第7話:墨の配当

代筆帳を得てから、私は塾内で不可解な役目を担うようになりました。

講義の板書を書き写す折、清書を任される折、必ず私の前に墨と紙が集まるのです。誰が決めたわけでもなく、自然と、そうなっておりました。


墨を磨るたび、奇妙な感覚が指先に残りました。

重さが均等ではないのです。硯の中の墨汁が、時折、粘りを増し、まるで何かが溶け込んでいるかのように感じられました。


ある夜、代筆帳の頁が、勝手に繰られました。

私の手は動いておりません。それでも帳面は開き、赤印の下に、新たな文字が浮かび上がります。


——「配当」


その文字を見た瞬間、胸の奥がざわつきました。

何かが、分け与えられる。そう直感したのでございます。


翌日から、塾では小さな幸運が頻発いたしました。

難解な問題が解ける、落とした筆が戻る、病で伏せっていた者が快復する。皆、理由の分からぬまま、運が向いてきたと口にします。


しかし、その一方で、同じ人数だけ、ひっそりと姿を消していきました。

病欠と記された名簿の空白。郷里に戻ったと噂される机。

その夜、私は夢の中で、硯を囲む人影を見ました。


顔は見えません。ただ、墨を注ぎ合い、杯のように分けているのです。墨は黒ではなく、濁った赤でございました。


目覚めると、指先が赤黒く染まっております。

洗っても、洗っても、色は落ちません。

代筆帳には、新たな一文が増えておりました。


——「墨は均等に配られねばならぬ多く得る者の裏に、必ず欠く者あり」


私は震えながら、硯を伏せました。

学びとは、積み重ねるものだと信じておりました。しかし、この塾で積まれているのは、知ではない。


人の名と時を磨り潰し、配り合う——

その中心に、私が据えられていることを、もはや疑う余地はございませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜学寮怪筆始末 鰐淵 荒鷹(わにぶち あらたか) @KON0606

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画