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「そして」【岐】裏話

2と3関連、ミレイヌがタンタールの旅に同行することになった経緯とその道中の話。



 * * *



 タンタールに向けて王都を出発した一行は、王都の賑わいが薄らいだ場所で馬から下り、小休憩をとることにした。
 頭上に輝く太陽は、既に西に傾いているものの、一年のうちでもっとも昼が長い季節とあって、日差しはまだきつい。

「どういうつもりだ」
 馬に揺られて凝った体をほぐすべく、めいめいが背伸びをしたり屈伸したりする中、アレックスは従兄でもある王太子フェルドリックに近づいた。
 離れた場所で近衛騎士の一人と話しているアンドリュー・バロック・ロンデールへと目を向ければ、視線を追ったフェルドリックは面倒そうに息を吐き出した。
 無論フィルの所在も確認してある。フィルはウェズと別の場所で会話していて、彼女がロンデールが意識している様子も、その逆もない。
「 “彼”のことであれば、親切だよ、親切。婚約しようという間柄なんだから、少しはお互いを知る機会を――」
「お前が親切と言う時は大抵真逆だ」
 そう断言して睨みつければ、従兄は「長い付き合いも考えものだ」とくすりと笑った。悪びれの一切ない様子に開き直る気だと悟って、アレックスは眉根を寄せる。
「まあ、半分は君の言う通り、確かに嫌がらせだ。もう半分は……仕方ないだろ、“彼”以外ろくなのがいないんだから」
 フェルドリックは「僕に死ねって言うのか」と肩をすくめた。
「……」
 アレックスは、抗議のために開きかけていた口を噤む。
 近衛騎士団の人材不足の深刻さは、仲の悪さを差し引いても騎士団では有名な話だ。そんな中、ロンデール副団長以上に彼を護衛できる人間は確かにいないだろう。

「……では、あれは?」
 アレックスは長息と共に諦めをつけると、もう一人、気になっている人物を顎で指した。  
 ジュリアン・セント・ミレイヌ。ミレイヌ侯爵家の次男で、第一王女セルナディアの腰巾着の一人だ。といっても、先日の剣技大会でフィルに負けてからは、逆に疎んじられているらしいが。
「彼がフィルを嫌っているのは、簡単に想像がつくだろう。剣技大会の件もある。あれも嫌がらせか?」
 先ほど顔合わせをした時も、お互い露骨に嫌そうな顔をしていた。
「……君、僕をどんな人間だと思ってるのさ?」
「裏から嫌がらせを仕掛け、それに右往左往する者たちを邪気のない顔で眺めて遊ぶのが趣味――違うか?」
「人聞きが悪いなあ」
 そう言いながら、否定せずくつくつと笑うあたり、やはりどうしようもなく性格が悪い。
 アレックスは、呆れのため息をついた。

「彼は彼で、それなりに腕がいいというのもあるんだけど……んー、なんかおもしろそうだったからさ」
「?」
「ヴィグルガ男爵、知ってる? ミーズ商店の主のボドア・コーギッチって言ったほうがいいかな、前男爵の娘を金で娶って、去年爵位を得た」
「……アニーという少女の親だ」
「そ、養女。かわいい子だ。となると、そんな子を養女にして、王宮でわざわざ連れ回している目的もわかるだろう?」
 渋い顔をすれば、何を思い出したのか、フェルドリックも目を眇めた。「近いうちに相応の目に遭わせてやる」と物騒な毒を吐く。
「だが、それと彼に何の関係が?」
「それが、何を思ったか、彼、その子がいよいよ下衆に連れて行かれるとなった時に、介入して止めてたんだ。ああいう腹芸に向くタイプじゃないからだろうけど、引きつった顔で必死も必死さ。自分の家の名を出し、君の名を出し、ヒルディスの影響力を匂わせて……ああ、やっぱり知らなかったか」
 フェルドリックは楽しそうに笑う。
「挙げ句、今度何かあったら自分のお嫁さんになる約束をしていると周囲に言えとまで言っていたよ。確かにこの上ない牽制だけど、自分も変態だと思われるっての」
 続けて、彼は「絶対そこまで考えてないだろうなあ、あれは」とくつくつ笑う。

(あの彼が、アニーをかばった……? 平民どころか、素性もよくわからないという話なのに?)
 呆気にとられた。彼はセルナディア同様、血脈至上主義のはずだ。その彼がか、と思わずミレイヌを探す。
 見つけた彼は、集団の外れで馬の背に乗せた荷物の具合を確かめながら、ちらちらとフィルの様子をうかがっている。
 気配を感じたのだろう、フィルが彼に視線を向けた。その瞬間彼は硬直して、ばっと音を立てて顔をそらし……荷物を崩した。慌てて荷作りし直している。
「……挙動不審そのものだな」
 彼の様子に、アレックスは片眉を跳ね上げた。 フィルも「なんなんだ?」という顔をしている。
「ね、ただの子供だろ?」
 くくっと笑ったフェルドリックは、それから真顔になった。
「何も教えられていなかった、考えていなかった、けれど何かがおかしいと思うようになったというのであれば――少しぐらいチャンスを与えてやってもいい」
「……なるほど」
 言葉は傲然と、けれど、その本質に慈悲を滲ませる彼の顔に、そういえば彼は太子、この国を背負う責にある者だと久しぶりに思い出した。上に立つべくして立つ者――
「あっちの馬鹿は、子供の時から変わる気が一切なさそうだから、チャンスはやらないけど」
 ……は、なぜか例外がいるらしい。

 視線を移して目を眇めたフェルドリックに、フィルのほうも気付いた。緊張を露わに、いつでも動けるよう身構える。
 天敵というのは一定の間合いに入った瞬間、相手のすべての動向が意識に入るものだというが、それは本当のようだ。
「……相っ変わらず生意気な」
 懲りもせずフィルとまた睨み合い始めたフェルドリックに、アレックスは白い目を向けた。
 子供は誰だ、と思ったが、今は口にしないことにする。ここぞと言う時に事実として突きつけてやる。

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