影踏みとフォークダンス

穏やかな日差しの中、心地よい風が吹いていた。

近所の喧騒を背に、私はいつもの見慣れた通学路を歩いていた。

周囲には人影もなく、快適に歩ける。

私はこの時間が好きだった。

だが、その時間もすぐ終わりを告げる。

あいつだ。

まぁ、よくある幼馴染というやつだ。

ついでにクラスメイトでもある。

私の視線の先に、ほかの男二人と歩くあいつを見つけた。

なんだか困っているようだ。

他の男二人がにたにた笑いながらあいつに迫っていた。

…また、何か押し付けられそうになってるな。

あいつは気が弱く、押しに弱いせいでいろんなことを押し付けられる。

そんな姿に情けなさを感じたりもする。

まぁ、優しいところもあるんだけどな…。

ふたりがあいつから離れるようだ。

その顔は笑顔でいた。どうやら面倒ごとの押し付けは成功したらしい。

あいつの顔は見えないが、どういう心境なんだろうか。

いつものことと割り切っているのか、はたまた自身の気弱さを憂いているのか。

なんとなく足が重くなった気がした。



この時期は毎年、学校祭がある。

クラスの出し物を決めて、学校祭の期間中一般に公開するものだ。

一般公開の時間が終わると、その後は体育館にて後夜祭が行われる。

あたしのクラスはというと今年の出店はチャリティバザーに決まった。

売り上げを慈善団体へ寄付するというものだ。

となると、販売するための商品が必要になる。

うちのクラスでは今、それについて話し合い中だ。

あいつは運悪くクラスの出し物の実行委員を拝命してしまったため、前に出ている。

ちなみにうちのクラスの担任は放任主義のため基本的には口を出してこない。

当日の現金などの管理は担任の方でするとのことだが、基本は生徒たちで決めるようにとのこと。

案の定というか生徒のみの話し合いということもあり、前回の話し合いも議論が進まず苦労した。

前回の話し合いでは、クラスのみんなで不用品を持ち寄ってそれを商品にしようということでまとまったが、ここで1つ問題が起きた。

あまり言いたくはないが、集まったものがあまり売れるものではなさそうだ。

そもそも数が足りない。

一応、クラス全員が不用品を持ってきたのだが、大体の人が1つしか持ってこないってどういうことだ。

私はいらなくなった服とか小物とか、多めに持ってきたのに。

ボールペン1本ってなんだよ。

教壇で会議の進行役をしているあいつは、明らかに困った顔をしていた。

その顔を察してか、クラスの一部が笑っているような気がする。

あいつもさすがにこれでは成り立たないと思ったようで、もう少し持ってこれないかとクラスに問いかけたが、反応が芳しくなく「これしかありません」と言われて、何も言えなくなった。

