【吹雪(ふぶき)】
・艦として
・艦種:駆逐艦
・艦級:吹雪型駆逐艦一番艦
・前級:睦月型
・次級:初春型
・建造:舞鶴海軍工廠
・進水日:1927年11月15日
・所属:第三艦隊
・全長:119m
・最大幅:10.4m
・基準排水量:1,680噸(トン)
・対艦兵装:五十口径三年式十二糎(センチ)七連装砲×1 九八式十糎連装高角砲×2 十二年式(61cm)3連装魚雷発射管×3
・対空兵装:九六式二十五粍(ミリ)三連装機銃×6
・対潜兵装:八一式爆雷投射器×2 六式墳進爆雷砲×2
・搭載機:なし
艦名は普通名詞の吹雪より。二代目である。進水時は駆逐艦の名前不足が心配されて「第三十五号駆逐艦」と命名されていたが、ワシントン条約で駆逐艦の大量建造が中止されたので、竣工時に「吹雪」と改めて命名された。
吹雪型はよく特型駆逐艦と呼ばれる。これは当時の駆逐艦としてはあらゆる性能が規格外か、少なくとも世界最高水準だったからである。
まず攻撃力について、主砲6門というのは当時としては最も重武装の部類であり、例えば一世代前の睦月型では4門であった。主砲については同等の数を装備しているものが他国に存在していたが、魚雷発射管9門というのは規格外の重武装であり、他国でこれに匹敵する雷装をした駆逐艦が登場するのは第二次世界大戦が始まった頃である。
また重要なのはその航洋性能である。これまでの駆逐艦は穏やかな海で大型艦の補助を受けながらしか活動できない貧弱な存在であったが、吹雪型は大型の船体と良好な凌波性から、外洋を単独で駆けることが可能な史上初の駆逐艦なのである。
吹雪型の登場によって駆逐艦は戦艦すら沈め得る艦種へと昇華され、駆逐艦というものの基本形が完成されたと言ってもよい。そしてまた、吹雪型や妙高型など革新的な補助艦の登場は、補助艦の保有量を制限するロンドン海軍軍縮条約が締結される大きな要因となった。
本艦自体は就役後暫く、激化する日中戦争で活躍していた。1935年9月の第四艦隊事件では妹の初雪、夕霧が台風で艦首切断の大損害を受けた。これは日本の軍艦全般における強度不足が要因であったので、吹雪型は補強工事を各所に受けて排水量が大幅に増加、最大速度が35ノット程度に低下してしまった。1940年10月の紀元二千六百年特別観艦式では最後尾を飾った。
大東亜戦争緒戦においては南方作戦の船団護衛に従事した。1942年1月、エンドウ沖海戦に参加し、駆逐艦一隻を撃沈する戦果を挙げた。大東亜戦争で初めての水上戦闘艦艇同士の戦闘であった。2月にはシンガポールから脱出する英海軍を立て続けに攻撃し、小型艦数隻を撃沈している。3月にはバタビア沖海戦に参加し、スラバヤ沖海戦から敗走する連合軍を全滅させた。
6月のミッドウェー海戦には一応参戦しているが、後方の戦艦部隊の護衛に就いて敵と交戦することはなかった。8月からはガダルカナル島への鼠輸送に参加した。10月11日、ヘンダーソン飛行場攻撃に向かっていたところ米軍と遭遇し、サボ島沖海戦が発生し、吹雪は敵重巡洋艦の集中砲火を受けて爆沈した。轟沈した場所は所謂アイアン・ボトム・サウンドであった。
吹雪が轟沈した後、吹雪型は白雪型と改名された。
大東亜戦争終結後、帝国海軍にとってそれなりの思い入れがある吹雪は再建造の候補として真っ先に上がった。吹雪自身はすぐに再建造されたが、大東亜戦争の時点で帝国海軍の主力駆逐艦は次世代の陽炎型に移っていたし、戦後は更に大型の秋月型や島風型が重視されているので、吹雪型の船魄化は少数に留まっている。
・船魄として
・技術系統:日本式第一世代
・身長:158cm
・体重:82kg
・血液型:B型
・髪:白
・目:黒
・好きなもの:全ての日本の駆逐艦・剥製
・嫌いなもの:あらゆる敵・死
島風曰く「これ以上悪化しようがない」。現在の帝国海軍の駆逐艦はほぼ全て吹雪型の直系であるから、日本の駆逐艦全てを自分の妹のように思っている。しかしその愛は歪んでしまった。失われた妹を忘れない為に、妹達の身体の一部を自分の一部にするという異常な行動を取り始めたのである。それを繰り返している内に手足は鉄の塊になり、いつも夢の中にいるかのような言動を取るようになった。日常的には妹の白雪の介護を受けている。
