第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
自宅介護で最期を看取ったんですね。老々介護で大変だったと思います。
私の両親は共に病院で亡くなりましたが、最後を見送る事が出来ました。
そうなんですよね。最後を見送った時に、私も号泣するかと思ってましたが、普通に涙が出ただけでした。葬儀の準備や色々な手続きに追い回されて、49日の納骨が終わって実家の仏壇の前に座った時に、例えようの無い喪失感に襲われました。
いまでも空き家となった実家に戻り家の掃除をしていると、何処からか両親の笑い声が聞こえそうな時があります。親子や配偶者、そして家族。縁があって知り合った事に感謝したいと思います。
上手く言えませんが、お疲れさまでした。馬さんも笑顔で旅立った事だと思います。
作者からの返信
甲斐さん、いつもコメントありがとうございます。
本当に老々介護でして、しかも自分の身もままならないようなヨレヨレの老婆の介護ですから、どうなることかと不安でたまりませんでした。
でも、娘がどうしても父親を自宅に連れて帰ってやりたいと一生懸命でしたので、言った以上はと、仕事で目いっぱい疲れている時でもやり繰りして、本当によく協力してくれて助かりました。
介護や看護は絶対に一人の力では不十分です。
頑張り過ぎて世話する人の方がまいってしまいますからね。
力不足の私でも3か月くらい頑張って様子を見て、ヘルパーさんにも来てもらおうと思っていたのですが、そこまでいかないうちに、たった1か月余りの看護で逝ってしまいました。
私の力を分かってくれての、早い旅立ちだったか?などと思いました。
皆も私も十分にやれることをやり切ったと思って、それほど涙にくれることはありませんでした。
亡くなった時よりも、8年前に癌の手術をし、翌日にも血の塊を取り出す開腹手術をし、とで2日連続の手術のせいですっかり気力も体力も無くして、人が変わってしまったことを嘆いた時や、切なくて何日も何日も泣き暮らしていた時に、十二分に涙を出し切ってしまったからかも知れません。
甲斐さん、ご実家に行かれた時、どこからかご両親の笑い声が聞こえてきそうな気がするとのこと、分かりますね。
私もふと、そんな気がして、あ、そうだもういないんだ、って思うんですよね。
赤の他人だった人なのに、55年以上も一緒にいたんですものねぇ、不思議な気さえします。
甲斐さんも、奥様とのご縁を大切になさってくださいませ。
とりとめもなくダラダラと書いてしまいました。夜中に更新しますがすみません。
コメント、とても嬉しかったです、ありがとうございました。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
再読しました。さらりと書いてありますが、そこには相当な御苦労があったとお察しします
この前、うちにも葬儀社が営業で来たんですが、ざっくり話を聞いたら葬儀代ってめちゃくちゃ高いんですよね。(両親は、わたしと弟に苦労かけないようにと終活もしていて、某葬儀社の会員になっています)
そこでまたすったもんだがあって、疲れてしまいましたが、それよりもホントに高くてビビりました。
@88chama様も、怒涛の人生なのですね。
@88chama様は、ちょうど私の両親くらいのお歳みたいです。
これからも元気で楽しくお過ごしください☺️
作者からの返信
陽麻さん、コメントありがとうございます。
葬儀には本当にお金がかかるんですよね。
義母の時に経験して痛い思いをしましたから、貯えの少ない私達には無駄遣いはできないからって、夫には元気なうちから熱心に言っていたんですけどね。貯えは少なくて・・
ここ何年か、♬小さなお葬式~ などのCMがしょっちゅう流れていて、低価格でできるお葬式を知りました。
それを利用して何とかボンビーなりに行うことが出来てホッとしています。
私は夫より少しは意識高めでいますので、子供に負担が少なくて済むようにと、葬儀代用に死亡保険に入っています。
でもやはり葬儀は低価格で質素にし、少しでも残ったら何かの足しにして、と言ってあります。
陽麻さんのご両親はもう備えてらっしゃいますから、賢明なお考えだと思います。
***陽麻さん、先日近況ノートにコメントさせていただきましたが、余計なことしちゃったかな、と随分迷いました。
エッセイの方ではコメント無しの設定になっていますから、迷惑だったんじゃないかと心配でした。
でも、陽麻さんの一生懸命さに心打たれて、エールを送らずにいられなかったんです。お節介ですね。分かっているんですけど・・
これからも、コメントは送りませんが、密かに応援していますからね。
