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船魄紹介【北上】

【北上(きたかみ)】
・艦として
 ・艦種:軽巡洋艦
 ・艦級:球磨型軽巡洋艦三番艦(回天母艦とも)
 ・前級:天龍型
 ・次級:長良型
 ・建造:佐世保海軍工廠
 ・進水日:1920年7月3日
 ・所属:連合艦隊直属部隊
 ・全長:162m
 ・全幅:14.2m
 ・基準排水量:5,100噸(トン)
 ・対艦兵装:回天×8
 ・対空兵装:八九式十二糎(センチ)七連装高角砲×2 九六式二十五粍(ミリ)3連装機銃×4 
 ・対潜兵装:なし
 ・搭載機:なし

 艦名は軽巡洋艦の慣例通り河川名から。岩手県及び宮城県を流れる北上川が由来である。この名前の使用は初めて。本艦は艦容が一変する改装を二度受けている為、段階を追って解説する。

 本艦が属する球磨型軽巡洋艦は、5500トン型軽巡洋艦と呼ばれる軽巡洋艦シリーズの最初である。他には長良型と川内型が属する。球磨型は帝国海軍が初めて運用した軽巡洋艦天龍型の改良型であり、世界的にも初期の軽巡洋艦に分類される。

 帝国海軍の軽巡洋艦の任務は水雷戦隊の旗艦となって敵の駆逐艦を排除することであったから、当初の設計では魚雷より砲熕兵装が重視されていた。主砲に14cm単装砲を7門搭載し、魚雷発射管は連装発射管を4基8門搭載していた。主砲の一部は後に高角砲や機銃に置き換えられている。また、球磨型は艦載機を運用することが考慮された帝国海軍初めての艦艇であったが、あまり上手くいかなかった。

 球磨型は大東亜戦争の頃には既に旧式化しており、また近代化改装なども比較的新しい川内型に優先して行われたので、旧式のまま放置されていた。しかし1941年3月、球磨型の中でも北上と大井は特異な改装を受けて「重雷装艦」と呼ばれるようになった。これは上甲板から主砲や副砲のほとんどを撤去して、4連装魚雷発射管10基、合計40門もの魚雷発射管を搭載するという空前絶後のものであった。生還を期待せず敵艦に突入するという構想であったが、大東亜戦争で重雷装艦の出番はなかった。

 大東亜戦争緒戦においては、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦などで戦艦部隊の護衛を務めたが、目立った活躍は見せていない。1942年9月からは魚雷を減らされ高速輸送艦として南方への輸送作戦に従事した。19944年1月、潜水艦から魚雷を2発喰らい、航行不能の大損害を受けるが、シンガポールまで鬼怒に曳航されて生還した。

 1944年8月、北上は再び大改装を受ける。魚雷発射管を全て撤去し、人間魚雷回天の母艦となるよう改装を受けたのである。回天は両舷に4本ずつ並び、艦尾のスロープから順次投下できるようになっていた。北上は回天を搭載した艦としては最大の搭載数を誇った。回天以外の武装は僅かな高角砲と機銃だけであった。

 フィリピン沖海戦でアメリカ海軍が壊滅すると、特攻兵器である回天を使う必要はなくなり、北上の存在は再び宙に浮いてしまった。旧式に過ぎて普通の軽巡洋艦に戻す意義も薄かったので、大東亜戦争では単なる輸送艦として運用され続けた。

 しかし戦後、回天が空母の艦載機と同様に無人化され、現実的な誘導魚雷に変貌した。北上は回天母艦として運用されることが決定され、帝国海軍の秘密兵器として実戦投入の時を待つことになった。現在の北上は既存のどの艦種にも当てはまらない奇妙な状態になっているが、書類上は大昔から変わらず球磨型軽巡洋艦である。


・船魄として
 ・技術系統:日本式第一世代
 ・身長:148cm
 ・体重:55kg
 ・血液型:O型
 ・髪:黒
 ・目:黒
 ・好きなもの:殺すこと・南部鉄器
 ・嫌いなもの:輸送任務・暑さ

 事実上の特攻艦にされたり自爆兵器の運用専門艦にされたりと酷い艦歴を与えられたことから、人格がやや歪んでおり、普段は明るい少女に見えるものの、敵を殺すことを楽しむようになってしまった。それを除いたとしても、敵味方問わず生死に無頓着であり、非常に冷淡な印象を与える。妹の大井に溺愛されているが、ほとんど気にしていない。

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