【27】うるさい相棒(50dB)

 燦々と注ぐ光のなかのポットローズに見とれて、思わずため息をついてしまった。

「綺麗だなあ、きみは」

「ほんとだねぇ、ニコニコ日向ぼっこしてる」

 小さな薔薇のかわりに冴が応える。凛の働くサンライズで、冴と士織はたまに休憩している。このカフェのインテリアは、グラスハーモニカという珍しい楽器だ。シュティレの基準値よりも音が小さいため、例外的にライセンスなしで演奏できる。テーブル席にはサンキャッチャーがくるくると回り、虹色の光が窓辺に透けている。

「素敵でしょ? インフィニティよ」

 健気に花弁をひらく、雪のような無垢な白さは、サイレンスコアの花たちを思わせる。眞白の足元に咲く花。護るべきものの象徴。

「すみません、こんなときにお邪魔して」

「いいのよ、あの子今日はいないし。番犬がいてくれると助かるわ」

 たしかに、言いがかりをつけられる凛や美也子を、シュティレの腕章をもってかばったことは何回かあった。グラスハーモニカと悪魔の娘。比較的条例の緩い“エ・アニム”エリアでも、プレーヤーを攻撃する人間はそれなりにいる。ドリンクとともに、美也子はウィンクを残していった。

「……よかった」

 思わず呟いていた。それならまた同じようなことがあった時には、武藤の前に立ってやろう。償いとまでは言わないが、彼女にだって静寂が——いわれのない非難や中傷から護れるシュティレぼくらが——きっと必要だから。凛自身は煙たがるだろうが、自分ができるせめてもの職務だ。すこしだけわだかまりが解けた気がして、軽くなった心になおさらミニバラの純白が沁みた。

「……可愛いなあ。オフィスに飾れないだろうか……」

「そういうちっこい薔薇なら駅前の花屋にあったよ? 窓のあたりに並べて置いとけば?」

「本当かっ」

「うるさぁ」

 つい声を弾ませてしまった。冴はからかうようにイヤーモニターを指先で弾く。

「不破って声のデカさでテンションわかるよねえ」

 「うるさい」はシュティレにとって最上級の否定文句だ。が、2歳上の相棒である冴はわりと気軽に使っている。

「尊敬するひとの護衛ができるなんて光栄だろう。曲がりなりにもバディに向かってそんな風に言うものじゃないぞ」

「不破のはさー、比喩じゃなくて物理的にうるさいんだもん」

 結城は変わってる、と思う。指音にしろ「うるさい」にしろ、彼独自の言語系統をもっているようだ。それを言うときの結城が、愉しそうだからかも、しれない。

 「こないだ」とは、音響監理部門の隊員の代理でシュティレ局長・九条の随行をしたときのことだ。オクターブ統制局の構成員でもある九条は、たびたび報道陣に囲まれる。ハウラーをネタに、あれこれつつかれるのだ。「公表できないのは冤罪だからなのでは? 重大な音楽家の権利侵害だ」とくることもあれば、「専門機関であるあなた方の年間の捕捉数がたった15名なのは怠慢では?」と言われることもある。推進派と排斥派。マスメディアの意見も真っ二つに分かれ、どちらの相手もしなくてはならない九条の心労はいかばかりかと、思う。そんな九条がわずかにでも目元を緩めて「呼び出してすまなかったな。ご苦労だった」とねぎらってくれたのだ。「光栄ですっ」とついデシベルが上がってしまったのも、士織としては無理はなかった。

「まあ九条局長から指名されたのは、確かに光栄だったケドね」

「そうだろう? 僕らに目をかけてくれているんだ」

 理由は明白だ。バディを組んでほどなくして、士織と冴はハウラーをひとり、捕捉している。まだ16分休符のタイピンをしていた頃だ。

「——あのときのハウラーは“ノートを食わせろ”と言っていたな」

「研修で習った定型句がでてきたから逆にビビったよねぇ」

 ノートというのはハウラー同士の符丁なのか、おそらくは「音色」を示すとされ、音楽に飢えるほどの中毒であるというのがシュティレの見解。それも含めて重度の音楽中毒であると診断されており、音楽に取り憑かれたように幻覚や幻聴をきたし「演奏で人を消す」彼らは、シュティレ管轄の「無音病棟」での治療が必要とされている。あのとき捕らえたハウラーも、病棟に贈られているはずだ。けれど治療法もいまだに研究途上の段階だ。

「治ったって話、聞いたことないよねえ」

「……重度になると、治るものではないのかもな」

 公表できない理由はもちろん「科学的に解明できていないため」もあるが、それによる「国民の混乱を防ぐため」や「模倣犯を防ぐため」でもある。士織たちはシュティレの名の下、国民を脅かす音響犯罪を検疫しているに過ぎない。九条のデスクには行方不明となった隊員のコードタグが収められているのだという。九条が時折そのタグを無念そうに握りしめているのだという話を、研修担当の隊員がしてくれた。年齢からすれば異例の階級である「四分休符」のタイピンを士織につけてくれたのも、九条だった。「これからも頼むぞ」とやはりわずかに微笑んでくれた。眞白とは好対照の、硬質な賞賛が誇らしかった。時折疲弊や苦悩を滲ませながらも、毅然とした上司ふたり。

「よし、九条局長のために頑張るぞっ」

 ココアを飲み干して立ち上がる士織を、冴は眩しそうに見上げる。

「おまえってほんとうるさいよねぇ、不破」

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ハルモニアンノート あると @altruist1215

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