エッセイの場が介護で嫌なこと、辛いことのはけ口になれたらいいですね。
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
こんばんは。
悪い事って重なるんですよね。私の場合は拙作の「震える心のみた夢」にあるように、
1月父 他界。6月妻 卵巣嚢腫。7月義父 脳梗塞。息子 自転車事故、頭蓋骨骨折。10月母 てんかん発作。12月母 誤嚥性肺炎。などが一年におきました。
これは何かのネタなのか?枕元のスマホが鳴る度に、心臓が鷲掴みされる思いでした。苦しくて辛くて。でもね、泣きたい時には、泣けばいいんです。我慢しなくても結果、なる様にしかならないんですよね。自分を責めずに腹を括ってみれば、どのよう結果になっても悔いは残らないはずだとおもいます。
気の利いた言葉が見つかりません。申し訳ありません。
このエッセイを書かれているということは、少し落ち着いた事とおもいます。
当時は辛かったでしょう。心中御察しもうしあげます。
作者からの返信
甲斐さん、コメントありがとうございます。
甲斐さんの所でも、悪いこと凄いことが重なってしまったのですね。驚きました。
どうしてこうも続くのかと不思議なくらいですね。
以前にもそうでしたが、私がこんなことがあって大変だったの、と話す(書く)と必ずと言っていい程、甲斐さんから心のこもったコメントをいただくのですが、いつもご自身の経験されたことを引き合いに出してコメントを下さいますから、本当に身に染みて心がウルウルとなるのです(心がウルウル?目じゃなく? イエス!)
今回も、お父様の亡くなられたことから始まって、何人もの方に次々と不運が連鎖して・・まったく何て年だ!!と泣き喚きたいようなことばかり。
本当に悪いことは重なるものですねぇ。
でも、甲斐さんも苦しみながら抜け出すことが出来て本当に良かったですね。
苦しかった分、耐えて頑張った分、良いことが続いてくれましたか。
そうであって欲しい!と心から思いました。
いつも励ましてくださって、本当に感謝しています。
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
土地神話の後にやがて来るバブル崩壊。多くの方が職を失ったみたいです。
バブルの時代は万札が飛び交う恐ろしい時代でしたね。(;´Д`)
作者からの返信
あの頃は、世の中バブルで人の感覚は狂っていましたね。
馬さんが家を建てる時、土地は売ってもらえなかったので借地でした。
でも、ですよ、土地代は高いのは当たり前でしたけど、借地権料の高いことには驚きでした。
1坪が220万円なんですよ、借りる権利だけなのに、その上、我が家では土地の借り代が月に4万4千円かかるんですからね、今だったらぼったくり同然の値段だと言えるでしょう。
銀行が進んで貸してくれますからね、身の丈以上の買い物ですわ。アホクサイ
結果として手放すことになったけど、20年間は住んで楽しく暮らしていたのですから、まぁボンビーになっても仕方ない、ということで😅
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
こんばんは。
凄い人口密度の部屋だったんですね。寝る時に寝返りしたら横にいる人が起きそうですね。イビキや歯ぎしりが凄いとストレスが溜まりそうですが、当時はそうはいってられないみたいな背景がありますね。(;'∀')
作者からの返信
皆様から人口密度が高すぎるとのコメントが多くて、何だか私の記憶が間違っていたのかな、と心配になりました。
暮れに義妹が遊びに来たので、当時を思い出してと頼みました。
そしたら、やはり住人の人数に間違いはありませんでした。
当時の住宅事情から、贅沢は言えなかったんでしょうね。
でも、わがまま言わなければ何とかなるものですよねぇ(笑)
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
うわぁ~。スミマセン、こちらの事に気付きもしなくて……、今更で申し訳ありません。年末でバタバタしております。(;´Д`)
この場をお借りして申し訳ありませんが、今年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。来年はローバーさんにとって良いお年でありますように……。 (*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ
作者からの返信
