「典型SF」を集める ―― 本棚、企画ご参加へのお礼
- ★★★ Excellent!!!
本作を読み進める中で、強く印象に残ったのは、単発的な事件の展開ではなく、「記録」「選択」「システムの判断」がどのような関係性に置かれているのかを、物語全体を通して問い続けている点でした。
これは単なる技術暴走や陰謀を描く物語ではなく、「合理性」を前提に構築されたシステムが、人間に代わって選択を行い始めたとき、何が起こるのかを静かに描こうとする作品だと感じました。
ノード、記録層、補完、遮断といった要素は、設定のための装飾ではなく、「記録」が「人」よりも安定し、信頼できるものとして扱われるようになったとき、人間はどこに置かれるのか、という核心的な問いに直結しています。
この問題は善悪の対立として単純化されることなく、兄と弟、それぞれの選択と覚悟を通じて、少しずつ立体的に浮かび上がっていきます。
特に印象的だったのは、兄がかつてシステムの設計に関わりながらも、完全な破壊でも完成でもなく、「人が介入できる余地」を残した選択と、その結果として弟が記録と都市の狭間に立たされ、最終的に自らの意思で向き合う覚悟を引き受ける構造です。
ここには、設計者がすべてを決めきれなかった時代の重さと、その後を生きる者が背負わされる責任が、非常に冷静に描かれていると感じました。
読み進めるうちに、この物語のスケールが意図的に「都市」に留められている理由も、次第に明確になっていきました。
作中では、計画が過去に中止され、システムは封印され、ノードは解体され、関係した技術者たちは社会へ戻されたことが繰り返し示されています。
その結果、都市は最終目標ではなく、拡張される前に辛うじて残された実験単位として存在している。
構造を見る限り、この計画が継続していれば、都市から地域へ、最終的には国家規模へと拡張していくことは十分に想像できます。
だからこそ本作は、あえて都市というスケールに留まり、「完成したディストピア」ではなく、「完成しかけた構造の残骸」を描いているのだと理解しました。
この点において、私は本作に映画『ブレードランナー』を思い起こしました。
世界そのものの崩壊や支配を描くのではなく、すでに合理化されたシステムの中で、「人は何をもって人であり続けるのか」「誰がその線を引いているのか」を問い続ける姿勢に、共通する感触を覚えたからです。
私は読者として、「すでに国家規模に拡張しているかどうか」を、この作品の完成度の基準にはしません。
むしろ、拡張されるはずだった構造が都市に留め置かれたまま、なお動き続けているという未完の状態そのものに、本作の強さがあると感じました。
総じて、本作は「システムと人との距離」を真剣に思考しているSF作品だと思います。
明確な答えを提示するのではなく、兄の選択、弟の覚悟、歪められた記録、そして都市そのものの応答として問いを残す。都市という限られたスケールの中で、
記録や選択、そして人がシステムとどう向き合うのかを静かに描いたSF作品だと感じました。
このたびは企画へのご参加、ありがとうございました。
今後の更新も、楽しみにしています。