音楽とともに駆け抜ける、喪失の先の景色とはいったいどんなものだろうか。
- ★★★ Excellent!!!
カセットテープから広がる情景は、まるで一本のロードムービーのように美しく、五感を刺激する描写が鮮烈に心に残ります。エンジンの振動、潮風の匂い、磁気テープの手触り、そして心地よい音楽。それらすべてが、読者をフィガロの後部座席へと誘い出してくれるようです。
「思い出は壊れても、何度でも巻き直せる」というテーマは、喪失を経験した人の心にそっと寄り添う力を持っています。特に、テープが切れた後に「空のテープ」へ現在の音を吹き込む場面は、過去を再生する旅が、新しい日々を録音する旅へと昇華される象徴的な瞬間であり、深い余韻を残しました。
本作は、単なる喪失の記録ではなく“記憶とともに生きていく物語”として、切なくも前向きな光を放っています。カセットテープというモチーフを「上書きはできないが、修復できる記憶」として描いた点も見事で、読後に温かな希望が灯る素晴らしい作品でした。