※※ はじめに ※※
この小部屋を見つけてくださって、ありがとうございます。
こちらは、わたしがkou様の作品を読ませていただいたときの、感想などを綴っているお部屋です。
今回はこちらの作品です。
『水底からの再会』 kou 様
https://kakuyomu.jp/works/2912051600020874905※※ 以下、ネタバレを含みます ※※
⚫︎ 五十嵐先生! 三度登場 そして弥生ねえさまも!
50年前。人を救うために波に消えた夫・清さんのことを
自らの死が近づいている、その瞬間までも、夫を求めて名前を呼ぶ、老女・照さん。
…想像しただけで、胸が苦しくなります。
やはり、五十嵐先生が日々向き合う“病院”という場は、つらいものですね。
(心を麻痺させてしまうのもわかります涙)
海に消えた夫が、冷たい水の中にいることを照さんはずっと悲しんできたのでしょうね。
だからこその
「清さん……水が、冷たいでしょう……」
(本文より)
なのですよね。
そして
痩せた指は、何度も左手の薬指をなぞっている。そこには何もはめられていない。
(本文より)
夫を失ってから。
弥生さんの言う「彼女の時間は、あの日から止まったまま」で。
その夫との絆のしるしがあった指に
今までだって、何度となく触っては唇を寄せて
今は目の前にいない人を想う。
悲嘆の中で、心の中の清さんへ語りかけてきたのでしょうね…。
そして。
弥生さんは、病院ボランティアをされていたのですね。
それも、「心のケアを担う」ボランティアを。
医学で、科学で。もちろん治すのは事実ですが
『忘れ去られた呪文』での描写のように、「心の向き」が変わることで
現状は何一つ変わっていなくても、希望へと1㎜でも健康へ向かうように思えるのです。
ですが。
今回の照さんがいらっしゃる病室は「死が呼吸を整える場所」
医学も心の向きでも。どうしようもない場所にいる。
だからこそ。
弥生さんのこの言葉が胸に刺さりました。
「だからこそです、先生。私に、彼女を救わせて下さい」
「私は、彼女の心を救いたいだけなんです」
(本文より)
⚫︎ 清さんにしか届かない“鍵”
弥生さんが古神道を通して、病院の待合室にある大きな水槽を「水鏡」にしたシーンは圧巻でした。
清さんをその水鏡に映し出すため、照さんの指にずっとはめられ、今は外されている
その結婚指輪を水槽に放ちます。
それはまるで、向こう側への扉を前にして『清さんにしか届かない“鍵”』に、その指輪がなってくれるように感じました。
その“鍵”によって、水槽の向こうから、本来は見えないはずの
激しく波打つ夜の海と、オレンジ色の救命胴衣を着た若い男が立っていた。
「清……さん?」
(中略)
「照、待たせたね」
水鏡を透過して、清の声が聞こえた。それは耳ではなく、魂に直接響くような音だった。
(中略)
「清さん……お帰りなさい」
(本文より)
😭😭 涙腺決壊…。
「航は息を呑んだ。」から「彼女は眠るように目を閉じていた。」までを
もう何度、繰り返し読んだかわかりません。
弥生さんの祝詞が道を開いてくれたのは事実ですが
照さんをひとり置いていったことを、清さんだってきっと悲しんでいたでしょうし
清さんがひとり、冷たい海にいる事実に、照さんは心が裂けそうな思いをかかえてきたでしょうし。
そんなふたりの、“自分の痛みよりも相手の苦しみに寄り添う強い想い”が起こした
出来事だったように感じました。
そして、この日まで、医学で治療を続けてくれた五十嵐先生と
「彼女の心を救いたい」と五十嵐先生に談判してくれた弥生さん。
ふたりの“仁”の心がなければ、この邂逅がなかったのでしょうね。
⚫︎ “痛み”という核を包む層
“真珠”のことをもちろん、知っていました。
美しい宝石の一つなのも知っています。
最後のシーンで、水槽に沈められた照さんの指輪に真珠が埋め込まれていたところ。
古びた銀の指輪の中央には、昨日まではなかった美しい真珠が一つ、埋め込まれるように付着していた。それは真水では決して作られることのない、海の宝石だった。
(本文より)
こちらを読んで改めて 真珠について調べたのですが。
アコヤガイなどの貝から取れるものなのも知識としては知ってはいたのですが。
「貝の体内に異物や傷のような刺激が入り込み、それを真珠層が幾重にも包み込むことで真珠ができる」
ということを、全く知りませんでした。
真珠層の成分が、異物の周りに層を作って真珠ができるそうです。
つまり。
真珠があんなにも虹色で美しいのは
貝の体内に“傷”を受けたり、“異物が混入”したりして、
その傷や異物による“痛み”や“刺激”に耐えながら
何年も何年も、長い時間をかけて
貝が“傷や異物を包み込んで”いるからなんだそうです。
まるで清さんと照さんの、離れ離れになった“断絶という傷と異物”の混入が
お互いを想う日々の、その“痛み”が
何年も時間をかけて、お互いの愛がその痛みを包み込んで作り出したもの。
それが真珠なのだ、と感じ、ただただ流れる涙を抑えられません。
反対に考えるならば。
その“断絶”と“痛み”がなければ
照さんの指輪には美しい真珠は埋め込まれなかった。
そう考えると、断絶や痛みはつらいものだし、できれば人生において経験したくないけれど
それでも、その痛みを経験できたからこそ、人の痛みもわかるようになり
大きな愛を知ることもできるのかもしれない。
そんなことを教えてもらったような気持ちです。
⚫︎ おわりに
いやぁ…。泣きました。
胸に迫る、すごいお話でした。
2,000文字企画? え?嘘でしょう?
