まず目に入ったのは注意書きだった。
『ピートが見せる未来は可能性のひとつです。必ずしもその通りになるとは限りません。』
「ほら出た、“責任は負いません”ってやつね」
僕はひとりごとのフリをして、箱に向かって文句を言う。
でも、その下には続きがあった。
『ただし――あなたが見た言動を変えない限り、その通りの明日が訪れることを、ピートは約束します。』
……。
ぞくりとした。
箱の中には純白のヘッドマウントディスプレイが入っていた。
流線形のボディライン。側面には、黒猫が
少し気取ったふうの猫が、やけに愛くるしい。
説明書は薄っぺらくて、操作は単純だった。
装着して、スイッチを押す。たったそれだけ。
僕はさっそくピートを装着し、震える指でスイッチを押した。
「うわっ!」
瞬間、視界が光で染まり、世界がほどけるように溶けていった。
――そこには、明日の僕がいた。
朝のニュースを告げるアナウンサー。声も、間も、やけに生々しい。
リビングから漂う朝食の匂いまで、喉の奥に入り込んでくるようだ。
クラスメートが言う冗談。
ホワイトボードに書かれる数式。
そして彼女の一挙手一投足。
夢みたいなのに、夢じゃない。
現実に似ているんじゃなくて、現実を体感している感覚だった。
一日分の体験が、ちゃんと一日分の重さで積み上がっていく。
そして映像は、夜――明日の僕が、またピートを装着するところで終わった。
光が消える。
体感は一日。でも、現実ではたったの十分。
「……すげえ」
思わず声が漏れていた。
『本日紹介するのは、しし座流星群にちなんだメニューを提供するという話題のカフェについてです』
翌朝のテレビから聞き覚えのある声が流れた。
アナウンサーの服も、声の抑揚も――昨夜、見たままだった。
僕は慌てて彼女に連絡した。
「凄いぞ、これ。本物だよ!」
『本当? どれくらい正確なの?』
一瞬迷って、僕は昨日の“答え”をそのまま投げる。
「そうだな……答えはパステルブルー」
『え?』
「今日のリボンの色聞こうとしただろ?」
『……すごい! どうしてわかったの!』
僕たちが通う高校の制服は、女子はリボン、男子はネクタイの色を端末の操作で自由に変えられる。
彼女は入学式の日に言っていた。
『これがあるから、この高校選んだんだよね』
そういえば、あの日の彼女のリボンもパステルブルーだった。
どこまでも透き通った青。彼女に似合いすぎて、ずるい色。
『それでそれで?』
「詳しくは、あとで。学校で」
『うん。絶対ね』
通話を切った。
たったそれだけなのに、なんだか気分は晴れやかだった。
その日、登校するや否や、彼女はさっそく僕のもとへ飛んできた。
「ねえ、ほんとに? 未来、見えるの?」
「声でかい。未来より先に先生が来る」
「いいから。ほら、続き。今朝の続き!」
その言い方が、もうちょっと面白い。
「まあまあ落ち着けって」
「落ち着いてる! 落ち着いてるけど落ち着けないっ!」
彼女は机に両手をついて、目をきらきらさせた。
僕は息を吸って、昨日の“脚本”を読み上げるみたいに話し始めた。
昼休みのあいつの冗談。
授業中の先生の癖。
購買のパンが売り切れるタイミング。
「じゃあ今日起こること……ぜんぶ、決まってるってこと?」
“決まってる”という言葉が、教室の空気を少し冷やした。
「まあ、決まってるっていうか、予約済みって感じ?」
「予約……」
「キャンセルはできるかも。でも注意書きが怖い。要は変えると何が起きるかわかんないぞ~……ってやつ」
「なにそれ、ホラーじゃん」
彼女は声をあげて笑う。
「ねえねえ、じゃあさ。今日の放課後、誰か告白する?」
「知らない。そこまで大事件は起きない」
「じゃあ、私が告白する」
「やめろ。世界線が変わる」
「世界線って言った! SFっぽい!」
彼女は楽しそうだった。
その笑顔が、僕には何より大切に思えた。
それから一週間もしないうちに、彼女の家にもピートが届いた。
『ねえ、明日すごいよ』
彼女の弾んだ声。
それはまるで、流星群の夜のように、僕の袖を引く。
あの時とは違い、僕は素直に、彼女とこの感動を分かち合った。
それからは早かった。
「ピート、当たるらしい」
「会話まで再現されるってマジ?」
「事故の日だけ避ければいいんだろ?」
「面接官、笑うタイミングまで同じだった」
駅前でも、コンビニでも、教室でも、似たような話が増えた。
未来の話は、みんな軽い口調でされる。
攻略。最適化。リスク回避。
明日が、ゲームの“強くてニューゲーム”みたいに扱われ始める。
夜、窓の向こうで光る住宅の窓明かりが、どれも同じ色に見えたのは、きっと気のせいじゃなかった。
ニュースは繰り返され、笑い声も、ため息も、恋の告白すら既視感を帯びていく。
僕はふと、思った。
――明日を見ることは、本当に幸福なのか?
