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三日坊主の私が「一週間だけ頑張ろう」と書き始めた日記が、途中から誰かに読まれている気がして、最後にその理由だけ分かってしまう話 について

この物語は、「怖い出来事」を書きたくて始めた話ではありません。

むしろ書きたかったのは、誰にも見られず、誰にも返事をもらえないまま続いていく“独り言”が、どこまで現実を侵食できるのか、という一点でした。

日記は本来、安全なものです。

今日あったこと、感じたこと、どうでもいい愚痴。

誰にも読まれない前提だからこそ、正直で、無防備で、優しい。

だからこそ――それが最後に残った唯一の「声」だった場合、一気にホラーへと反転します。

前半の何気ない天気の話や自分を褒めてほしい独り言は、すべて「まだ世界と繋がっている証拠」でした。

しかし返事が返ってこない日常が続くにつれ、日記は記録ではなく、助けを求める行為へと変わっていきます。

そして最後に残るのは、事実ではなく「書き手が信じたかった現実」だけです。

事故物件になった理由は、決して派手な事件ではありません。

鍵を閉めなかったこと、気づかなかったこと、帰ってこなかったこと。

どれも「誰か一人が少しだけ違う行動をしていれば防げたかもしれない」程度のズレです。

この物語の怖さがそこにあるとしたら、それは幽霊ではなく、日常の隙間そのものなのだと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

もし読み返したとき、最初の数行が少しだけ違って見えたなら――

それが、この日記が残した“後味”です。

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