たまに無性に書きたくて仕方なくなる
孫策と周瑜の話🥰
まあとにかく私は堅パパが好きなわけですよ……。
何度も言ってるようにあの董卓にさえ「孫堅は本当の豪傑。まともに遣り合うのは厄介」などと嫌がられてるの無茶苦茶カッコ良すぎる。
思うんですが孫堅も辺境からのし上がって来たまさに董卓にいうような本当の豪傑だと思うけど、私は董卓も背景は涼州から野望を持って都にやって来た蛮勇って意味では事情が似てると思うんですよ。
だからこそ、董卓は堅パパを警戒してたんじゃないかと。
分かるんですよね。自分に似ていたから、
厄介な奴だと直感したのかもしれません。
昔は周瑜は孫策に男惚れしていたんだと思っていた時期もあるのですが、
それだと孫策が死んだ時に周瑜が絶望し過ぎるはずだし、
あのような孫権を迷いなく支えられたのかが、若干説明付かないんですよね。
そもそもなんで孫策がそんなほぼ一文無しみたいな時に合流したんだよ……という部分を突き詰めると、
やはりこの時代、豊かな財力を持った人の所に人は集まるわけですが、
そういう財や地位を持たない人の許にも、集まる人がいるわけですよ。
ふとなんでそんな何も持ってない人の所に集まるんだろう? って思うんですが、
つまり、身内なのです。
兄弟や、親戚。
そういう血の結びつきは極めて重んじられて、
弱小だろうとなんだろうと、旗揚げの時に馳せ参じる奴らってやっぱり血の結びつきがある場合そういう相手の許にも行くわけです。
元譲兄貴と曹操様とかもそうだもんね。
つまりね……私はある時、周瑜は孫堅に男惚れしてたんだということに気づいたんですよ。自分の中で。
孫堅を父のように慕ったわけです。
孫堅が父なら、孫策とは兄弟となるでしょ?
兄弟が袁術の所から独立したら、例えその時何をしてても、全てを投げ出して合流してあげるとかは、おかしくないわけですよ。
ああこの二人って親友というより、「兄弟」なんだ と思ったら、
難解だった周公瑾という人の全てがはっきり捉えられたのです。
孫策亡きあと孫権を支える心の動きさえ、簡単に分かる。
孫策の兄弟なら、孫権も弟だもんな。
全ては孫堅なのです。
そこから派生している。
だからうちの小説では堅パパはものすごくカッコよく書きます!!🥰
誰よりも!!
周瑜があの若さであんなに強く最後まで生き抜けたのは、
俺の父は孫文台なんだ! って心に思い続けていたからなんだと
私は信じているのです
だから孫策が死んでも周瑜は絶望しなかった。
弟が死んでも、自分が兄だから、
弟が掲げた夢を自分が守ってやるつもりだったんじゃないかと。
それを父である孫堅も喜んで、望んでくれると思っていたからじゃないかなあ。
私が三国志の中でも周瑜が抜群に好きなのここが理由なんです。
私は血の絆とか家族の絆の凄さとかが強さが全く分からん。
親の為に何かをしてやりたいとか、
兄弟の為に何かをしてやりたいとか、
いわゆる「家族だから」という一言でまとまる感じが全く分からん。
実感が湧かん。
だけど、周瑜を通して見ると、「家族のように想って大切にする」という気持ちがものすごく分かる。伝わって来る。
心で家族になるというか。
周瑜の人生を見た時に、
凄まじい大軍で曹操が長江に攻め込んで来た時、
何が周瑜を支えていたかって、彼の実際の家族とかじゃ多分全然ないんですよ。
心の家族の方なんです。
孫家。
孫堅。孫策。
父と兄弟。
彼らに託されたと思ったから周瑜は最後まであんなに勇敢に戦えたんじゃないかと。
周瑜を見てると、
人間の心って本当に凄い。強い。と心底思う。
彼が少年時代、いかに素晴らしい人に出会ったか。
孫堅に会った時、どんなに覇気を感じて、すげ~~~~~~っ!!✨✨って思ったか。
なんか伝わってくるんですよ。
現代で言うと、小さい少年が無茶苦茶そのジャンルでは超一流の最高峰の、体も大きくて長身の、圧倒されるようなスポーツ選手に会ったみたいな衝撃だったのかもなあ😊
あれが俺の父親なんだぜ!! とか言って来る孫策に、最初はちょっとだけムカついて。孫堅さまは凄いけどお前は全然凄くない!! みたいに子供同士が張り合って、この~~~っ!!! って遣り合ってるのを堅パパが誰よりも面白がって、喜んで「もっとやれ」って笑ってくれて。
そのうちに同じ人を父親みたいに慕ってるんだなって分かって、
それが共感になって、
孫策と周瑜は兄弟のようになって。
片方が死んでも、
兄弟はずっと兄弟だから、
周瑜は最後まで居場所が変わらなかったんだと思う。
周瑜を最後まで支えた、孫堅の輝きは絶対、きっとスゴイ。
そんな逆説の理論で、
うちの堅パパは無茶苦茶いつもカッコいい人として書きます
周瑜の心を死の絶望からも守りぬいて、
ああいうすごい人生を歩ませたのは凄い。
しかも少年時代の一時の出会いで。
それくらい鮮やかな人だったのかなと。
無論 周瑜もやはりそういうことを「感じ取る」力が無茶苦茶強かったんだと思う。
感受性がな。
一途に夢を抱いたらそれを本当に叶えてしまうほど優秀な少年と、
無茶苦茶鮮やかな特別な輝きを持ったカッコいい大人が出会ってしまうと、
こういう奇跡が起こるのだ
私の尊敬するある人が、すんごい苦労して、何もかも背負って、人の為に仕事をしたけれど、最後の最後には責任を取らされてしまった人がいるんですが、
本当にね、自分の全てを犠牲にして、尽くしてくれた人なのです。
こっちが申し訳ないと思うほど、誠実に頑張ってくれた人。
それがすごく何とも残酷な辞めさせられ方をしてしまった。
その人が最後に言い残した言葉があるんですよ。
「最初から最後まで、とにかく楽しかった」
これ聞いた時本当に号泣しました。
この人は本当に仕事してる間、嫌な顔とか疲れた顔とか見せたことが一度も無くて、
本当にずっといつ見ても楽しそうだったんですよ。
その仕事が大好きなんですって。本人も何度も言ってたけど。
だから過酷な仕事だけど全然苦じゃないし、
苦労することだって楽しいと思えたんだそうな。
無念の辞め方をしたんだけど、本当にこの人最後の最後まで笑って、
楽しかったよ!! っていってくれたんですよね。
私が思うに周公瑾も絶対そうだったんだと思います。
本当に36歳、若く、過酷な人生だったはずだけど、
周瑜は孫堅と孫策に出会った時から
「最初から最後まで最高に楽しかった!」
と思っていたのではないかと。
私は周瑜ってそういう感じがしてるのです。
またそう思えるのも、周瑜というひとの豪胆さと強さですよね。
そんな周瑜が守り抜いた国、として呉を見た時に、
そんな呉を人生を掛けて守り抜いてくれた陸遜、と思うと
このあたりからまたひと号泣出来るおなじみの流れになりますので、
今日はここまでにしたいと思います😊
でも私は陸遜が天国行ったら、周瑜は「よくやったな」って言って、絶対誉めてくれると思うよ。
周瑜が誉めてくれるなら
別に仲謀なんかに褒めてもらわんでも私全然ええわ✨(結局その結論に行き着く)