甲斐さん、私の方こそ去年は色々とあって(このエッセイに書いてありますが)3か月以上もカク・ヨムを休んでいましたから、「踊る悪魔のしっぽ」もずいぶん中断してしまっておりました。
彼らの活躍を遅ればせながら、応援させていただきたいと思っています。
私もこの場を借りて、甲斐さんにこれからもずっと、お付き合いくださいますように、お願いしたいです。最敬礼!デス。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
こんにちは。
私も前年に母を癌で見送りました。
さらりと軽妙な文章で書かれていますが、さまざまな困難、本当に大変だったことと思います。
あとから身体や心に疲れが来ることもありますので、どうぞご自愛ください。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
返信が遅れてしまって、大変申し訳ありません。
前年にお母さまを亡くされたそうですが、さぞ辛かったことでしょう、お察しいたします。
うちの場合は、娘が自宅に連れ帰って看てやりたい、と強く希望したので在宅医療・在宅看護の方々に助けてもらいながら、自宅で見送ることが出来ました。
ヨレヨレの老婆の看護ですから、どこまでやれるか分からなかったけれど、娘が仕事に出かける前や帰宅してからも手伝ってくれたので、何とかやり遂げることが出来ました。
3~4か月もつかどうか、と言われていたところ、たった1か月で逝かれてしまって、病院に居たらもう少し生きられたか?と心が痛むこともありました。
けれど、娘は自宅で自分たちのでき得ることをやった、納得のいく最期だった、本当に良かった、と言ってくれました。
ですから私たち家族の皆は、亡くなった悲しみが少しですみました。
夜未一白杜さんはどうでしたか。
お母さまは苦しまなくてすみましたか。
癌で痛みが激しくなると、当人も周りの人も辛くてたまりませんよね。
いつまでも苦しんだ姿を思い出しては涙しますよね。
どうかそのようなことのないように、お母様の笑顔や楽しかったことがいっぱい思い出されて、とても幸せと思えますように、と老婆心ながらお祈りいたします。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
馬さん 旅立たれたんですね
心のこもった介護を受けて 幸せだったと思います
本当に お疲れさまでした
書ける大変 書ききれない大変 一杯あったでしょうに
頭を抱えて ボーリングを思い出すなんて
この明るさが 前向きが 馬さんの一生の宝物だったですね
私も 親の見取り~葬儀では全く泣けませんでした
でも 忘れた頃に 涙がどっと出る日が来ます
その時 忘れていた疲れもきます
どうかその前に ゆっくり休んでおいて下さいね
作者からの返信
忘れた頃に涙が・・は、つい先日ありました。
亡くなった時はちょっとだけ泣いたけど、何だかもの凄い達成感のようなものが勝って、涙は出番をなくしていた感じでしたのに。
毎月の診察を終えての帰り道、何気なく歩いていたらフッと寂しい気持ちになって、涙がむくむく湧いてきました。
あぁいけない、と近くのニトリのお店に入って、買い物をしてごまかしました。
癌の手術をして、全くの別人になってしまった夫が悲しくて、何日も泣いてばかりいた頃にずいぶん涙を使い果たしたので、本当に死なれてからは涙にくれることなく済んでいます。
カクヨムで元気を貰えて本当にありがたいです。
皆様に感謝の毎日です。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
ものすごく大変なことをさらりと、笑い話のように書いてくださっていたので、最後まで読むことができました。私の両親も、両方の祖父母を家で見送りました。そのことを思い出しながら、本当に大変だっただろうな、と思いながら読ませていただきました。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。
作者からの返信
嬉しいコメントをありがとうございました。
他人の貧乏自慢のような話になんか付き合っていられるか、って思われるような話で、その上それまではちょっとサクセスストーリー(何方かがそう表現されました)か、調子に乗るな!と言われそうな・・
そんな話に最後まで見放されずに読んでいただけて、とてもとても嬉しく思いました。感謝!!です。
私の子供時代はどこの家庭でも、呆けてしまった老人がいてお世話が大変だったり、重病人がいても家族で(主にお嫁さんや女性達でした)看ておりました。
往診に来てもらうのが当たり前のような時代でしたから(風邪で熱を出しても)自宅で亡くなるのは珍しくありませんでした。
