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第43話 二足歩行適応

 人類の肉体は二足歩行に適応しきっていない、肥大化した脳を持つ胎児の出産にも適応していない…相互に絡み合っている訳ですが…と言われますが、我等世(ウィラルテ)の人型魔物はこれらに適応した生物です(雌雄両体にしたのは、我々とは全く違う生物であるということを強調するため)。

 例えば、子宮が体外に張り出す形式なので出産が楽(人類は二足歩行と両立するために産道が狭く曲がっているので大変)。脊椎は骨盤の上に直立し(同、骨盤が傾斜しているので腰痛になりやすい)、膝の靭帯は強力で(同、二足歩行にしては弱すぎる)、足首の可動域は狭い(同、樹上生活向けのままで可動域が広すぎるので捻挫しやすい)等々。

 前頭前野は小さいため社会性は低く、喉頭の位置が高いので言語能力も原人レベル。道具は棍棒や手斧など、ひとつの素材から作った単純なもの止まりです。群れの大きさは数十個体が原則(例外あり)。尚、樹上生活に再適応した類人猿型の魔物もヴェイザ北の「玄奥の森」で登場予定です。

2件のコメント

  • 読むのが遅いので、そこまで到達していませんが、興味深い話だったのでコメントをば。
    確かに人間と云う種族は、妙に中途半端な所があると感じます。紫瞳鸛様が文中で触れられている部分は言うに及ばず、思考的な部分でも不安定さが顕著である様に思います。

    しかし、何故でしょう、不思議とその中途半端性、生物として不格好なその有様が却って今日の人間を為す要因なのでは、と云う考えに捉われます。

    何れかに特化せず、中途半端で何処がどれと云えない存在。実はある意味その点こそがミソなのではないか、と、そんな事を考えてみました。
  • コメント有難うございます!

     直接結べる社交関係の限界を表すダンバー数は、大脳新皮質の容量に比例しており、ホモサピエンスは4層(核家族5-大家族15-血族50-氏族150)の氏族Clans≒150で生物学的な限界に達した筈なのに、実際には5層の部族Tribes≒500、6層のSuperTribes≒1500と積み重なって人類社会を形成してしまいました。
     
     Tribesの繋がりは感情同期(歌踊)により、またSuperTribesは物語や宗教(を生み出せるだけの言語)により維持できたとされてはおりますが、生物学的限界を超えたからこそ、人間らしいと言えるのかもしれません。

     逆に、生物学的限界を超えて生み出された歌や物語や宗教は、その誕生の瞬間から無理を通したことによる痛み苦しみを伴う因果なモノになったのだという言い方もできるのでは…と思っています。
     
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