おわりに


 行ったこともなければ、地名も知らない、景色さえ見たことのない、けれど実在する場所の夢を見ることはあるのだろうか。

 ――あるのだろう。なにか特別な能力を持った人なら。

 だが、私はそうではない。

 未来はもちろん、幽霊や物の怪と呼ばれる類のものも見えない。

 

 では、なぜ化粧坂に降り立つ夢を見たのか。

 ――見たのではなく、見せられたのではないか?

 そんな風に思えてしまう。

 この身体に流れる血が、縁ある土地に足を踏み入れられることを、懐かしい土地を踏み締められることを喜んでいたのか。

 ご先祖様が子孫を歓迎してくれたのか。

 

 自分の身に起きた出来事に納得の行く理由を探すうちに、いつの間にか信じている自分に気付く。

 話半分に聞いていた、血筋の話を。

 信じたくなっていたのだと思う。

 自分がすごい人の血を引いていることを――ではなく、訪ねてきた何者かの真心を。

 あの日見た禿が、私の様子を見に来てくれたことを。

 ひょっとしたら、誕生日を祝いに来てくれたのかもしれないということを。

 

 この世には、あらゆる分野の知識を総動員しても説明のつかない出来事がある。

 その中には、人ならざる何者かの存在を証明するようなものもあるだろう。

 今回聞いてもらった私の体験もそうだ。

 

 あれは一体なんだったのか。

 本当に禿だったのか。

 目的はなんだったのか。

 あの者に姿を見せるつもりはあったのか。

 疑問は尽きない。なにひとつとしてわからない。

 

 でも、どれだけ考えてもわからないのなら、できるだけ前向きに解釈したい。

 だから、私は決めた。

 10年前の誕生日に見たのは平氏の禿で、禿は私を祝いに来たのだと。

 


 (了)

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祝いの禿 片喰 一歌 @p-ch

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