第11話エピローグⅢ「罪と約束」
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### エピローグⅢ「罪と約束」
紅茶の香りが、二人の間の穏やかな時間を満たしていた。
5年という月日が嘘のように、二人の心は通じ合っているように思えた。蓮が、自分の5年間を支えてくれたのが彼女の存在だったと伝えると、彼女は嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに微笑んだ。
そして、彼女は意を決したように、カップを置いた。
「蓮くん。今日、あなたに会えたら、絶対に話さなきゃいけないことがあるの」
その真剣な眼差しに、蓮は息をのむ。
「あの夜のこと…あなたが、私を助けてくれた夜のこと。全部、嘘なの」
「…嘘?」
「あの家は、私の父親の家じゃない。私は、DVなんて受けてない」
彼女は、テーブルの上で自分の指を固く組み合わせた。
「あの家は、**佐藤健司さん**…私が、一方的に好きだった人の家。私は、**彼の家に、ストーカーを繰り返していたの**」
蓮の頭が、真っ白になった。
ストーカー…? 目の前にいる、このか弱い彼女が?
「何度も手紙を出して、待ち伏せして…でも、全部無視されて。あの夜も、インターホンを鳴らしたけど出てきてくれなくて、絶望して、家の前で泣いてた。あなたが石を投げ込んでくれたおかげで、彼は驚いて家から出てきた。一瞬でも会えたことが、嬉しかった…」
蓮の身体から、血の気が引いていく。
じゃあ、俺がやったことは何だったんだ?
DV被害者を救った正義のヒーロー? 違う。ただの、ストーカーの片棒を担いだ共犯者じゃないか。
「交差点で死のうとしたのも…ストーカー行為が警察に知られて、接近禁止命令が出されたから。もう彼に会えない、私の人生は終わったって、そう思ったの」
彼女は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、すべてを告白した。
それは、蓮が5年間信じてきた物語を、根底から破壊するのに十分すぎる事実だった。
俺の5年間は、何だったんだ?
犯罪者の身勝手な涙に同情し、勝手に恋をして、その幻想を追いかけていただけなのか?
長い、長い沈黙が部屋を支配する。
蓮は、何も言えなかった。言いたくなかった。目の前にいる女が、自分が愛した彼女だとは、到底思えなかった。
裏切られた。
その一言が、喉まで出かかった。
だが、その時。
蓮の脳裏に浮かんだのは、理不尽な現実ではなかった。
どうしようもなく泣いていた、あの夜の彼女の顔。
「死なせてくれないの」と叫んだ、交差点での彼女の絶望。
そして、「待ってる」と、未来を託してくれた彼女の笑顔。
それらは、すべて本物だった。
蓮が好きになったのは、「可哀想なDV被害者」という偶像じゃない。
弱くて、身勝手で、間違いを犯して、それでも必死に誰かを求めて泣いていた、目の前の、この一人の人間そのものだった。
蓮は、ゆっくりと顔を上げた。
その目には、怒りも、失望もなかった。ただ、深い海の底のような、静かな色が広がっていた。
「…そうか」
蓮は、呟いた。
「それが、お前なんだな」
彼女は、びくりと肩を震わせる。許されないと思っていた。軽蔑されると覚悟していた。
「俺が好きになったのは、かわいそうな被害者様じゃねえよ」
蓮は、静かに続けた。
「あの夜、家の前で泣いてたお前だ。交差点で死にそうになってたお前だ。その理由がストーカーだろうが何だろうが、今さら関係ねえ」
蓮は席を立ち、泣きじゃくる彼女の前に膝をつくと、その震える手を両手で包み込んだ。
「俺の5年間は、お前がいたからだ。お前がストーカーだったとしても、その事実は変わらねえ。俺は、お前に会うために、ここまで来た」
**彼女がずっと佐藤健司宅へストーカーを繰り返していたことを、すべて受け入れた蓮**は、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。
「罪なら、二人で背負えばいい。俺も、共犯者みたいなもんだからな」
そう言って、彼は初めて、悪戯っぽく笑った。
彼女は、もう声を出すこともできず、ただ蓮の手にすがりついて泣き続けた。それは、絶望の涙ではなかった。
自分の罪も、弱さも、醜さも、すべてを包み込んでくれる絶対的な愛に触れた、再生の涙だった。
外は、いつの間にか夕暮れに染まっていた。
二人の本当の物語は、すべての嘘が終わったこの場所から、始まろうとしていた。
罪を分け合い、未来を共に歩む。それが、石ころが導いた、二人の「約束」の本当の意味だった。
『石コロひとつの正義』 志乃原七海 @09093495732p
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