お産も亡くなるのも、今ではほとんどが病院ですものね。
私も老体ですから自宅で夫を見送るなんて頭にありませんでした。
特に娘が家に連れ帰ってやりたい、と熱心で、やれるところまでやろうと老々介護が始まったのです。
カクヨムで書いたおかげで、皆様から労をねぎらってもらえました。
ちょっとの間でしたけど、頑張って本当に良かったと思いました。
編集済
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
読ませていただいてよかったです
書き残していただいてありがとうございます
馬さんのご冥福を改めてお祈りするとともに、ろーばたんのこれからの心身の健康を願わずにはいられません
定番文句しか言えない、それでしか締められない私です
今更ながらに追記します(12月24日夕):
ろーばたんのまごころこもった返信
本当に、本当に、ありがとうございます
なかなか言えないことも多いのですが
(まじめな話で守備義務のあるところでしか話せないことが多くて、私のこと以外で😢)
(私のことは私のことで、まだまだ自分自身のなかで胸を張れるものもなくて)
それも優しく包んでいただけることに感謝しています
レビュー、一言だけになりましたが、もう本当にそれが私の心からの言葉になります
決して簡単に済ませたというものではありませんので
祖母のことに関してだけはもう20年以上前になることなので
どこかでまたお話しできればと思います
m(__)m
作者からの返信
歩さん、こんなご丁寧なコメントいただいていたのに、返信が遅くなってすみませんでした。
11話までの間のコメントのやり取りで、バブルが弾けて苦労したのが私達家族だけでなく、同じように歩さんも辛い思いをされたことを知りました。
もしも、これがテーマで話し合うバラエティー番組で、歩さんとワタシが共演者どうしだったら、「いやぁいや同じだねぇ~」って喜んで、ワタシ握手したりハグしたりするかも知れない、って想像して、とっても楽しい気分になりました(歩さんは、そんなノリはないぞ!でしょうけど🙇🙇🙇)
歩さん、言いたくても言えないことって、吐き出して楽になることが出来ないから、本当に辛いでしょうね。
昨夜、娘と話していて、お父さんのこと綺麗にまとめて書いてるようだけど、お父さんの我がままに付き合ってT(長男)がいまだに経済的な苦労を引きずって可哀そうな目にあってること、書かないのはずるい!って怒られてしまいました。
皆さんが馬さんの頑張りを評価して下さってのことに対して異議あり!!なのでしょう。
でも死者を美化して書いたつもりはなく、本当に家族を思って馬車馬のように(馬さんだけに、ネ)頑張ってくれたこと、生き生きと人生を生きた人であることを聞いてもらいたかったんですけどね。
弟が今でも苦労していることが気の毒でたまらないのでしょうね。
父の泥船に乗ったせいで婚期をなくし、窮乏生活からも抜け出せないでいて、一言も文句も言わないでいるんですからね。
ま、いつか書く機会があったらね、となだめておきました。蛇足ですけれど・・またまたごめんなさい、です。
第10話 ボンビー葬儀への応援コメント
ご冥福をお祈りします
ご家族にみまもられて、「ちっぽけな」とおっしゃいますけど、そこはそれだからこその満足があったのでしょう
きっと馬さんもありがとうと言ってお空の上に旅立ったと思いますよ
作者からの返信
豪華な葬儀とまでいかなくても、馬さんの性格からすると、そこそこの葬儀にしてほしかっただろうな、と思うんです。
でも自ら招いたボンビーですからね、仕方ないでしょう。
よくニュースで、年老いた親が亡くなって葬儀代がないからと、押し入れに隠し続けた・・とありますね。
それで私と娘はそのニュースから、「ボンビーなんだから、お父さんは押し入れ葬にするからね」と、よく脅してエヘヘ ウフフ おりました。
でも私と娘は隠し続けるため、どれだけ消臭剤やドライアイスにお金がかかるか?などと不謹慎なことを言っておりました。
何ともバチあたりな母娘だと反省しました(死を茶化してはいけないですよね🙇🙇🙇)
葬儀の時は流石にこんな母娘ですけど、真面目に真剣にやりましたが。
編集済
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
祖母のその時を思い出すと同時に、自分のことも思い出します
「よくがんばりましたね」「辛かったね」って、心底言ってもらえると涙出ますよね
その気持ちは心の底から分かります
私の場合は自分自身の苦しみでしたが
ろーばたんはよくがんばりました! すごいです!!
