第3話 二重密室の謎とトリックの解明

 三日経ってもナカジマ先生のマジックは解けなかった。


 僕はたしかに中から鍵を掛けた。先生が合議室に入ってこられるはずはない。ましてやコハルが手に持っていた卵の中から鍵が現れるなんて。とても人間業とは思えない。合議室の密室と卵の密室。堅牢な二つの密室が僕を閉じこめていた。


 昼ご飯の時間になっても、頭の中はあのマジックでいっぱいだった。


 シスターのイトウ先生が音頭を取る。


「皆さん、今日もご飯を美味しくいただけること、神様に感謝しましょう。せーの!」


「「「いただきます!」」」


 食事の際は、5歳頃から19歳頃まで、様々な年齢層の子供たちが一堂に会する。


 僕の隣にいるのはいつもコハル。今日の昼食はお肉とスープだった。いつも温かくて、すごく美味しい。特にスープに入っているフカヒレが絶品だ。彼女もほっぺたを押さえながら幸せそうに食べているのが愛おしい。


 食事が終わってからも、僕は席を離れずじっとしていた。


 マジックのタネはいったい何だったのか。一度考え始めてしまった以上、解明しなければ気が済まない。


 どちらかというと卵の密室のほうが解きやすいような気がする。現象としてあまりにもありえないから、タネの選択肢が少なそうに思える。


 もし卵の中に最初から鍵が入っていたのだとしたら、卵の殻が形成される前に——ニワトリの腹の中で——鍵を入れたことになる。さすがにそんなわけない。


 でも、鍵が卵の中から出てきたのは間違いない。先生が手の陰からこっそり落とした、とかではなかった。


 卵が一回割られたもの、ということもないはずだ。継ぎ目はどこにも見当たらなかったから。


 絶対不可能だ。何度考えても行き詰まってしまう。


 じゃあ合議室の密室のほうを考えてみよう。


 合議室に窓はなく、出入りできるのは入口扉しかない。扉に隙間などはなく、針金や糸を用いてつまみを回すことは不可能。合鍵もない。


 室外から室内に移動する手段なんて存在しない。何も分からない。


「ホリキタく~ん。お皿洗い手伝ってくれませんか~?」


 ナカジマ先生に突然呼ばれ、僕の思考は途切れた。「分かりました」と答え、厨房へと向かう。


 みんなの皿がシンクにうずたかく積まれていた。僕は手近にあったスポンジと洗剤で次々と片づけていく。頭を働かせなくていいので、結局あのタネを考える羽目になる。


 ボーッと自分の手の動きを眺めているうちに、天啓が降ってきた。


 ——そうか。そういうことだったんだ。




 見たところ卵には継ぎ目がないように見えていた。でも、一ヶ所だけ穴を隠せる場所がある。だ。あそこなら一回穴を開けてヒビが入っていても気づかれない。


 でもだからといって、卵より少し小さい程度の鍵が入るかというと怪しい。そもそも本物の鍵が卵の中にあったら合議室の密室が解決しないので、卵から出てきたのは偽の鍵であると考えたほうが自然だ。


 ここで考えるべきは、先生が卵をボウルに落としたときに「ベチャッ」という音がしたことだ。本当に固い樹脂製の鍵が金属製のボウルに落ちたなら、もっと固いもの同士がぶつかる音がしないとおかしい。


 僕は皿洗いをしながら気がついた。


 あれはだったんだ。まず、吸水前の小さなスポンジをシールの部分から挿入する。するとスポンジは徐々に生卵を吸収して大きくなる。こうすれば卵の中で鍵に似たスポンジが形成される。


 でも、ボウルから取り出したあと、先生は僕に本物の鍵を手渡した。


 つまり、ハンカチの中で本物の鍵とスポンジの鍵がすり替えられた可能性が高い。先生は鍵を一回ハンカチに包みこんでいたから、そこがすり替え可能な唯一のタイミングだ。


 これで合議室の密室も同時に解決する。卵の中の鍵は偽物なのだから、先生は本物の鍵を持っていたことになる。普通に鍵を開けて入ればいい。でもそのことがバレたくなかったから、僕らに目と耳を塞がせたんだ。


 分かってみたら何ということもないトリックだった。


 皿洗いを終えて会堂に戻ると、コハルが他の子どもたちと楽しそうに話しているのが見えた。その瞳はキラキラと輝いていて、夢に満ち溢れている。


 ——タネ明かしなんて野暮だな。


 僕は見抜いたトリックを心の奥底にしまっておくことにした。


(了)

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卵の中から現れた密室の鍵 天野 純一 @kouyadoufu999

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