前世の俺は、小さい頃から金属製品が大好きだった。
特に刃物。
当然危ないから触らせてもらえなかったわけだが、それでも母親が料理する姿などを眺めては目を輝かせていた。
硬さ、輝き、加工法によって様々に姿を変えるところ。
金属は俺を魅了してやまなかった。
鍛冶の道に進みたいとも思ったが、平和な時代ではなり手が少ない。親からは反対され、友人・知人からも「危険思想の持ち主なんじゃ」と白い目で見られた。
結局叶わなかった夢が、転生後の今、ようやく叶った。
◇ ◇ ◇
「これが、夢にまで見た鍛冶場……!」
「仕事場に案内されただけで泣くなよ」
カイト少年のあきれ顔をよそに、俺は歓喜の涙を流した。
店の工房は広く、十人以上が作業できるスペースがあった。
量産と弟子の指導を考えるとそれくらいないと駄目なんだろう。
在りし日はここがいっぱいになっていたであろうことがありありと想像できる。
「泣きますよ。わたしが何年待ったと思ってるんですか」
「何年待ったんだよ」
「ざっと五十年くらいでしょうか」
エルフは寿命が長い分、一人前とみなされる年齢も高いのだ。
「ああ、今日からここで作業ができるんですね……!?」
嬉しすぎて絶頂しそうになっていると、少年がジト目で「やっぱ早まったなこれ」と呟く。
「お前、ほんとになんとかできるんだろうな?」
「え? ああ、はい、たぶん?」
「たぶん!?」
「だって、実際に携わるのは初めてですし」
正直、やってみないとわからないところはある。
「……こんなのに頼らないと品評会も乗り越えられないとか」
「こんなのとは失礼ですね。こんなに頼りになるお姉さんなのに」
胸の谷間を寄せつつ言うと「女をここに入れるだけで大問題なんだよっ!」と怒られた。
でも顔が真っ赤なのを隠せてないぞ少年。
「まあ、なんとかなるでしょう。わたしには魔法が、カイトさんには知識があります」
「知識、ねえ」
「実際にやったことがなくても、覚えているでしょう? ここで、みなさんがどんなことをしていたか」
尋ねると、少年は懐かしそうに目を細めながら「まあな」と答えた。
「だいたいのことならわかる。ずっと見てたからな」
「なら、とにかくやってみましょう。時間もありませんから」
少年と出会ってから三日目。
その日は朝から武器製作に挑戦となった。
◇ ◇ ◇
「流れはそんなに難しくねえよ。熱くした鉄をぶっ叩いて鍛えるんだ」
「鉄を熱するためにこの炉を使うんですよね?」
工房内には大きな炉が備わっている。
当然、それは今は冷え切っているわけだが。
「……カイトさん? 心なしかこの炉、汚れてませんか?」
「…………」
少年が目を逸らした。
俺は彼の正面に回り込んで、
「というか、工房内が全体的に荒れています。
まるで、なんとか作品を作ろうとしたけど失敗して、後始末までは手が回らなかったみたいな」
「ああ、そうだよ! 仕方ねえだろ、オレじゃ全然無理だったんだ!」
あ、キレた。
「えっと、とりあえず掃除から始めましょうか?」
「……そうだな」
午前中が掃除で潰れた。
酒場からテイクアウトしてきた食事を平らげてから気を取り直して。
「炉にはなんの燃料を使ってるんですか?」
「石炭。他の燃料はそう簡単に手が出ねえよ」
鉄と石炭は備蓄庫にまだいくらか残っていた。
カイト少年のお父さんもこんな形で工房を停止させるとは思っていなかったんだろう。
彼の無念に思いを馳せながら材料に視線を寄せて。
「さすが、いい鉄が揃っていますね」
「素人にわかるのかよ?」
「鍛冶は素人ですが、金属のことならそれなりに」
俺こと鍛冶師志望の美少女巨乳エルフ、メルフィは『金属』の属性を高く保有している。
なので、金属を操ることも、その性質を調べることもできる。
