01. 顔合わせ

第2話 遭遇

 異形の「神」が現れたのは、黄昏時の市街地だった。


 長屋がひしめき合うようにして肩を並べた一角に、人の形をしたモノが立っていた。顔に当たる部分は墨を落としたように真っ黒。細長く伸びた四肢は人間の関節ではあり得ない方向にひしげ、捻じ曲がっている。


「全隊、後方に下がれ! 二列陣形で結界を張れ!」


 黒い洋装に身を包み、腰の刀に手を当てた男たちが異形神を遠巻きに睨みつける中、指揮官と思しき一人が鋭く指示を飛ばした。


「和泉、お前も——」


 隊長の怒号は和泉朔いずみさくの耳には届いていなかった。


 他の隊員たちと同じ隊服を着用しているはずが、ジャケットの前は開き、首回りも緩く引き伸ばされている。一際長い黒髪を一つに括り、ブーツの底をかつかつとリズムを取るように打ち鳴らす。


 視界の隅。

 瓦礫の陰から小さな手が震えているのが目に入った瞬間。


 和泉の足が地を蹴った。


 細身の身体が戦闘準備中の隊列を正面から破り、最前線に立つ隊長の横をすり抜ける。


「——おい和泉ッ! 戻れ! 勝手に動くな!」


 異形神がゆっくりとこちらへと首を向ける。ゴキリと骨が軋むような音がして首が折れ、眼のあるはずの場所が正確に和泉を捉えた。長い腕がその頭部を狙って高く振り被される。


「はいはい、そこ通りまーす」


 その異様な姿を意にも介さず、和泉は逃げ遅れた子どもの眼前まで踊り出る。そのまま、胴を抱きかかえるようにして地面の上を転がった。


 影の腕が地面を抉り、舗装された石畳が粉塵に代わる。


「何やってんだお前は! まだ交戦許可は——」


 隊長の叱責が遠くで響くが、和泉は全くといって聞いてはいない。

 一拍遅れて恐怖に震え、泣き叫びだした少年の顔を覗き込むようにして和泉は笑う。


「大丈夫、大丈夫。ほら、もうちょい我慢な」


 そう言って、子どもを抱きかかえたまま、異形神が繰り出す攻撃の中を人間離れした反射と速さで躱してゆく。呆然とこちらを眺めたままの同僚の腕に少年を滑り込ませると、和泉はようやく異形神へと向き直った。


 すらり、と刀身が鞘から抜かれる。


 縦に握った鞘から鈍く銀に光る剣先が引き抜かれ、刀を握った腕の下から現れた表情は冷たく澄み切っていた。


 キィ――————ン!


 刃が閃く。


 硬く高い音が響き、次の瞬間には黒い影をまき散らしながら崩れ落ちる異形の神の姿があった。既に原形を留めてはいないが、首には横一文字に深々と斬撃の跡が見える。


 和泉の右手に握られた刀が一振りされ、雪の上に赤い跡を飛び散らせる。


 そのまま刀をひょいと肩に乗せながら味方の方へと歩みを進めながら、和泉朔は全くもって悪いとも思っていなさそうな表情で口にした。


「すんません、倒しました」

「……は?」


 隊長の顔がぐにゃりと歪む。


「お、お前ッ、許可も出してねえのに勝手に神殺したのか⁉」

「あー、はい。いや、あいつ子ども狙ってたし、今なら倒せるなって思って」


 隊長はわなわなと拳を握り締めてから、その日一番の剣幕で大声を上げた。


「和泉! お前、このっ、馬鹿野郎‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

櫻守神記 春乃ヨイ @suzu_yoshimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画