第2話 児童養護施設『マグパイ』
僕が暮らしているのは、山奥にある児童養護施設『マグパイ』。英語で「かささぎ」という意味らしい。ここでは家族を失った子供たちがマザーやシスターから衣食住を与えられて生活している。
僕は今16歳。父と母が練炭で心中して居場所を失い、ここに流れ着いた。
コハルも幼い頃に両親から捨てられたという。彼女は自分が何歳なのかさえ分かっていない。名前がコハルだということしか覚えておらず、苗字すら分からないという。
そんな彼女だったが、一週間もすればここでの生活に慣れきっていた。目が見えないというハンデはあるものの、温厚な性格でみんなから好かれている。
でも一番懐いてくれているのは僕だ。森で出会って以来、ずっと信頼を寄せてくれている。
また、マザーのナカジマ先生も僕らにとって大きな存在だった。困ったときはいつでも相談に乗ってくれる。彼女は『マグパイ』でも重要なポストについているらしい。
ある日、朝礼が終わったあと、ナカジマ先生が僕とコハルの元へやってきた。
「ホリキタ君とコハルちゃんに見せたいものがあるんです」
「見せたいもの?」
僕が首を傾げると、ナカジマ先生はポケットから一つの卵を取り出した。
ニワトリの卵だ。全体に赤茶色で、底には賞味期限が書かれたシールが貼ってある。
「コハルちゃんにはこの卵を持っていてほしいのです」
「わかりました」
コハルは大事そうに卵を両手で包みこんだ。すると「ついてきてください」とナカジマ先生が背を向けて歩き始めた。案内されたのは合議室だった。
入口扉の手前でナカジマ先生がこちらに向き直る。
「この部屋には鍵が一つしかない。そのことは知っていますね?」
僕は首肯する。ここ『マグパイ』の鍵はどれも一つしかない。しかも合鍵を作れないような特殊な構造になっているらしい。たしかこの部屋の鍵は真っ黒で固い樹脂製のものだったはずだ。
「それがどうかしたんですか?」
僕がいまひとつ要領を掴めないまま尋ねると、ナカジマ先生は微笑んだ。
「二人にはこの合議室に入って待っていてほしいのです。ただし〝ルール〟が三つあります。一つ目、ドアノブのつまみを捻って中から鍵を掛けること。二つ目、目を閉じて耳を塞いでおくこと。三つ目、コハルちゃんは卵をずっと握っておくこと。いいですね?」
コハルが小さく頷いたので、僕も「分かりました」と答える。
二人で合議室に入室した。ドアのつまみを回して鍵を掛ける。
僕は耳を塞いでから、ちらっとコハルのほうに視線を向ける。彼女は卵を包んだまま両手を頭の上に持っていき、二の腕で両耳を塞いでいた。律儀にも目まで閉じている。盲目だから目を開けていようが閉じていようが関係ないはずなのだが。
彼女がちゃんと指示された〝ルール〟を守っているのを確認し、僕も目を閉じる。
「できました~」
僕は叫んだ。ナカジマ先生がドアのすぐ向こうにいるのなら、今の声量で十分聞こえたはずだ。
じっとそのまま待ち続ける。
そういえば「いつやめればいいのか」を聞きそびれていた。耳を塞いでたら「もうやめていいよ」とか言われても気づけないじゃないか。
不安がだんだん膨らんできたところで、肩をトントン叩かれるのを感じた。誰かに腕を掴まれ、ゆっくりと耳から外される。
そこにはナカジマ先生がいた。左手に金属のボウルを持っている。
「二人とも、お待たせしました」
彼女はボウルを近くの机の上に置いてから、コハルに向かって手のひらを差し出した。
「その卵を貸していただいてもいいですか?」
コハルが先生に卵を手渡すと、先生はその卵を机に叩きつけた。何度かぶつけてから、ボウルの真上で卵を真っ二つに分ける。
ベチャッ。
黄身と白身がボウルに落ちるとともに、歪な形状の真っ黒な物体が卵の中から現れた。
こ、これは……!?
黄身と白身でベチャベチャになっていてよく分からないが、形状からして鍵のように見える。先生は懐からハンカチを取り出し、それを包みこんで拭った。
先生はハンカチで拭う動作を終えると、僕に手渡してきた。
自分の手に乗っかっている物体はたしかに合議室の鍵だった。大きさは卵より少し小さい程度。どうやってこんな鍵を……。
コハルにも持たせてあげる。彼女は手の感触に集中するように指を動かす。
しきりに感触を確かめてからポツリと呟いた。
「……鍵だ」
「それが卵の中から出てきたよ」
僕が教えてあげると「え、そうなの」と驚いた表情を見せた。
二人の反応を見て、ナカジマ先生は満足そうだった。
「私からタネ明かしをするのはご法度です。どうやったのか知りたかったら自分の頭で考えてみましょう」
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