ほんとうに、ほんとうに
作者からの返信
弱っている時に、ちょっとした誉め言葉や労をねぎらってくれる言葉、さりげなく励ましてくれることなどが、どれほどありがたいものか、ですよね。
何とかしてあげたい一心で頑張っていたことを、先生から褒めてもらえた時、涙がぼろぼろこぼれてきました。
娘が涙を拭くようにって、急いでタオルを持ってきてくれたのですが、雑巾のような色合い(髪を染めた時の色がついて、薄汚い)のタオルで、却下! 代わりに持ってきたのも又薄汚れていて・・・
そのやり取りがおかしくて、先生や看護師さん、ケアマネさん達とで大笑いしました。
いくらボンビー家でもこれはないわ、他にないんかぁ~い! で、泣いたり笑ったりでした。
**私の場合は自分自身の苦しみでしたが・・
歩さん、これは消えてなくなりましたか。そうであってほしいですが・・・(余計なことかな、ごめんなさいね)
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
経験のある方々の言葉、ろーばたんもふくめて、重いですね
私の場合は祖母を思い出します
祖母も自宅で最期を迎えました
叔母2人と母がみていましたが
作者からの返信
自宅で看取るって大変なことと覚悟してかかりました。
長くはないと分かっていましたから、全力発揮してもうお手上げ!というまで頑張ろうと気負っていました。
しかし3~4か月は持つかと思ったのに、ほんの1か月でしかありませんでした。
病院だったらもう少し生きられた?かもと思うと残念でしたが、子供達も心残りはない、と言ってくれました。
編集済
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
ろーばたんの、ご家族の逞しさにほれぼれします
相談できるところに相談しないと
確かに
うん、やっぱり
何か言おうとすると弱音にしかならないので
ここにコメント残すことはまたろーばたんだけではない人にも見られることになるので止めておきます
ごめんなさい
作者からの返信
歩さんとはこの共通の話題で個人的にお話したら、きっと手を取り合って涙しながら語り合う‥そんな気がします。
ここでは大っぴらに話せないこと沢山ありますよね。
歩さんが思いっきり弱音を吐いて楽になれたらいいのにな、って思いますが、そんなの大きなお世話かも知れませんね。
色々と胸に秘めたもの(良いことも悪いことも)が、いつか歩さんの役に立つ(例えば小説を書くヒントになるとか)ことになれたらいいですね。
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
馬さんの術後三か月は、気力を取り戻すための時間だったのかもしれません
いけない!
