思い出してはいけないものとして、心の奥に仕舞い込んでいた彼にとって重大な記憶。
「恋愛ごっこ」といえるが、、、。
三年目の合同誕生会は、一泊だけの小さな旅だった。
ふたりで外を歩き、手をつなぎ、人目を気にせず並んで歩いたのは、あれが初めてだった。
その夜、彼は考えた。
「もう三年だ。形はどうであれ、自分の気持ちは示すべきなんじゃないか」
歪な関係だった。
正しい未来を語れる立場でもなかった。
それでも、疑似的にでも、彼女に“気持ちを渡したい”と思った。
その日だけのプロポーズ。
誰にもそんなことをしたことがなかった。
ジュエリーショップの前で言った。
「なんちゃってプロポーズだけど記念に、何か買おう」
彼女は少し迷って、
「指輪より、ネックレスがいいな」と言った。
選んだのは、小さなルビーの馬蹄形。
高価ではなかったが、彼女らしい選択だった。
彼女は、お返しにと
ノースフェースの最新の黒のパーカーをプレゼントしてくれた。
そっれをすぐに着て肩を並べ一緒に歩いた。
そのあと、近くの居酒屋で誕生会をした。
初めて、ふたりで写真を撮った。
LINEアルバムには、冗談半分で「プロポーズ」と書いた。
その後、彼女の部屋を訪ねるたび、
よくそのネックレスをつけて迎えてくれていたから
まんざらでもなかったのかと思っていた。
それから一年後の同じ月日。
別れ話の最中、彼女はその写真を、ためらいなく削除した。
一瞬、言葉を失った。
けれど後になって、理解した。
消さなければならなかった事情が、きっとあったのだ。
そのあと、私の手元に残っていた彼女の痕跡も、すべて消してほしいと言われた。
あのネックレスを、彼女がもう身につけることはないだろう。
写真と同じように、静かに片づけられたのかもしれない。
疑似プロポーズだった。
本物ではなかった。
それでも、あの時の気持ちだけは、確かに本物だった。
一年前の同じ日に、すべてが終わった。
今では、ただそう思える。
楽しかった記憶は、消えない。
写真は消えても、体温のような感覚だけが、まだ残っている。
それで、十分なのだと思う