見ただけでもある程度は、触ればさらに詳細に、鉄の良し悪しがわかる。
「長年の経験による目利き、素晴らしいと思います」
「……俺にはお前みたいに鉄の良し悪しはわからねえ」
「これから覚えればいいんです。カイトさんはまだ若いんですから」
綺麗にした炉の中に石炭をたっぷり放り込んで、火の魔法で着火。
燃え始めたらそれを適度な勢いにコントロールしていく。
本来はふいごを使うわけだが、
「お前、火の魔法も使えるんだよな。そういうもんなのか?」
「ええ。属性とは『あるかないか』ではなく『どのくらいあるか』なんです」
もちろん、苦手な属性はまったく使えなかったりはするが。
「わたしの金属属性を仮に10とすると、火属性は3くらいですね」
「……これで3?」
「エルフは魔法の才能に優れていますので」
属性とは別に才能の多寡、注げる魔力の量、後は技術によっても結果は変わる。
前二つにおいてエルフは人間を遥かに凌駕している。
「なんか俺、エルフが憎らしくなってきたぞ」
「なんでですか!?」
熱すると鉄は柔らかくなる。
柔らかくなったところを叩く! 叩いて成型しては冷やして休ませる。
また熱して叩く! この繰り返しだ。
使い古されたハンマーをぎゅっと握り、力いっぱい振り下ろす俺。
カン! と、いい音が響いて、
「……いった」
手が痺れた。
「すごく力がいるんですね、これ」
「だからそう言ったじゃねえか!?」
「聞いてはいましたがこれほどとは……」
エルフは魔法に長けているが、腕力は人間よりも劣っている。
「そんな細い腕じゃそりゃ無理だろ」
「見た目よりお肉がついていて柔らかいですよ。触ってみますか?」
「工房で女子供みたいなこと言ってんじゃねえ!」
ここには女子供しかいないわけだが。
「仕方ありません。魔力を身体強化にも回しましょう」
「は? なんだそりゃ?」
「言葉通り、体内に魔力を循環させて身体機能自体を強化するんです」
補われた筋力によって、今度はしっかりと衝撃を吸収。
目を点にしたカイト少年は呆然と、
「それ、人間の魔法使いもできるのか……?」
「練習すればできるようにはなると思いますけど、魔法とは勝手が違うんですよねこれ」
エルフの弓が遠くまで飛ぶのは弓自体の性能や風魔法によるところも大きいが、その他に身体強化による筋力の上昇もある。
チートとか言うな。エルフって種族自体がチートなだけだ。
「後は根気の問題ですが──」
「自分からやりたいって言った奴がまさか簡単に投げ出さないよな?」
カイト少年も希望を持ち始めたのか、俺に訴えかけるような目をしてくる。
俺も、彼に笑って答えた。
「もちろん。わたしの根気はすごいですよ?」
その日、俺たちは日が暮れるまで鉄を打ち続けた。
炉の熱気で汗をだらだら流しながら。
そうして──刃物とはとても呼べないがらくたがいくつも出来上がった。
「駄目じゃねえか!」
カイト少年がキレた。
「そんなにすぐ上手く行ったらおかしいじゃないですか!」
こればかりは俺もしっかりと言い返す。
すると、少年は虚を突かれたような顔をして、バツが悪そうに目を逸らして、
「……また魔法でずるするんじゃないのかよ」
「いえ、まあ、それはそうなんですが」
それには少しばかり問題があってだな。
「カイトさんに見せたナイフはゆっくり時間をかけてナイフ自体を調整したものなんです」
「鍛冶は素人だもんな。……で?」
「ですので、打ちながら鉄の声を聞くのは勝手が違うわけで」
せっかくの鉄をがらくたに変えてしまった。
「でも、だんだんコツはわかってきました」
「……本当かよ?」
「はい。ですので次のは期待していてください」
そして翌日、新たながらくたがいくつも出来上がった。