第31話 終幕 ~この世界に来た意味~
俺たちが国王を尖塔から救い出してから幾日もが過ぎた。生きるに足る程度の最低限の食事と水しか与えられていなかった国王は衰弱し、回復まで時間を要していた。黒魔術という禁術に手を染めた王弟バートラムは、魔法協会地下にある魔術結界牢獄に繋がれることになった。
「ご主人様、祝典の演出を考えませんと」
ブラックランドの城館執務室。俺は事後処理に追われていた。権力を一手に握る王弟バートラムが失脚したフロリア王国は、国そのものを立て直す必要があった。王弟に近いと見做された者は、セレナの慈悲で爵位と封土は認められてはいたものの、王宮に居座ることを面白く思わない者は多い。その結果、揃って自領に帰っていた。
「とてもじゃないが、やることが多すぎじゃないか?」
ぼやく俺に、クレアはただ優しい笑みを返す。
「セレナ様のお力になると決めたのは、ご主人様ですよ」
返す言葉もない。しかしその言葉に、こんな山ほどの仕事が入っているとは思ってもみなかった。国王と王女を支える人材の選抜に新たな大臣たちの任命。それに勢いで発足させてしまった王立国教会の体制作り。セレナの誓約の子となった天翼騎士団たちの、それにふさわしい居場所づくり。
「こういう事務仕事は、得意じゃないんだよ」
「わかっていますとも。ウィリアム様は、ただの演劇監督なのですから」
茶化された。まったく。調子が狂う。国王を救い出したことで、彼女とセレナの共同戦線は一層強化されたらしい。二人揃って「ウィリアム様ならやれますよ」と言うものだから手に負えない。
「誓約の子といえば、ラグナ子爵、どうされるのです?」
そうだった。バートラムを油断させるために投降を演じさせたラグナに、俺は代償としてブラックランド公爵家の誓約の子として迎えることを約束していた。つまり彼は子爵になっただけではなく、俺に連なる者となっていたのだ。あの時はそうする以外に手段が思い浮かばなかったのだが。
「誓約の子なら、少しは俺の仕事を手伝ってくれても良いんじゃないか?」
疑問に疑問で応えるのは良くない。それは何の答えにもならないからだ。
「新たな封土の統治だって、大変だと思いますよ?」
けんもほろろ。取り付くしまもない。ワインでも飲んで一人我が身の多忙さを慰めるか。
そんなことを考えていた俺の下へ、火急の報せが舞い込んだのは、少しだけ時間が経ち、ワイングラスを傾け始めた頃だった。
◇◆◇
翌日、俺とクレアは王宮に参内した。
「ブラックランド公、その節は世話になった」
国王の厳かな声。傍らに立つセレナは再会の嬉しさからか気恥ずかしさからか、顔を赤らめ俯いていた。
謁見の間は人払いされていた。何か、別の人間に聞かれたくない話でもあるのだろう。火急の呼び出しとは穏便でない。
「セレナも随分と揉まれて逞しくなった。ついては、貴公の意見を聞いてみたい。どうだ? セレナに王位は務まりそうか?」
「父上! その話はもう十分じゃないですか! ウィリアム様、反対してください!」
国王とセレナ、二人が俺を見つめ、クレアは肩を竦める。セレナに王位を継がせるべきか否か、それについての、俺の意見?
「私はいましばらくウィリアム様と共にいたいのです! ……巡回劇団の皆さんとだって」
なんで俺が呼ばれたのか、ようやく飲み込めた。これは親子喧嘩だ。セレナが信頼する俺にイエスと言わせたい父親と、信頼する俺にノーと言わせたい娘。両者の利害が一致した結果、火急の知らせに至ったと。
「国王陛下……、私の意見など……、その、必要でしょうか?」
たしかに国王は王弟バートラムに一切を任せてしまった責任はある。禁忌にまで手を染めるような人間に国の舵取りを任せた責任が。そのことで損なった信頼を回復するには、相応の時間がかかるだろう。とはいえ、セレナはまだ少女だ。経験を積んだとはいえ、いきなり国王という重責を背負わせるのは酷だ。
「式典は、国王陛下の親政復帰の予定です。つまり……まだ王女殿下には、早いのではないでしょうか?」
国王は満足そうに顎を撫でて頷いた。
「貴公がそう言うなら、そうなのだろうな。それでは改めて貴公にセレナを預けるとするか。何かと無茶な話を作ってきた貴公なのだから、そのくらいの責任は負ってもらわんとな」
その言葉にセレナは頬を染める。もしかして、これは茶番なのか。未熟な王女に政治判断はできない。その間にセレナに三十人もの天翼騎士団の騎士たちが誓約の子として迎えられ、王立国教会を勝手に立ち上げた。それを決めた「責任ある立場」の人間が必要。セレナはただ俺の舞台で演じていただけ。そういうことにすると。巡回劇団を続けるのは、それを示すための象徴というわけだ。
「それでは父上、劇団を続けても、宜しいのですね?」
セレナは満面の笑みを浮かべ、クレアと目を合わせる。この二人の共同戦線は、もうしばらく続きそうだ。
「式典の演出、存分に腕を奮うが良い」
この顔。ホーウッド男爵が起こした反乱にセレナを連れだった時に見せた顔。すべてを見通しているような国王の笑み。存外に食えない王だ。王弟の専横に任せていたとは思えない。その気になれば、ちゃんと国王として振る舞えるじゃないか。
◇◆◇
迎えた式典。改めて王弟の代王位と終身執政官の身分のはく奪が宣言され、国王による親政が公布された。式典会場には多くの貴族たちが列席した。その中にはもちろん俺やギャラント伯、ファニエス辺境伯も含まれている。
