この物語には、救いがありません。
最後まで読んで、胸のどこかが嫌な感じになったなら、たぶん正解です。
これは、誰か特別に悪い人の話ではありません。
主人公も、撮った人も、叩いた人も、
どこにでもいる「普通の人」です。
だからこそ、書きました。
SNSの炎上は、いつも“事件”として語られます。
悪いことをした人がいて、叩く人がいて、反省があって、
しばらくすると、次の話題に移っていく。
でもその裏で、
名前が検索に残り続ける人、
人生が静かに壊れていく人、
何もなかった顔で今日も働いている人がいます。
それはニュースになりません。
つまらないからです。
この作品では、
あえて「教訓」を書きませんでした。
あえて「反省させる展開」にもしませんでした。
あえて「救われるルート」を用意しませんでした。
理由は一つです。
現実が、そうだからです。
正しいことを言ったから助かるわけでも、
悪意がなかったから許されるわけでもない。
ただ、撮られて、拡散されて、消費される。
それだけで、人は簡単に壊れます。
この物語を読んで、
「胸糞悪い」「後味が悪い」「気分が落ちた」
そう感じたなら、それは失敗ではありません。
その感覚こそが、
この話が存在する理由です。
もし、明日。
スマホ越しに誰かの失敗を見かけたとき。
動画を開く前に、
一瞬だけこの話を思い出してもらえたら。
——それ以上の救いは、
この物語には必要ないと思っています。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。