当たり前過ぎる話かもしれないが、名作は世の中に山ほどある。
多くの時間、多くの国、多くの出来事が起こり、その中で魂を揺さぶる作品が生まれていった。
自分が見てきたものだけでも、
大今良時「聲の形」
イーグルマン「あなたの知らない脳」
クンデラ「不滅」
池澤夏樹「スティル・ライフ」
サポルスキー「サルなりに思い出す事など」
シトーウィック「共感覚者の驚くべき日常」
フランクル「夜と霧」
小林泰三「酔歩する男」
……と挙げればキリがない。
とは言えこれらが自分の中で名作……つまり読む前後で認識を変えに来る作品だと判断したのは、
読んだタイミングや自分の感性によるところが大きいと思っている。
誰が読んでも名作という類のものではないし、当の自分だって時期によってはげんなりして手をつけないこともある。よく読めば指摘したい点だって見つかる。仲の良い友人が、常に自分とジャストフィットするかと言うとそういうわけでないのと同じだ。
でも、会いたくなってくるし、会ったら当時に戻る。そういう作品たちだ。
一般的に名作とされるイメージ……広く親しみを持たれ、かつ、その奥深さは大人もはっとさせられる作品を連想した時に、
ぱっと浮かんでくるのはミヒャエル・エンデの「モモ」だった。
設定に小難しい点はない。世間のことはからっきしだが人を惹きつける魅力を持った少女モモが、言葉巧みに人々から時間を奪う存在「時間泥棒」と相対する児童文学である。
が、柔らかい文章の中で、時間泥棒がやっていることがかなり徹底的なものだったり、
終盤で描かれる世界の描写が、壮大で幻想的だがはっきりと絵をイメージできたりと、
大人が読んでも唸る作品になっている。
子供向けと子供だましは異なるとよく言われる。
場合によっては大人よりも鋭く、かつ飽き性な(そして躊躇いなく表に出す!)子供の心を射止めるには、
相当の配慮や苦心が必要になるだろう。
それらを越えた名作のおかげで、子供たちは「情操」というものを得るのだろう。
誰がいつ読んでも(見ても)……という名作界の優等生は、モモに限らず児童文学にこそ眠っているのかもしれない。