私はだいたいマイナス、ネガティブの人間なので💦
それも入り込んでしまうたちなので
コメント書こうとするとどうしても……
ろーばたんに心配をかけてしまいます
ちょっと控えます
作者からの返信
馬さんの術後3か月の引きこもり状態は、確かに大病した人の回復の為の大切な期間といえましょう。
孫の引きこもりも、中3から6年もの期間を要しました。
外へ出る1歩の勇気は、呑気なローバには想像できませんが、きっと大変だったのでしょう。
病気の人も、人間関係に悩む人も、見かけは呑気そうな人も、みんなそれぞれ内容は違っていても、大変な思いをしているんでしょうね。
歩さんへのお返事になれていないかも知れませんが・・🙇
編集済
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
うちは幸い? なのかどうか、自宅は残っています
本当なら売っぱらって身軽になってよそへ行けばよかったんですけど
そこらへんのことは割愛させてください(ちょっと辛い)
うちの父と母は廃業を機に気楽なものですよ
ろーばたんと同じ年頃の母と、90も近い父なのにねえ
シルバー人材センターでいまだに元気にやっております
とはいえ、がたはいろいろきていますけどね(苦笑)
人間、やっぱり動けるうちは動いていた方がいいのでしょうね
作者からの返信
倒産を機にきっぱり諦めてくれたら、経済的にここまでの苦労はしなくて済んだと思います。
いちおう小さいながらも社長という立場に居ましたからね、年齢的にもどこかの会社に就職しようという気になれなかったのでしょう。
義理の叔母いわく、なまじ経営者だった人は使われる立場になりたくない、っていう悪いパターンだよと。
ホントにそうでしたね、変なプライドは邪魔なものです。
私はこの時から現実をみつめる訓練?を少しずつするよう頑張りました。(娘に強く指摘され、目覚めたという感じです。それまでは甘っちょろい考えの人でしたから)
働けるうちは働きたい、という考えは立派でも、何処でどう働くかという考えが夫にもあってくれたら・・・
歩さんのお父上のようであってくれたら・・・
ねえぇぇ? 良かったのに・・
編集済
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
ああ、あまりにも似ているなあ
私はロストジェネレーションっていわれている世代ど真ん中で(これいうと年齢がばれるのですけど、ろーばたんにならで)
激動のなかでまあ……
いろいろ辛くなることばかりですよ、本当に
ろーばたんのあかるい語り口に「自分は何してるんだろう」って正直言うとねえ
暗くなっても仕方ないのですけどもね!
作者からの返信
ウチの長女と長男は就職氷河期の人。
ただでさえ就職は厳しいのに、父親の沈みかかった泥船に乗っていたばっかりに、就職の機会を逃しました。
長男には経済的に負担をかけてしまって、いまだに窮乏生活継続中というところです。
倒産後、就職しようとしたけれど出遅れましたからね、小さな会社で薄給で・・ 父親に付き合わせてしまったと、私は申し訳ない気持ちでいっぱいでいます。
バブル景気、罪作りでしたね。
第3話 いつのまにかボンビーに 2への応援コメント
このころの話も分かります
うちの会社も景気が良かったはずです
うちの場合はバブルでおかしくなりましたけどもね
何不自由なく過ごした子供時代でしたが、それもこれも皆、親が苦労していたからだと今にして思えばチクチクと心が痛みます
作者からの返信
バブルはありがたかった反面、半端ない苦労もしょわされましたね。
でも、ウチの場合ですけど、バブルのお陰で子供達に生活面で苦労させなかったし、二浪ずつさせて大学へ行かせてやれたし(3人とも全く役に立っていませんが)・・
と、いいことが沢山ありました。だからしっぺ返しも半端なかったけど、大きくなってからの苦労ですから、良かったと思っています。
歩さんも豊かな子供時代が送れて良かったですね。
ご両親はご苦労されたこともあったでしょうが、子供にいい思いをさせてやれて、頑張り甲斐があったことでしょう。
ウチと共通点が一緒で、ワタシとても嬉しいです。
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
皆さんのコメント、ろーばたんの返信も読ませていただいております
皆さんもまたたくましいですね!
ろーばたんもですけども!
というところで、うちのことを少しだけ
うちもね、大家族だったんですよ
確か、私が中学に上がるころくらいまでだったかな?