でも、答えは出なかった。
やがて黒猫は、すべての家に棲みついた。
たとえ寝る前にコンタクトを外し忘れたって、化粧を落とし忘れたって、ピートだけは忘れない。
忘れたら、明日が“裸”になる。
その怖さを、みんな知ってしまったからだ。
こうして人生は一度限りのものではなく、明日は常に二度訪れるものになった。
一度目はシミュレーション。二度目が現実。
失敗すれば修正し、成功すれば
もう誰も、明日への不安で夜を明かすことはない。
そう、ピートは人生をより豊かにするための機械――のはずだった。
僕が違和感を覚えたのは、それからしばらくしてのことだった。
ピートは文字通り、世界を変えた。
最初に消えたのは雑談だった。
休み時間、教室は奇妙なほど静まり返っていた。
昔はくだらない冗談が飛んで、笑い声が跳ねていた。
今は端末を触る指先の音ばかりが目立つ。
「おい、昨日のピート見た?」
誰かがそう言う。
返事はない。
みんな、もう知っているからだ。
「ねえ」
呼びかけると、彼女は顔を上げた。
「……うん」
「うん、ってなにが」
「昨日の続き。……でしょ?」
言葉がすり抜けた。会話の最初の二行が、最初から抜け落ちていたみたいに。
僕は笑ってごまかそうとした。
「いや、続きって言われても。僕、いま“いま”なんだけど」
「……」
彼女は僕の顔を見ない。
見ないまま、腕の端末を操作している。
胸元のリボンの色を変えるつもりらしい――と思ったけど、
彼女の指は途中で止まった。
「……まあいっか」
その言い方が、妙に軽かった。
「ねえ聞いてる?」
僕が言うと、彼女は面倒くさそうに返した。
「だって、昨日もう言ったじゃん。ピートで」
「……言った、けどさ」
「じゃあ、いいよ。省略で」
省略。
その単語が、冗談じゃなく聞こえた。
「いや、でも……」
言いかけてやめた。
彼女の瞳が、もう今を見ていなかったからだ。
僕は彼女の胸元を見た。
リボンはずっと
流星群の夜みたいな、あの暗い青。
彼女には、似つかわしくなかった。
昼休みに廊下を歩いても、笑い声はほとんど聞こえなかった。
ピートが広まってから、世の中は確かに穏やかになった。
争いは減り、事件も激減した。
明日を知っている人間は、無謀なことをしなくなったからだ。
でも同時に、笑うことも泣くことも、ほとんど見なくなった。
感情の振れ幅は、いつのまにか平均値に収束していた。
夜、ピートの光が視界を満たすたびに、僕の心は少しずつ薄くなっていく。
夢も恐怖も、ピートが先に見せてくれる。
「もう、何も起きない世界だな」
僕はつぶやいた。
その言葉は、独り言の形をしていたけど、本当は、誰かに聞いてほしかった。
『じゃあ、いいよ。省略で』
昨日ピートの中で、僕は彼女に連絡していた。
だからもう、彼女は出ないだろう。
「……いいか。省略で」
ふと、窓の外を見た。
街の明かりがどれも同じ明度で
電車の走る音も、踏切の警報も、全部、昨日と同じテンポで響いた。
それは安定なんかじゃなく、むしろ静かな死だった。
僕もまた、いつからか現実に現実味を感じなくなっていた。
ピートを外す勇気すら、もうどこかに落としてしまっていた。
きっかけは、とても
その日、僕は風邪をひいて寝込んでいた。
体温は面白いくらいに
まるで明確な悪意を持っているみたいに。
視界に入るすべてが
意識は
気がつくと、朝を迎えていた。
熱は嘘みたいに下がっていて、やけに頭が冴えていた。
窓の光が白すぎる。空気が乾きすぎる。
そして机の上で、ピートが静かにこっちを見ていた。
「……あ」
喉の奥がひゅっと縮む。
ピートを、使ってない。
「やば……」
言った瞬間に、不安が群れをなして襲いかかってきた。
背中から汗が噴き出す。
やけに音が耳につく。
冷蔵庫の
それから、自分の呼吸。
今日、起こるべき出来事はなんだった?
今日、避けるべき出来事はなんだった?
