第5話 絶体絶命でも生き延びろ?

 おかしい、おかしいと思いながら過ごし続けること約半年。長かった冬が終わり、雪もすっかりとけた。


「明日から外に出ても良い」


 就寝前、突然のお許しが出た。

 寝室にある小さなテーブルセットに向かい合って座り、お茶を飲んでいる時のことだ。


「えっ、な、何で」

「何で?」

「い、いえ! 何でもないですっ!」


 軟禁じゃなかったんですか? とはさすがに言えない。

 何だ? 何でいきなり?

 

 ――ハッ、もしかして、外へ出た途端に『狩り』が始まるとか? やっぱり動くものを狩りたい、とか?! 雪もとけたし、って? 無理だよ! 逃げ切れる自信ないよ!


「雪もとけたし、走り回りやすいだろ」


 やっぱり!!!


「それと」

「ひゃい!」


 向かいに座るディーさんの目がきらりと光った。鋭い眼光に身が竦みそうになる。ねぇ、山羊って草食動物のはずだよね?! 何でこんなに怖いのかな?!

 ゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩いてくる。思わず俺も立ち上がり、彼が近付くのに合わせてゆっくりと後退した。


「そろそろ、良いだろうか」

「ヒィッ、な、何がですかぁっ!?」

「そろそろエルをいただいても?」

「ヒエッ?! ま、まだじゃないですかね?! まだ俺、食べごろじゃないと思いますっ!」


 ほ、ほら! まだ(日頃の努力の甲斐あって)全然お肉ついてませんし! と夜着をめくって腹を見せる。申し訳程度の筋肉しかない、薄い腹だ。それをぺちぺちと叩いてアピールする。


「いや、もう十分食べごろだ」


 俺の腹をじっと見つめ、ディーさんがごくりと唾を飲んだ。


「そんなぁ!」


 どうしようどうしようどうしよう。

 俺の人生、ここで終わり?!


 じりじりと後退していくと、とん、と背中に硬いものが触れた。棚である。やばい、追い詰められた。だけど、ただ黙って食われてなるものか。ギリギリまで抗ってやろう。そうだ、何か投げつけて、怯んだ隙に逃げるとかどうかな。集落総出の狩りだったら逃げ切れないが、ディーさん一人からなら何とかなるかもしれない。いやーどうだろ、人間って山羊に勝てるかな? でも何もしないよりは!


「なぜそんなに震えている」

「な、なぜって、言われましても……」


 後ろ手で、投げるのに手頃なものはないかと探る。


 ――おっ、なんか丸い陶器があるぞ。大きさも重さも手ごろだ。ここには確かお香が置いてあったはず。てことは香炉だな。ちょうど良い。


 それを掴み、投げようとしたところで、自分が持っているソレが何なのかに気付く。


 頭骨である。

 随分小さいが、人間のものだ。

 サイズ的に赤子かも。駄目だ、こんなの投げつけられない。死者への冒涜だ。そんなことをしたらこの蛮族と同じだ。こんな、年端もいかない子どもを殺して、その上、こんなつや消し加工の陶器製の香炉にするなんて! 陶器製の……、陶器製の?

 

 いやおかしいな?


 陶器製の時点でこれは骨ではないな?

 パッと見は人間の頭骨だけど、触ってみたらわかる。質感と重さからして絶対に骨じゃない。


「どうした。香を焚きたいのか? そうか、雰囲気作り、というやつだな」

「え? いや、え、あの、えぇ? これ……」

「イスタの伝統工芸品だ。エルが興味を持ってくれたようで嬉しい」

「……は? 伝統……工芸?」

「我がイスタはかつて血生臭い歴史があった。ウェスパニアにも届いているかと思うが」

「そ、れは……」

「その陰惨な歴史を忘れないため、こうして様々な生き物の骨を模した小物を作り、販売している」

「え。じゃ、あの、いまはそういう狩りとかは」

「食用の野生動物くらいは狩るが」

「そうじゃなくて、その、縄張りに立ち入った人間とか」


 例えば俺とか。


「狩る必要が?」

「ない、ですよね……アハハ……」


 え? じゃあ、さっきの『いただく』って?


 クエスチョンマークを浮かべている間に、ふわりと身体が浮く。横抱きにされたのだと気付いたころにはもう遅かった。次の瞬間にはベッドの上だったし、あれよあれよという間に朝を迎えていた。もちろん色々失った。そっちの意味かよ!


 これは後に知ったことだが、イスタが噂通りの蛮族だったのはもう二百年も昔のことで、何ならウェスパニアよりも識字率は高かった。その上、なんとディーさんの職業は外科医だった。あの腰巻に付着していた血液は患者のものだったのだ。俺に洗濯をさせてもらえなかったのは、患者の血液に触れるのは感染のリスクが高いからだったのである。だからナリーさんは常にマスクや手袋を装着していたのだ。


 何もかも、単なる噂だったのだ。

 イスタは恐ろしい首狩り蛮族の集落などではなかったのである。

 

 それから俺は彼と普通に話せるようになり――と言いたいところだけど、さすがにまだちょっと怖い。


 けれども。

 俺が盛りつけたサラダをもしゃもしゃもしゃもしゃと口いっぱいに頬張る様は、ちょっと可愛いと思ったりする。

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【BL】蛮族の嫁になるって聞いてたのに、なんか話が違うな?! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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