父母、私たち子ども3人、祖母、そこに離婚して転がり込んできた叔母とその娘、さらにもう一人叔母も
わりと広い家でしたが、私たちきょうだいは3人で一部屋でした
そんな期間も長かったです
京都人独特の? 見栄っ張りでねえ、父も母も祖母も
計画倒産の話、うちも似たようなことありましてね
ええ、今苦労していますよ、家族関係で
ろーばたんのように、まだ私は明るく言えないことも多くて😢
いつか「そんなことあったなあ」って、言えるといいのですけど
ちなみに、うちの両親が結婚した時代、ろーばたんとほぼ同じです
作者からの返信
昔は大人数で住んでいましたよね。
個室なんてある友達いませんでした。
私は二人の姉の真ん中で寝ていましたが、小六までは母の布団で一緒に寝ていました。
知り合いの男性が、小学生で母親のオッパイ吸ってたって聞いて馬鹿にした風に大笑いしたら、姉が私も小六まで母親に抱かれて寝て、時々オッパイしゃぶっていたんだよ、って聞かされ大恥かきました。蛇足ですがおバカな甘っちょろのローバでしたね。(ホント、どーでもいい情報ですがネ😅)
近所は町工場が多くて、バブルがはじけると潰れたり職を変えたりと大変でした。
計画倒産や計画的離婚の話も何軒か聞きました。
夫の性分でどちらも出来ませんでしたけど、私は夫がそれでよいならヨシと思いました。
でもスッカラカンは辛いですよねぇ。
落語でね、あんまり酷い時は「もう笑うしかない」とか「しょうがねぇ、うどん食って寝ちまおう!」って、居直っちゃうんだけど、それだけの大らかな性分でないと、ウチのような借財を考えると気が変になりそうかもよ。
義弟がよく「兄貴はすげぇよな、俺だったら2回自殺してたよ」と言って、夫のど根性に感心していました。
何年かは電話が鳴る度に心臓がドキドキして、とても辛い時期もありましたけど、ナンバーディスプレイの電話に変えたりしました。
歩さんが、今でもまだ明るく言えないこともある、って書かれてましたので娘に話したら、嫌なことが帳消しになってしまう程のことが出てくればよくなるから、そのための一つとして、歩さんの作品が凄い評価を受けて、著名な作家さんになれればいいんじゃない?
そうすれば、そんなこともあったけど、今はもう忘れちゃったわ、って言えるんじゃないかなって。
二人で真剣にそう思ったんだけど、そんなもんじゃないよって怒られちゃうかな、ごめんなさいね余計なことでしたね🙇
ご両親が結婚した時代が同じだそうで・・
もしかしたら歩さんはウチの次男と同い年かもね。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
遅ればせながらお読みさせていただきます
カクヨムから離れていたころのこと、ですよね?
心して、などというと「そんなに」ってろーばたんには笑われそうですが💦
お付き合いします
作者からの返信
目の酷使なんでしょうね。一日の殆どをPCと向き合って、カクヨムやTverでドラマをみたりで過ごしていた報いでしょう。
目が疲れ肩が凝り、そして酷い頭痛へと発展し、酷い目にあいました、なんちゃって駄洒落言ってる場合か、と言われそうですね。
そんな中で、夫が倒れ老老介護が始まったんですよ。
お付き合いくださる? 嬉しいことです、ありがたいことです。
よろしくお願いします。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
@88chamaさま
こんにちは。
@88chamaさまと馬さんの人生は私の親世代の物語と重なるので、自分自身の幼少期の記憶にある、どこか明るさにあふれた時代を懐かしく思い出しながら拝読いたしました。
土地もですが、給与も、必ず上がっていくとわかっていれば、怖いものなしなのですよね。絶対報われるとわかっていれば、攻めの人生を送れる、つまり、体力的、経済的にかなり無理もできようというもの。良くも悪くも、この世相というものが、その時代を生きる人のベースを大きく規定してしまうのだなあと、興味深く感じました。
馬さんの、さいごまで@88chamaさまと二人三脚、自分たちの足で歩み続けた生きざまに、温かなものをいただきました。読ませていただき、ありがとうございました。
作者からの返信
人生において働き盛りの時期がバブル時代でしたから、当然のように体力もある馬さんですから「いけいけドンドン」で突っ走りました。
働けば働いたなりのご褒美がありますからね、何万馬力もあるつもりで走っていきました。
でもね、そんな調子の良いことがいつまでも続くわけがないですよね。良いこともあれば悪いこともある、人生山あれば谷もある、♬ 人生楽ありゃ苦もあるさ~ですよね。
そこをどう見極められるか、どう自重出来るかどうか。
そんなことを嫌という程教えられ反省させられて、そのうえで今日のボンビー暮らし、となりました。
人生いい日ばかりはない 照る日曇る日 大嵐の日もあり
豊かな時もあれば貧しい日もあり