学校に行くべきか、休むべきか。
僕は一瞬で、何も決められない人間に戻った。
いや、最初からこうだったはずなのに。
僕は腕の端末を握りしめた。
そうだ、彼女に聞けばいい。
「今日、学校行ってた?」って。
――なのに、その一文が打てない。
画面に文字を並べては消す。
『今日、なにか変な……』
消す。
『ピート見た?』
消す。
『昨日、見忘れた。助けて』
……ダサすぎて消す。
指が止まり、彼女の顔が浮かぶ。
『じゃあ、いいよ。省略で』
あの声。
あの目。
今を見ていない瞳。
僕だけが知らない側になる気持ち悪さ。
「……ちくしょう」
部屋が広く感じた。
広いのに、息が詰まる。
窓の外は晴れ。雲ひとつない。
なのに僕の中だけ、雨が降っているみたいだった。
僕は学校に行くことを選んだ。
正体不明の今日という怪物に、この部屋でただ怯えているということに耐えられそうもなかったからだ。
「行ってきます」
声が少しだけ
返事を待つ余裕もなく、僕は外へ出た。
自転車のブレーキ音が刺さる。
シャッターを開ける金属音が怖い。
犬の鳴き声に、肩が跳ねる。
何かが起こる。
起こるかもしれない。
それだけで、世界はこんなに騒々しかったっけ。
教室に入ると、さらに静かだった。
僕は席についた。
机の表面が冷たくて、指が一瞬だけ現実に引き戻される。
そのとき、視界の端で、濃い青が揺れた。
彼女だ。
胸元のリボンは今日も濃藍色だった。
それが、彼女の顔色を余計に沈ませて見せる。
毎日顔を合わせているはずなのに、随分と久しぶりのような気がした。
「おはよう」
「ああ……うん」
返ってきた声は薄かった。
言葉の形をしているだけで、中身がない。
僕は頷いて、それ以上続けられなかった。
昼休みになった頃には、僕はもう、すり減っていた。
午前中はずっと神経を
弁当箱を開ける気力もない。
パンすら喉を通らない。
机に突っ伏して、目を閉じる。
眠るつもりはなかった。
でも、意識は勝手に落ちていった。
気がつくと、午後一の授業が始まっていた。
僕は無防備な状態で眠っていたことに、一瞬やらかしたと思った。
寝ている間に何か起きてないか。
僕だけ知らない出来事が起きてないか。
慌てて室内を見渡す。
規則的に時を刻む、時代遅れのアナログ時計の秒針。
窓から差しこむ陽だまりの匂い。
頬をなでる柔らかな
世界は相変わらず美しいままだった。
僕は何を怖がってた?
何が僕を襲う?
今日という怪物?
そんなの、いるわけない。
そうだ。
あまのじゃくを気取っていたくせに、僕はすっかり世界の
いや、本当は気取ってただけだ。
誰よりも、みんなと同じだって気づいてた。
ピートを喜んで、安心して、依存して、未知を怖がって、今日を怖がって――
勝手に怪物を作って、勝手に怯えてた。
そう思った瞬間、笑いが込み上げてきた。
ついに耐えられなくなって、声を上げて笑い出してしまった。
クラス中の視線が僕に集まっていた。
けど、そんなことはもう全く気にならなかった。
僕は顔を上げて、教室を見渡した。
機械仕掛けの人形みたいに、ピートで見たままの一日をなぞるクラスメートたち。
これじゃ、ディストピアじゃないか。
感情を抑制され、自由を奪われ、管理統制された社会。
僕らが奪われたのは明日だった。
誰も知らない明日。
ただそれだけで、僕らは意志を見失い、自由を置き去りにした。
放課後、僕はもう一度、彼女に話しかけた。
「ねえ」
彼女は顔を上げた。
相変わらず
僕は息を吸って、言った。
「世界の秘密について知りたい?」
自分で言っておいて、ちょっと笑いそうになった。
厨二っぽい。
でも、今日はそれでいい。
彼女は、ほんの少し眉を寄せた。
「……また、その話?」
突き放すような声。
けど、僕は
「うん。今日、初めて気づいたから」
「……昨日も言ってた」
「昨日は“言ってた”だけ。今日は、ちゃんと分かった」
「ねえ、もうそういうのやめない?」
「そういうのって、なに」
彼女はわざとらしく溜息をついた。
「だから……逆張り? あまのじゃく? そういうのカッコ悪いよ」
そう言い残して、彼女はその場を後にした。
去り際の横顔に、ほんのわずかなためらいがあったような気がした。
もしかしたら、彼女の中にも何か違和感が巣食っているのかもしれない。
そう思えて、不思議と僕の心は満ち足りていた。
その日の夜。
僕は自分の部屋で、ピートを段ボール箱にしまっていた。
そしてこの黒猫に、感謝の念すら抱いていた。
僕は息を吐いた。
不確かな明日こそが、こんなにも自由で、こんなにも生きていると感じられるなんて。
彼がいなければ、きっと気付けなかった。
「たとえどんなに
小さく呟く。
明日になったら、もっとたくさんの人に話しかけよう。
この感動が伝わるまで、何度だって。
僕はまだ見ぬ明日を楽しみに、ゆっくりと目を閉じた。
『ピートでご覧いただいたとおり、本日地球に隕石が落下します』
翌朝、ニュースを見て僕は言葉を失った。
……え?
