終末でも甘い夢は消えない卵の独白。

 『夢見る無精卵』は、世界の終わりが視界の端にちらついても、台所の明かりと甘い空想だけは消えない、そんな一人語りの短編だ。語り手は、産み落とした水色の卵を両手で受け止め、その温かさと色の美しさに見入る。空でも海でもなく、南洋やターコイズを思わせる青が、自分の赤い肉と血から生まれる不思議。その感嘆が、すぐさま菓子作りの想像へ滑り込む。ブルーベリーマフィン、雲みたいなシフォン、背徳のデビルズケーキ、ダークラム酒を振ったパウンドケーキ。痛みと恐怖をくぐった分だけ、甘さの計画が切実に輝き、読者の鼻先に焼き菓子の匂いまで立ち上がってくる。

 印象に残るのは、恋をした後に得た「鴇色の卵」をめぐる場面だ。いわゆる『孵化寸前の卵料理』の話題を挟み込みながら、せっかくの有精卵を「温めて孵してみようか」と一瞬だけ迷い、しかし「気の利かないオス」と「見る目の無い私」という、苦い自己認識でその道を自分の手で閉じてしまう。だから食べる。茹でれば、スープストック不要のチキンスープになるという生活の知恵が挟まるのに、最後はまた「やっぱり甘いもの」へ帰っていく。この引き返しが残酷ではなく、どこか軽やかで、だからこそ胸に刺さる。世界が終わるかもしれないのに、人は甘い夢をやめられない。悲鳴を上げて産み、夢を見て、また繰り返す。その循環を、きれいな色と香りで包んだ作品である。