地元の商店街から何かもらえるのでは、という声があり、他に案がないため協力して商店街の人々に声をかけるということで話は終わった。



それから数日が経過し、交渉の結果を確認することとなった。

何班かに分かれて交渉するという方針で、ここ数日商店街の人々に当たってもらっていた。

が、蓋を開けてみれば、許可が取れたのは私のグループが訪問したお店の1件となった。

訪問する件数はあったのでもう少しはあると思っていたが、まさか1件とは。

商品数は増えたが、もう少し欲しいかなとは思う。

いったんこの件は持ち帰ることとなった。

結局、あいつは1人でまだ訪れていない商店街のお店を回ることにしたようだ。

1回割り振った以上、クラスのみんなに追加で訪問するようなことは言いづらかったんだろう。

放課後、校門であいつとばったり会った際に商店街に向かうというので、私はなんとなくほっとけなくてついていった。

あいつの方でリストアップしたお店を順に回っていく。

今のところ、成果はない。

丁寧に断るお店もあったが、そっけない態度をとる人もいた。

そのたびに、あいつは頭を下げ、次のお店を回るということを繰り返した。

そして、リストに挙げた最後のお店で許可をもらえることになり、一安心した

そんな中、妙なことがあった。

その店主が、その場で他のお店にも口利きをしてくれたのだ。

紹介されたのは、クラスの他の班が一度断られたはずの店だった。

また駄目だろうと思いきや、あっさりと了承してくれた。

1度断ったのになぜ、と思いつつ、それを確認するのも今の流れでは憚られる状況だ。

そのことはあいつも思っていたようで、二人して顔を見合わせた。

結局のところ、その場で2店舗から販売用の商品をいただけた。

加えて、2店舗合わせて段ボール1箱分のものがもらえたので、販売するには十分だろう。

店主2人にお礼を伝え、あたしはあいつのカバンを持ち、あいつは額に汗を浮かべながら段ボールを抱え、私たちは帰路についた。



翌朝。

いつもの通学路を歩いていると、クラスの男子が前を歩いていた。

前の話し合いの際にあいつが困ったときににたにた笑っていたグループだ。

そいつらの会話が聞こえてくる。

この前の会議でのあいつの反応についてだった。

面白かっただの、また困らせようぜ、など。

とにかく聞いてて不快な内容だった。

さらには、お店へ訪問も「やった」とは言っていたが、実は最初に1件だけ訪問していてそれ以外はしていなかった。

すべてではないが、他の班も同じような感じだという。

まぁ、こんなものだとは思う。

クラス全員が学校祭に対して前向きに行動するわけではない。

それでも、実行委員の手前あいつは何もしないわけにはいかないわけだ。

おかげで、あいつは昨日何件も歩き回り、そっけない態度で返されたりした。

昨日は何件も断られた挙句、何とか最後の1件で許可してくれるお店を見つけたが

運が悪かったら今日だってまた一から回る必要があった。

あいつだって実行委員を半ば押し付けられた形でなっただけで、やりたくないはずだ。

それでもやろうとして、行動している。

周りの行事への熱で面倒なことになっているけど、後は準備をして当日を待てばいいだけだ。

ふと後ろを見ると、あいつが昨日の商品を台車に乗せて運んできた。

昨日の帰り道、段ボール1箱は重くはないがかさばるため、どう運ぶかが問題になった。

するとあいつが『家に台車があるから』と言い出したので、荷物を一旦あいつの家に預けることになったのだ。

私は、昨日のねぎらいの意味を込めてあいつをからかうべく足を止めた。



学校祭当日。

盛況とまではいかないが、構内には人があふれていた。

その中でもわがクラスは目立たず、人もまばらだ。

その割にはそこそこ売れているようだ。

販売員はクラスが順番でなることになっているが、正直、1人でも足りるくらいの足並みである。

他のクラスメイトもそう思ったのか、今、売り場にはあいつが1人しかいない。

あいつもあいつだ。

クラスメイトに言われて売り場を引き受けるなんて言うもんだから、ずっと売り場を担当する気か。

それで学校祭の思い出なんて作れやしないだろうに。

何が楽しいのやら。

…結局、ほぼ全部の時間やりやがった。

さすがにお昼どきは早々に休憩を切り上げてあたしがシフトを変わったが

いくらなんでも、ほぼ全ての時間を費やすことはないだろう。

社畜かお前は。

さらに販売場の片付けまで引き受けて、まぁ途中までクラスメイトもやっていたが

後夜祭の時間になって皆そっちに行ってしまった。

一部の男子はあとは任せたといわんばかりにあいつの肩を叩き、体育館へ行ってしまった。

窓からは体育館から流されているであろうフォークダンス用の曲がわずかながら聞こえてくる。

あいつも後夜祭に行ってから再開すればいいのに、あいつは黙々と片付けをしている。

あいつはいつもこうだ。

いろいろ押し付けられて、貧乏くじを引いている。

あいつも悪い部分もあるかもしれない。

それでも不貞腐れずに、やることはやろうとしている。

周りの負担を背負って、学校祭の思い出があまり作れなくて。

そんなあいつに私は何ができるのだろうか。

あたしはあいつを呼んで、言った。

「…踊ろ」

あいつがたじろいだ。顔も赤いし。

久しぶりにここまで動揺しているのを見た気がする。

私はあいつに近寄る。

別にただ踊るだけだし、何の意図もないし。

まだ動揺しているあいつの手を取り、無理やりフォークダンスを踊らせた。

後夜祭は体育館でフォークダンスを踊る。

自分が選んだ相手だけでいい。

踊っているのは教室だけど、場所はこの際どうでもいいだろう。

聞こえずらいが曲はここまで響いている。

最初はぎこちなかった動きも、だんだんと慣れてきたようだ。

ダンスの相手が私で力不足かもしれないけど。

1つくらいは思い出をつくってやるから。

感謝してほしい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編ハッピーエンド集 里坂 叶真 @risakakamona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画