正月、父と

あじさい

本文

 数年前の元日、父と2人で東福寺とうふくじを訪れたところ、私たちの他には1人の参拝者もいなくて、とても快適だった。


 東福寺は建物や庭園だけでも充分美しいが、秋の紅葉が美しいお寺として紹介されることが多い。

 紅葉は12月中旬には大方散ってしまうから、お正月に訪れるのは季節外れということになる。

 また、すぐ近くに千本鳥居で有名な伏見稲荷大社があるため、初詣をする人々はそちらに流れて、押し合いへし合いの大混雑となり、東福寺に来る時間がないのかもしれない。

 そもそも、初詣はつもうでという大事な行事ごとの折に、神社ではなくお寺の方を訪ねること自体が、世間的には珍しいのだろう。


 その時のことを思い出した私は、今年の元日は東寺とうじに行くことに決めた。

 関西に育ったせいなのか何なのか、私は昔から神社やお寺を参拝するのが好きだが、初詣の場所には特にこだわりがない。

 父は「分かった。ナビ、よろしく」とだけ返した。

 父が目的地の選定とナビを私に丸投げしているのは、いつものことだ。


 父は神社やお寺を訪れると、私よりずっと熱心に手を合わせている。

 だが、休日にはどこかに出かけたいという気持ちが強い割に、大のネット嫌いで、いわゆる穴場を探すことが下手だし、土地勘がない場所にはとても出ていけない。

 一方の私は、神社やお寺で非日常感を味わうのが好きではあるが、典型的なペーパードライバーで、京都の混雑した電車も苦手な出不精だ。

 出かけたがりの父が運転する車に、さほど機械に強いわけでもないが、ネットのマップくらいは扱える私が乗り込み、家で昼食をとりながらその日の目的地を決めて、ナビをする。

 私が首都圏の企業に就職して精神疾患になった後、関西の実家に戻り、家業の学習塾を手伝うようになってからというもの、それが父と私の休日の過ごし方になっていた。

 もちろん、大抵は近所で済ませるし、私が疲れすぎて出かけられないことも多いが、たまには遠くまで出かけることもある。


 ネットのマップのおかげで、迂回路うかいろを使っても道に迷わずに済み、京都市に入ってから遭遇そうぐうした渋滞も2、3箇所程度だった。

 だが、東寺の駐車場に入ってみると、予想に反してほぼ満車だった。

 境内けいだいは駐車場も含めて、人でにぎわっている。

 きっと神仏習合や本地垂迹ほんちすいじゃくのアレなのだろうが、どうやら神社も併設されているようで、初詣をする人々を導くのぼりが立っている。

 お祭りのような屋台まで出ており、子供連れからお年寄りまで、老若男女がつどっていた。


 東寺は拝観料を払わなくとも、御朱印と写経の受付となっている食堂じきどうを見学することができる。

 食堂には十一面観音菩薩ぼさつと四天王の大きな像があり、これだけでも充分見応えがある。

 とはいえ、主な見どころは講堂、金堂こうどう、五重塔の方だと言って良いだろう。

 拝観料は大人1人700円だが、追加で300円払えば、観智院という施設も見られる。

 父は4つ全て見ることを即決した。

 私も異存はなかった。


 金堂の薬師如来やくしにょらいは大迫力だった。

 台座の下部には十二神将じゅうにしんしょうが陣取り、日光菩薩、月光がっこう菩薩が左右を固めている。

 お正月ということで五重塔1階の内部を見られたのも、貴重な経験になった。

 だが、講堂の仏像群は別格だった。

 巨大な大日如来だいにちにょらいを中心に、明王みょうおう、菩薩、てんといった数々の仏像が、立体曼荼羅まんだらを構成しているのだ。


「あれって、平安時代の色彩が残ってるんじゃない? すごいなぁ」

 東の入り口から入ってすぐの持国天じこくてんの像を指差して、父が私にささやいた。

 私は曖昧あいまいうなずいただけで、何も答えなかった。

 たしかに金箔と、赤い塗料が残っているのは見えた。

 食堂じきどうで見た四天王の像は火災にって黒くげていたが、他の仏像群はどれも保存状態が良いようだ。

 でも、平安時代の姿がそのまま残っているのかは、リサーチ不足な私には分からない。

 もしかしたら、江戸時代くらいに修復されているのかもしれない。

 パンフレットや公式サイトをくまなく探せば、そういう歴史が書いてあるのかもしれない。

 下手に共感して、あとで父をガッカリさせるのもなぁ、という面倒くさい考えが、私に答えをしぶらせた。


 父は私の反応を意に介さず、何体もの仏像を見て、何度も何度も、手を合わせていた。


 父も私も、決して仏像マニアではない。

 服装や持ち物の特徴からどれがどの仏像かを見分けるような芸当はできないし、その勉強にも熱心ではない。

 そして、すでに書いたように、熱心な仏教徒でもない。

 私は一応、哲学全般に対する知的好奇心から、仏教について解説した何冊かの一般書と、文庫本の『スッタニパータ』と『歎異抄たんにしょう』は読んだが、信心は芽生えていない。

