何も起きなかった?――本当に未知ではなかったと、誰にも断言はできない。

日常の中でふと芽生える「もしかしたら」を、そっと掬い上げるような短編である。道に足を踏み入れる前の高鳴りと、何事もなく終わってしまったあとの静けさ。その移ろいが、淡い手触りで描かれている。特別ではなかった現実に、胸の奥で小さく息を吐く者もいるだろう。けれど物語は、書かれた行だけで完結するものではない。あの道は本当に、ただの道だったのか。通り過ぎた一瞬、世界がわずかにずれてはいなかったのか。確かな自我を持てない以上、その答えを知る者は、きっと誰もいない。