2時間の映画を鑑賞した後のような、魂を持って行かれました。
ちょっと放心状態です。
素晴らしいお話でした。
では、また『感想のお部屋』でお会いいたしましょう👋
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
kou様へ
5月11日から、毎朝の『雨の夜に、少女は魔女になる』の更新、本当にありがとうございます。
毎日、作品で朝のごあいさつをお聞きしているような
倉本恵理さんと佐京光希くんの行く末をどきどきしながら、読ませていただいております。
が。
まさか、朝の連載投稿があった日に
同じ日の夕方に、新作を読むことができるなんて。
読者としてはこんなに嬉しいことはありません。
執筆、本当にありがとうございます。
それにしても、すごいお話でした。
『水底からの再会』
こちらでも少し感想が続いてしまいますが
「照、待たせたね」
水鏡を透過して、清の声が聞こえた。それは耳ではなく、魂に直接響くような音だった。
やっぱりここが…。
だって、50年も直接声を聞いていなかったわけでしょう?(/ _ ; )
会えなくなった人を思うとき。
それは写真や、話した情景や、交わした言葉や。
そんなことを思い出したりするわけです。
そんな時は声だって思い出します。
でも。実際に“音で聞く”っていうのは、思い出の中のそれは違うと思うのです。
というのも。
昨年、わたしは、本当に久方ぶりにお会いできた方がおりまして。
もうなかなかお会いする機会もないだろうなと思っていた方だったので
偶然にお会いできた時は、とても嬉しかったのです。
少しお話をする中で、その方の声を聞いた瞬間、実感として、
「そうだ。この“声”だった。こういう“声”をしてたんだった…」
と、いろいろな思い出が、より鮮明に思い出されました。
その時、改めて“声”の威力の凄さを感じました。
声は、記憶の中にしまっていた情景を、一瞬で鮮やかに立ち上げてしまうものなのですね。
それと。
今回の、「清さん」と「照さん」のお名前にも感動しました。
以前の【感想のお部屋】で、自分の創作での名付けに示唆をいただいて
いろいろ悩んでみたものの、名前が決まらなくて、創作も進んでいないという現状。
そんな中での、清さんと照さん。
「月(清)」も「日(照)」も、傍にはいられなくても
水面という鏡を通して会えている。
そんな祈りを今回のおふたりの名付けに(勝手に)感じて、じーん、としておりました。
年齢を重ねてもお互いを想い合うお話に触れて
『ハロウィンゾンビの落とし物』での、金造さんと亜子さんのおふたりを思い出しました。こちらも素敵なお話でしたよね。
ともあれ。
大好きな五十嵐先生と弥生さんが登場しているにもかかわらず
心はすっかり清さんと照さんの大きな愛に
それこそ真珠のように、幾重にも包まれてしまったような、今回の感想でした。
また、明日の朝。
『雨の夜に、少女は魔女になる』で、倉本恵理さんと佐京光希くんにお会いできるのを楽しみにしています。
kouさんの執筆。本当に嬉しいです。
どうかどうか、お身体を大切になさって、これからも素晴らしい世界を読ませてくださいませ。
ありがとうございました。