 父は一応、代々続く浄土真宗の信仰を受け継いでいるという意識があるようだが、仏教関連の本を読まないし、私が解説してもぽかんとしている。

 それでも、父が仏像に手を合わせるとき、そこには何らかの真心まごころがある、と私は信じている。


 思うに、それは、歴史的なものへの畏怖いふだ。

 父が仏像に手を合わせるとき、仏教の深奥や仏像の史料的価値は全く分かっていないかもしれないが、長い時を超えて残されてきたもの、そして、それらを残そうとしてきた先人たちに対して、腹の底から敬意と神聖さを感じている。

 そこはおそらく間違いない。

 父はものを作るのではなく、人を育てる仕事をしてきた人だ。

 だが、だからこそ、時の長さと重みに対する感覚、長い時を経てなお通用するものを作ることの難しさに対する想像力が、人一倍なのかもしれない。


 講堂、金堂、五重塔を2度ずつ拝観した後、少し離れた観智院かんちいんを見に行った。

 東寺のHPによると、観智院とは真言宗における勧学院、「いわば、大学の研究室のようなところ」らしい。

 私のような不熱心な者にとっての見どころは、静謐せいひつ石庭せきていと、劣化してはいるが宮本武蔵の肉筆と伝わる屏風絵びょうぶえ、そして、五大虚空蔵こくうぞう菩薩と愛染あいぜん明王みょうおうの仏像、ということになるだろう。


 父は愛染明王の像の前で、この日で一番熱心に手を合わせていた。

 どうやら父は不動明王や十二神将、東寺にはないが、金剛力士こんごうりきしなども好きなようだから、ああいったどこか恐ろしげな仏像を見ると、畏怖の念が特に強く刺激されるのかもしれない。


 その後、父は「愛染明王の一言おみくじ」に挑戦した。

 普段はおみくじに興味がない私も、今回ばかりは気になっていた。

 おみくじは紙が折りたたまれているだけのことが多いが、こちらはそれぞれが華やかな巾着きんちゃくに入れられ、その上から透明なビニール袋で包装されている。

 何だかありがたみがある。

 名前からして内容は一言だけのようだが、別の言い方をすれば、伝えるべきことが端的に書かれていることだろう。

「あれ? 引いていかない?」

 おみくじから顔を上げた父にそううながされ、私も1つ引いておくことにした。

 何と言っても元日である。

 一年の計は元旦にあり。

 包装をき、紙を開くと、次のように書いてあった。

「人間は一人では生きていけません。周りの人との支え合いを大切にしましょう」

 なるほど、ただのバーナム効果だと切り捨てることはできない、耳の痛いご神託である。


 東寺を出た後、帰りの車の中で、父が言った。

「さっきの一言おみくじ、本当に一言しか書いてなかった」

「うん」

 大晦日まで忙しく過ごしていた私は、いつもの外出以上にぐったりと疲れを感じながら答えた。

 こういうことがあるから、休日の外出に電車やバスを使う気にはなれず、父の車に頼ってしまう。

「『ありがとう』、だけ」

「……ん?」

「てっきり、『お前はお前の道を行け』、『周りの人に感謝しろ』とか書かれているのかと思ったら、ただ、『ありがとう』って……」

「『ありがとう』しか書かれてなかったってこと?」

「そう。一体何に対しての『ありがとう』なんだろう?」

 父は独り言を言っているわけではないが、私に答えを求めているわけでもない。

 とはいえ、私も父の疑問を邪険にするほど薄情ではない。

 私なりに考えた。

 釈迦しゃかいた原始仏教では、愛は煩悩ぼんのうの最たるものであり、さとりをさまたげる要因として、否定的にとらえられていた。

 そして、愛染明王は愛にまつわる煩悩や執着を悟りに導く明王様らしい。

 父はこの年齢としまで塾講師をしてきた人間だから、『ありがとう』と言われるとすれば、教育についてのことだろう。

 生徒を正しく導きました、よくやりました、ということかもしれない。

「『頑張れ』じゃなく、『頑張ったね』ってことじゃない?」

「うーん……」

 仏教における愛の解説はこれまでにも何度かしたことがあるが、父が納得してくれたことはまだない。

 私が説明を端折ったのはそのためだが、あまりにも説明不足だったせいか、父はに落ちない様子だった。

 心当たりがないのか、自分の仕事はまだ道半ばだと思っているのか、それとも、愛染明王から生活の指針を得られなかったことが不満なのか。

「まあ、でもさ」

 と私は付け加えた。

「愛染明王さんに『ありがとう』って言われたら、大したもんだよ」

 父は軽やかに声を立てて笑った。

「それは、そう!」


 冬の京都は日が傾くのが早い。

 ガラス越しに差し込む西日に、父と私はおそろいのサングラスをける。

 私が百均で買った、メガネの上からでも掛けられる優れものだ。

 行く道の先に渋滞がないことをスマホで確認しながら、私はカーステレオの音楽を聞くともなく聞く。


 今日のことを、たとえば高校の同級生に話せば、親離れできていないと言われるかもしれない。

 だが、私は正直、こんな日がずっと続けばいいと思う。


 今年も、良い年でありますように。



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正月、父と あじさい @shepherdtaro

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