教会はいくらか抵抗の姿勢を見せたものの、バートラムが禁忌に手を染めていたことを知るとその態度も緩和し、全面的にではないが王立国教会の一翼に組み込まれることとなった。大司教は王都を教区とする一司教へと降格され、式典へと参加していた。王弟に与した者に対しての、国王なりの寛大な措置だった。
そして魔法協会筆頭魔術師レイヴンの姿もあった。変わらぬ奇抜なドレスを纏い、数名の協会員を引き連れて現れた彼女は、クレアを一目見るなり一言だけこう呟いたのだった。「あら? 随分と普通になっちゃったのね」と。その言葉を聞いて、クレアはどこか嬉しそうな顔で会釈を返していた。
次いでフィリスと会話を交わしていた。魔法協会に戻るか王女に仕えるか。フィリスは当然にセレナに仕える道を選んだらしい。協会での低い評価を再確認して帰ってくるなり、「絶対見返してやります。なんて忌ま忌ましい魔術師なんでしょう」と床を蹴りつけて憤っていた。
後日レイヴンから届いた文には、フィリスがその道を選ぶことを織り込み済みで選択させたこと、協会の評価基準を見直すつもりがないことなどが書き綴られていた。どこか愛情すら感じさせる文面ながら、彼女のしたたかさが行間の随所に窺えた。王弟がいなくなったとあって、王宮魔術師に入ると、たちまち国王から賢者レイヴンと呼ばれていただけのことはある。
式典自体は滞りなく終わった。国王の親政復帰、宮廷魔術師の復活が大々的に謳われ、王都は盛大な祝賀の祭典に活気づいていた。演出にはフィリスの幻影魔法を遺憾なく用い、魔法でしか成し得ない演出をふんだんに取り入れた。どうもこの世界の魔法は実用一点張りらしく、こういった演出のためだけの魔法の使用は前代未聞とのことで、これもまた拍手喝采だった。レイヴンだけはあまり感銘を受けなかったようだが。
◇◆◇
多忙極まる祝典の一日を済ませた俺は、夜も更けた頃にようやく城館に戻った。披露がドッと襲ってくる。危険と裏腹なものではなく、ただ存分に腕を奮うだけの一日。今日だけは宮前久幸として生きていた頃を思い出していた。
「そういえばご主人様、巡回劇団をどうなさるおつもりで?」
なし崩し的に始めた巡回劇団は、いまや「王立巡回劇団」として認められることになった。もちろん劇団長は、俺だ。
「しばらくはやるしかないだろう。演目には困らないしね」
誰も踊らない舞踏会から幽閉、曲芸紛いの脱出、民に語らい仲間を集め、最後には強大な敵に打ち勝つ。まさに舞台向き、それもロングラン公演どころか後世に語り継がれる話になるだろう。劇だけではもったいない。吟遊詩人にも語らせて各地を回らせるとするか。
生気の戻った執務室で、俺とクレアは顔を見合わせ笑い出した。この世界に来て以来、俺たちが心の底から笑えたのは、あるいは初めてかもしれない。クレアも、飄々としていたかと思えば茶目っ気があるところもある。そしてこんな顔をするのだと思わせる、屈託のない笑顔を見せていた。
そんな心休まる一時を過ごしていた俺たちの下に、城門から門番が慌てて飛んでくるなり、「大変です!」と繰り返し、その言葉の通り泡を食っていた。とにかく門まで来て欲しいと告げる門番を休ませ、クレアとともに門へと向かう。
「俺は、この世界に、平穏という言葉を辞書に付け加えるべきだと思うね」
「それではご主人様が飽きてしまいます」
冗談とも本音ともつかない会話を繰り返しながら城門へ。そして着くなり聞き慣れた声がした。
「ウィリアム様! 各国の大使が急に来訪されると。どうやって演じてみせるのが良いか、さっそく相談に参りました!」
セレナだ。言葉の内容の割りに楽しそうな弾む声。そんなことを言いに、わざわざ夜明けを待たずに自分で馬を駆ってきたのだった。
「まったく。立場というものがあるだろうに」
門を開けると、間違えようもない銀色の流れる長い髪が明けの光に輝き、まるで女神の降臨もかくやという有り様。そして俺とクレアを認めるや、屈託のない顔で微笑んでみせた。
「誰に似たんでしょうかね、ご主人様」
クレアは王女の下へと駆け寄り、「悪いところまで似なくても良いのですから」とかなんとか、言いたい放題言っていた。
大きな大きな危地を乗り越えたばかりだというのに、さっそく次の舞台か。それも悪くない。むしろその方が性には合っている。俺はそのために生きているのだから。それに二人の顔を見ていると、そのために力を尽くしてやろうという気にさえなってくる。ああ、まったく騒がしく、それでいて楽しい世界じゃないか。
==セレナの日記==
父上に再びお会いすることができ、これほど嬉しいことはありません。
これもすべてウィリアム様のお陰です。
まだまだ、私たちの物語は始まったばかり。楽しみです。
―――――――――――
【ウィリアムの終幕メモ】
国王陛下を救いだし、無事セレナは王宮の然るべき地位に戻ることができた。
この物語はきっと、多くの者に語り継がれることだろう。
そしてこの先も多くの物語が紡がれていくに違いない。
終幕まで見届けた君に、ぜひ終幕の寸評(=レビュー)を頼みたい。
俺は少女を演出し、この世界を舞台にする ~天才演劇監督の異世界転生記。ミステリアスなメイドとともに、未熟な王女の未来を切り開き王国をも救っていく~ 涼風紫音 @sionsuzukaze
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます