第5話

 新築のお菓子の家のテーマは、夏の避暑地。庭にゼリーで作った池があり、そのほとりにクッキー生地のビーチベッドが備え付けてある。

 グラスからストローでジャムを呑んだ妖精は、サングラスをずらして客にウインクしてみせた。

「わぁ太っちょ妖精かわいいー」

「3時から妖精のオヤツタイムなんだって、絶対見たーい」

 フラワーシフターに、かつての賑わいが戻ってきた。

 

 従業員が店主ひとりでは、到底間に合わないため喫茶室は一時閉鎖し、現在従業員を募集中だ。

 【新築のお菓子の家】はケーキショーケースの一番目立つところに飾られている。

 再びフラワーシフターが人気店になると、今まで金の無い店はお断りの姿勢だった新商店街から、こちらに移ってこいと催促の嵐。それを全部断って、祖父から継いだこの店で地道にやっていくと、店主は決断したのだという。


 駅から旧商店街の端にある洋菓子店への人の流れができると、今までシャッターを閉めていた店にぽつぽつと買い手がつきはじめた。

 資金に余裕が無い若者でも、旧商店街の店舗兼住宅ならば楽に手が届く。

 燻製タマゴの専門店、ひとつだけ取れてしまったボタンの替わりが絶対に見つかる店、瞑想のための個室貸し、思いもよらないアイディアに満ちた小さな店がいくつも開店した。

 完成した新庁舎に移った役人の一番最初にした仕事が、旧商店街の舗装修繕工事だったというのも、ロカテリアが聞いたら皮肉が効いていて良いと笑っただろう。

 


 閉店作業を終えて、早速翌日の仕込みに入る店主に、妖精はビンの中からぼやいた。

「婆ちゃん、オイラの新しい家の完成も待たないで行っちゃうんだもんなぁ。今頃どこにいるんだろ」

「しばらく鉄道で行けるところまで行くって言ってたから、もうずいぶん遠くかもしれないね。若々しい七十歳だよなぁ」

 妖精がかじっていたベリーの砂糖漬けをぶはっと吐き出したので、店主は仕方なく粉砂糖を上から振りまいて地面を覆った。

「七十歳でまだ『次はどこを探検しようかねぇ』なんて言ってたの? つーか、七十でお姉さんは無いだろ!」

 妖精のツッコミに店主は言及を避け、曖昧に微笑むのにとどめた。

「僕もね、せめて新しい【お菓子の家】を見てから出発してくださいって頼んだんだよ、そしたらロカテリアさんなんて言ったと思う?」

 すでに妖精は自分の常識でロカテリアを推し量ることはできないと、お手上げのスタイルだ。


 店主は顔を上げて、古くて重い店の扉を見つめた。

 せめてもう一晩町に滞在してくれないかとひきとめた店主に、ロカテリアはちょっと笑って答えた。

「世界を一回りしたら、また寄らせてもらうよ」

 だからそれまで頑張りなよとでもいうように、ひらりと手を振って、探検家ロカテリアは来た時と同じように、何の気負いも無く店を出ていった。


「さあ仕込みをはじめよう、明日も頼むよ看板妖精」

「あの婆さんがそう言ったなら、きっと本気でまた来るだろうな。ゲンコツは怖いから真面目にやるかぁ」

 フラワーシフター洋菓子店からは、夜遅くまで甘い焼き菓子の香りが漂っていた。  

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探検家ロカテリアとお菓子の家 竹部 月子 @tukiko-t

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