代償は「今この時」、地図に載らない店で。

「地図に載らない店」に入った者は、何かを失い、何かを得る。
その代償が何であるかを、本人は決して知ることができません。
なぜなら、失ったという記憶そのものが、世界から消えてしまうから。

本作の主人公は、言葉のズレを修正する「校正者」。
そんな彼が、親友の「何かおかしい」という言葉をきっかけに、自分の人生に空いた巨大な穴に直面します。

物語の白眉は、店から持ち帰った「一冊のノート」の存在です。
そこに綴られていたのは、見覚えのない自分自身の筆跡。

「失ったことに気づけない」という絶望。
「もし、次に失うものが『書く』という行為そのものだったら」

最後に残されたその予感は、言葉を紡ぐすべての人にとって、どんなホラーよりも冷たく、鋭く突き刺さるはずです。

「未知」というお題を、これほどまでに哲学的で不穏な「既知の忘却」として描き出した、一級の現代怪談です。