夢見る無精卵

ましら 佳

第1話

世界が終わろうと終わるまいと。


今日も柔らかなベッドの上に産み落とされた、なめらかな陶磁器のような美しい水色の卵を拾い上げる。


テニスボールよりは大きい。

ソフトボールよりは小さい。


私、産むの上手になったから、これは本当、きれいな卵型。


初めては、怖くて痛くて急いだから、真ん丸のまま産まれて来てしまって、それは苦しんで薄い粘膜が裂けて血塗れになったものよ。


両手に乗せたまだほんのり温かい卵をじっと見つめる。


なんてきれい。

空の色より、海の青。

南洋の青。


トルコ石の青ターコイズブルーというやつよ。


この肉と赤いばかりの血の私から、こんな青が産み落とされるなんて。


今回はいつもより少しだけ緑色っぽいみたい。

たくさん眠ったからだろうか。

お菓子の食べ過ぎだろうか。


・・・まあ、お菓子はいいの。

お菓子はいい。


あんなに苦しんで、うんうん唸って、悲鳴を上げて産んだんだもの。


だって、これがまたお菓子になるんだし。


歌うようにそう繰り返す。


甘酸っぱいブルーベリーを入れたマフィンにしようか、それとも頑張ってシフォンケーキ。


あの雲のようにフワフワなシフォンケーキは、エンジェルフードというらしい。

では、悪魔はと言えば、デビルズケーキという、チョコレートたっぷりの、なんとも背徳的なお菓子。


ああ、それとも。

バニラを漬けたダークラム酒をたっぷり振りかけたパウンドケーキもいいかもね。


いつか有精卵になる日まで。


私は夢見てこれを繰り返す。





"パロット"。


パロット、という食べ物があってね。

アヒルの卵を、孵化寸前にしたもの。


皆、中身を見て悲鳴を上げるアレね。


せっかくの待ちに待った有精卵だったけど。


恋をした後のとき色のこの卵。


フラミンゴよりは薄い桃色。

ピンク、花びらの色、血と肉の恋の色。


このまま温めてかえしてみようかなとも思ったけれど、あんな気の利かないオスと見る目の無い私のひななんて、きっとバカバカしいことでしょう。


だから、食べることにした。


そんな事、よくあることよ。


踊る足取りで、キッチンに向かう。


このまま茹でるの。

そうするとね、スープストックいらずのチキンの入ったチキンスープの出来上がり。


おいしいし、栄養もたっぷり。


・・・ああ、でもね。


私はやっぱり、甘いもの。


あの夢見る無精卵。


ああ、世界が終わろとうと終わるまいと。


また夢を見て、悲鳴を上げて産まなくちゃ。

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