言葉が頭に入ってこない。
隕石。
落下。
地球。
『この隕石はしし座流星群に紛れていたことで発見が遅れ、このまま衝突した場合の人類の生存確率は0.1%以下と言われております』
淡々と告げるアナウンサーにハッとした僕は、慌てて外に飛び出した。
風が止んでいた。
鳥の声も、遠くの車の音も。
まるで息をひそめていた。
空には、
「……マジかよ」
恐らく実際は、そこまでの大きさではなかったのだろう。けれど僕にはそれが、途方もなく大きく見えたのだ。
その光景はまさしく、この世の終わりそのものだった。
そのくせ、街は動いていた。
よれたスーツで出勤するサラリーマン。
寝巻きのままゴミを出す主婦。
向かいの家の子どもが「行ってきます」と言って、
母親が「いってらっしゃい」と返す。
――ありふれた日常が、そこには広がっていた。
「……なんで誰も……」
誰も騒がない。
誰も空を見ない。
彼らには、あの隕石が目に入っていないのか?
……そうか。
彼らは“未知”を失ったんだ。
絶望すら既視感になって、感情が反応する前に終わってしまう。
ひょっとしたら――世界で正気なのは僕だけなのかもしれない。
胸の奥で何かが切れた。
気がついたら、僕は駆け出していた。
駅前まで出ると、わずかな混乱も乱れもない街の光景に、背筋が冷たくなった。
バスを待つ列。
パン屋から漂う香り。
電車の発車ベル。
いつもと変わらないことが、こんなにも恐ろしく感じるなんて。
息を吸うたび、世界が
――その時だった。
視界の端に、彼女をとらえた。
いつもの歩幅で、いつもの道を歩いている。
そして彼女もまた、平然とした様子だった。
僕は彼女に駆け寄って、その
「どうなってるんだ!?」
けれど彼女は驚かなかった。
ただ眉をひそめただけだった。
その瞬間、僕は確信した。僕たちはもう同じ言葉を話していない。
「おい、目を覚ませよ!」
声が裏返る。
頼むから、そんな目で僕を見ないでくれ。
遠くで地鳴りみたいな
電線がかすかに
彼女は気にする様子も見せず、言葉を返す。
「……また、その話? ……ねえ、もうやめよ」
その声は冷たかった。
でも、一瞬だけ、彼女の瞳が揺れたように見えた。
まだ、どこかに感じる心が残っている。
そう信じたくて、彼女を見つめた。
彼女は、戸惑いがちに僕を見つめ返した。
逃げるでもなく、笑うでもなく、どうしていいか分からない顔で。
彼女が小さく息を呑むのが分かった。
何かを言いかけた唇が、彼女の端末から鳴るアラームに遮られる。
「……あ」
小さく漏れる彼女の声。
次の瞬間。
何かが僕の身体を貫いた。
熱せられた針金を押し込まれたみたいな感覚。
遅れて、激痛が全身を駆けめぐる。
乾いた破裂音。
足元のアスファルトが砂糖菓子みたいに弾けた。
膝が抜けて、僕はその場に倒れ込んだ。
空はまだ白く、音だけが遠ざかっていった。
そして僕は意識を失った。
『ピートが予測したとおり、ミサイルによって隕石は粉々に破壊され、大半が大気圏で燃え尽きるものと予想されます。わずかに残った隕石のカケラが地表に落下する見込みとなっておりますので、重々お気をつけください』
端末から流れるノイズ交じりの声が、夢の底から聞こえてきた。
担架に揺られながら、ぼんやりと彼女の姿が見えた。
救急隊員の声が耳元に響く。
「今日、彼に隕石の破片が落ちるって、どうして教えてあげなかったの?」
彼女は、ひどく困ったような顔で視線を落とした。
一拍の沈黙のあと、かすれた声で言う。
「だってそんなの……言わなくてもわかると思って」
遠のく意識の中、最後に見えたのは、
パステルブルーのリボンだった。
了
明日やばい日 白滝ねこ @shiratakineko
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