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### **エピソード:『記録23:58』**
防犯カメラの記録が開始されるのは、いつも午後11時58分。
緑がかった闇の向こうから、女は影を引きずるように現れる。季節が夏から秋へ、そして冬へと移ろい、吐く息が白くなっても、その事務服とチェックのベストだけは変わることがない。まるで、時間が彼女の上だけ止まってしまったかのようだ。
カツ、カツ、とヒールの音が止まる。
定位置。
割れた窓ガラスを隠すように固く閉ざされた雨戸の前。
女はすう、と息を吸い込むと、ためらいなく右腕を振り上げた。
ドン、と鈍い音が夜の静寂を殴りつける。
ドン、ドン、ドン。
乾いた拳が、薄い金属の板を叩く音。それは祈りのようでもあり、呪いのようでもあった。
半年前、この窓はまだガラスのままだった。そして、この雨戸は開いていた。
あの日、女の叫び声と共にガラスが砕け散るまでは。男が内側から鍵をかけ、この雨戸を永遠に閉ざすまでは。
今では、叩き続けられた雨戸の塗装は剥げ、彼女の拳が当たる場所だけが鈍い銀色に光っている。女の拳も、とうに皮膚が裂け、血が滲み、そして今は硬いタコとなってしまったのだろう。それでも、彼女は叩くことをやめない。
ドン、ドン、ドン。
雨戸の向こう側、漆黒の部屋の奥で、男はこの音を聞いているのだろうか。
耳を塞ぎ、テレビの音量を上げ、過ぎ去る嵐のように耐えているのか。それとも、この単調なリズムは、彼の生活にとって当たり前の騒音になってしまったのか。もはや、恐怖すら感じないのかもしれない。
タイムスタンプの数字が0時を回り、日付が変わる。
不意に、音が止んだ。
女は振り上げていた腕をだらりと下ろす。何かを確かめるように、じっと雨戸を見つめた後、ゆっくりと踵を返した。
街灯の光が、その横顔を一瞬だけ白く照らす。
表情はない。
ただ、明日もまたここに来るためだけの、空っぽの顔だった。
闇に消えていくヒールの音を聞きながら、防犯カメラの小さな赤いランプだけが、変わらぬ夜を静かに見守っていた。
