第3話「予期せぬ訪問者、カミルスの天幕を訪れる」

 包囲された側の都市というのは厳しい状態に置かれるものなのだが、ファレリイではそのようなことは起こらなかった。都市参事会が、ローマ軍の侵攻を予期しての食料備蓄を各家庭に通達していたために、住民が飢餓きがに苦しめられることがなかったのである。


「ほっほ。それでは諸君。水筒は持ったかな?」


「「「はい! 持ちました!」」」


 さて、そんな状況のファレリイ市内には富裕層の子弟らが通う学校があった。その日、その学校に通う幼い数名の男児が老いた教師の引率で市門――ローマ軍の陣営が築かれつつあった丘からは見えない方角の門から出ていった。体力を付ける目的で行われる課外活動の一環で、子どもたちは市外に連れ出されたのである。


 ファレリイの民はその光景を微笑ましく見守っていた。毎週、決まった時間帯にその教師は子どもたちを引率していたので、今日もその一環として課外活動をするのだろうと、怪しむ様子もなかった。


 まさか、その教師が恥ずべき所行に及ぼうとしていたとも知らずに。



 ところかわって、ファレリイを見晴るかす位置にある丘の上。


 そこには、ローマ軍の陣営が完璧に形作られていた。柵と深いほりが隈なく配置された陣営は、敵が攻め寄せてきてもびくともしないだろうと思われた。


 しかし一方で、ローマ兵たちの不満は募るばかりであった。


「どうしてウェイイを攻めた時みたいに、坑道を掘って都市を落とさないんだ?」


「カミルス将軍には、力押しで都市を攻め落とすつもりがないみたいだぜ。なんでも、無用な犠牲を出したくないから、だと」


「嘘くせえな。ほんとは死ぬのが怖いんじゃないか?」


「それか、俺たちに戦利品を与えないための嫌がらせか」


 このような愚痴が、陣営内でひっきりなしに聞かれるようになっていた。そのつどカミルスは護衛リクトルに命じて、その者を厳しく処罰したが、それでも彼らの愚痴は止むことなく続いている。


 カミルスは心中で呟いた。


(無用な死者を出してはならぬ。それを神々はお望みになっているはずだ)


 カミルスは勇猛な武人だが、ひたすらに血を求めて戦う男ではなかった。


 彼は心の底から戦争を憎んでいた。だが、指揮官である以上、戦場では勇敢に戦い、祖国に刃を向ける敵を撃退しなければならないことも理解していた。


 しかしそれでも……それでも可能な範囲で戦争の犠牲になる人々を減らすべく、あがき続けた。ウェイイを攻め落とした際に命じた「非武装民への攻撃禁止」が、その際たるものであった。


 偽善かもしれない。甘い考えかもしれない。


 けれども、カミルスは自らの考えを捨てるつもりはなかった。どれほどの非難が自分に向けられようとも、彼は己の高邁こうまいな思想を捨てようとはしないだろうし、捨てるぐらいならばいっそ自死を選ぶだろう。


(父上……)


 カミルスの脳裏に今は亡き父の言葉が思い出された。


『息子よ。私の言うことをよく聞きなさい。


 人の上に立つ、ということは、多くの人の生殺与奪の権利を握る立場になる、ということだ。 自分の指示ひとつで誰かの命を奪えるし、逆に救うことだってできる。


 お前は私に、祖国を守るべく政界に進出したい、と言った。 その思いを私は否定しない。それがお前の意思ならば、私は喜んでそれを応援しよう。


 だが、いいか。仮にお前が祖国のために戦う男になったとしよう。

 

 そうなれば、お前には軍の指揮が任されよう。お前は敵を打ち破り、捕らえるだろう。 そうなった時、お前はどうするつもりだ? 敵に慈悲をかけられるか?

 

 敵に慈悲をかければ、お前はきっと人々の非難を浴びるだろう。

 

 それでもお前は、敵に慈悲をかけるのをやめないと誓えるか?』


 カミルスの父はローマの神官であり、神々の教えに従って生きてきた。その影響からか、彼は息子であるカミルスにも事あるごとに説いてきたものだった。


「天上から我々を見晴るかす神々は、か弱き者に武器を向けることをお喜びにならぬ」と。


(父上。私はやめるつもりはありません。たとえ、どれほどの非難が私を襲うことになろうとも)


 天国エリュシオンにいる父の魂に、カミルスが改めて誓った直後、彼のいる天幕の幕が開けられ、護衛リクトルが入ってきて、告げたのだった。


「閣下。数名の子どもを引き連れた老人が閣下との面会を求めております。どうなさいますか?」

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2026年1月12日 20:30
2026年1月14日 20:30
2026年1月16日 20:30

カミルス~仁義の人~ 荒川馳夫(あらかわ はせお) @arakawa_haseo111

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