第4話 体型キープで生き延びろ!
さて、俺が『首狩り蛮族』などという恐ろしい噂のある半獣人の集落イスタに嫁いで三ヶ月が経った。
まだ、生きている。
というか、何かおかしいのである。
確かに、媚びに媚び、どうにか毎日夫であるディーさんのご機嫌を取り続け、どうにか今日まで生きてこられたわけだが、なんていうか、その――、
随分と待遇が良いのである。
もっと言うと、良すぎるのである。
「あっ、奥様ったらまた! お掃除なんてわたくしがやりますから!」
「えっ、でもあの、家事は主婦の務めって、ウェスパニアでは」
「またそのお話ですか? 奥様がここへ来るまでにきっちりと花嫁修業されてきたことは存じ上げておりますけれど、わたくしから仕事を奪わないでくださいまし!」
「す、すみません」
さすがは族長のご子息である。
俺とディーさんが住むこの家には、お手伝いさんがいるのだ。潔癖気味なのか、常に白マスクと白エプロン、ゴム製の手袋を装着している山猫の半獣人女性で、ナリーさんという。
ここに来る前、俺は花嫁修業と称して、ありとあらゆる家事を叩きこまれてきた。
主人よりも早く起きて飯の仕度をし、その飯はもちろん彼が口をつけるまで手を出すことは許されず、仕事へ送り出した後は家じゅうの掃除に洗濯。繕い物に革製品等の手入れ、それから空き時間には自分自身の美しさを保つための努力をし、夕飯の仕度をして風呂の準備をし、主人の帰宅時には明るい笑顔で出迎える、と。
空き時間とか言ってたけど、修行中にその『空き時間』とやらはほぼなかった。俺は一日中あれこれと動き回り、やっと飯の時間だと腰を下ろしても夫役の講師が「飯」と一言呟けばさっと立ち上がってお代わりを用意しなくてはならないのだ。
ウェスパニアでは化石扱いされるほどの亭主関白だが、どうやらイスタではそうらしい、と聞いていたのだ。正しくは、「そうかどうかはわからないが、とにかく恐ろしい蛮族なんだから、それくらいしないと即日殺されるかもしれない」だったけど。
にもかかわらず、蓋を開けてみればこれだ。
俺は飯の仕度はおろか、ディーさんの腰巻一つ洗わせてもらえない。まぁ、誰のものかもわからない血のこびりついた腰巻なんて触りたくもないけどさ! ていうか毎回血塗れなの何で?! 怖すぎて外で何をしているのか未だに聞けないんですけど!?
そういうわけで、聞いてた話と違うな? と首を傾げつつも、三時になると運ばれてくるお茶とお菓子を、「もしや毒では」と恐れながらちびちびと喫する日々を送っている。
家の中は自由に歩き回っても良いのだが、外には出ないようにと厳命されている。つまりは軟禁状態だ。きっとあれだ、油断させて、丸々と太らせてから殺すのだろう。太ったら終わりだ。食べられておしまいなのだ。食卓に並んでしまう。
いまこそ『自分自身の美しさを保つための努力』とやらの出番である。いまの俺が美しいのかはさておいて、とにかくわずかにでも腹が出たり、皮膚が弛んできたら食べごろと判断されてしまうかもしれない。そんなのは駄目だ。生きるために痩せろ! いまの体型をキープするんだ!
その成果が出たのか、ある日、ナリーさんが「奥様はちょっと細すぎやしませんか?」と困り顔で言ってきた。
「ちゃんとたくさん召し上がられてます? 遠慮なさってませんか?」
「いえ! 毎日たくさんいただいてます!」
「そうですかぁ? 旦那様も心配されてるんですよ? 奥様はちょっと痩せすぎなのでは、って」
うわぁ、もう全然隠しもしねぇのな。ディーさんマジで俺を太らせようとしてんじゃん。
「ウェスパニアではこれが平均なんです!」
「まぁ、そうなんですね?!」
事実である。
ていうか、ここの集落の人達のガタイが良すぎるだけなのだ。ムッキムキの半獣人達の中にフツーの人間がポンと混ざってみ? そりゃあガリガリに見えるだろうよ!
とりあえず、作戦は成功らしいとホッと胸を撫でおろす。
が、その日の夕飯。
肉、肉、肉である。
なんかもう脂がテラッテラの肉である。
それが、俺の前にドドンと置かれている。
待って待って待って。
どう見ても俺の飯が一番豪華なんですけど。ディーさんより大盛なんですけど!
「あ、あの、ディーさん」
「どうした」
「これ、間違って配膳されてませんか? ディーさんの分では?」
「おれはこっちだ」
と、控えめな量の肉と、大盛りのサラダ。山羊の半獣人であるディーさんは確かに肉よりも野菜が好きだ。
「で、でででででも!」
「エルは細すぎる。そんなに細くてはここでは生きていけない」
嘘だ! むしろ肥えたら食べるつもりのくせに!!
その日から、俺の飯はとにかくスペシャル豪華になった。だけど絶対に太るわけにはいかない! 頑張れ俺! 体型をキープするんだ!
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