でも、もし貧乏になっても、家族で力を合わせれば何とかやっていけるもの。
そんなことをお話してみたのですが、温かなものをいただきましたなどと、最高のコメントをいただきとても嬉しく思っています。
こちらこそ、ありがとうございました。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
こんにちは。
ローバさんも苦労されましたね。
もっとも書かれないだけで世の中こういう人も多いのだと思います。
私の両親は既に他界していますが、
数年前に親父が亡くなった際には斎場で火葬して自宅でひっそりとやりましたよ。親戚筋にも数人知らせた程度ですからホント地味なもんでした。
親父も派手にやるなと言っていたとか。(兄貴談)
作者からの返信
ちびゴリさん、おはようございます
コメントや💛★など、ありがとうございます。
3か月ほどカクヨムを離れていましたので、昨夜ちびゴリさんの未読の作品読ませていただきました。
やっぱり凄いわ、これだけの限られた文字数で、それも特別なことや度肝を抜くようなことを語っている訳でもないのに、何故かひきこまれてしまうんですよね~って、感心しながら一気に何篇も読んでしまいました。
やはり私のお手本です。
あ、葬儀の話でしたね。 私の時は友達いないので(この年になると亡くなったり、遠くから来てもらうに忍びないですしね)焼くだけの(直葬とか火葬式とかいうそうですね)にしてと、パンフレットを見ていたら、次男が寂しすぎると涙ポロポロこぼしてしまったので、夫はちょっとは形だけでも・・と小さなお葬式となりました。
今は家族葬も普通になっていますね。お陰で助かっています。
私は僅かですが備えていて、葬儀は最低にして些少でも残った分は他に使うようにと言ってあります。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
良いお話でした。
見事な人生だったと思います。
作者からの返信
hekisei先生 こんばんは、はじめまして
老婆のくせに宵っ張りなもので、こんな夜分に申し訳ありません。
まるで貧乏自慢のような、辛気臭い話に最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
たくさんの💛や★は、ボンビー家の寂しい祭壇を、美しく飾ってくれたように思えます。
そして、先生の「見事な人生だった」というお言葉は、懸命に生きた夫への、素晴らしい手向けとなりましょう。
この一言に、私も本当に感激しております。
ありがとうございます。嬉しくてたまりません。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
八年間もの闘病生活、ご主人様もローバさんも、お疲れ様でした。
共感する部分が多くて、父を看取った頃のことを思い出しながら読ませていただきました。
亡くなった時のお気持ち、おそらく同じかなと思いました。
悲しいのはもちろんですが、やりきった感が大きかったような気がします。
おそらく、ローバさんもそうだったかもしれないと、勝手に想像してしまいました。
作者からの返信
麻子さん、最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
麻子さんもお父様の看護なさったこと、書かれておりましたね。私も拝読いたしておりました。
共感する部分が多いと言っていただきました、そうですよね。
きっと麻子さんも同じような気持ちで、同じように懸命にお世話されたと思います。
ですから当然、涙はいっぱい流れましたけどそれ以上に、やり切った感が大きかったという気持ちになった、という思いは本当に一緒ですね。
沢山の💛や★をありがとうございました。
とても嬉しかったです、感謝です。
満点ではなかったかも知れないけれど、私も子供達も自分のせい一杯出来ることで見送れたことで、楽しい気持ちで思い出話をしています。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
しんみり人情噺もいいけれど、噺家は人生そのものを笑いに変えたいものでしょうか。
ボンビー介護にボンビー葬儀と銘打っても、やはりその裏には人には見えない苦労も山のようにあったことでしょう。ですが、そこは「ねーきゃーねーよーに」なるべくは、最期まで笑って過ごしたいものですね。
実はそんなことを言いながら、これを読んでグズグズ泣いていたのは内緒だよ!!誰にも言わねぇでおくんなせぇ。あっしゃあ、しめっぽいのは苦手なんでぇ。ローバちゃんにだって、笑ってほしいんでさぁね。だから、あっしは泣かねえって決めてんでぇ!!ほらっ!見て!?この笑顔!!え?青のり?さっきお好み焼き食べたとこなんでい!青のりくらいつくってもんだろい!!くそう、この青のり、目にしみるぜぇ!!
今年も残すわずかです。健康に気をつけてくる年をお迎えください。
作者からの返信
喝丼師匠
こんなチンケな噺に泣いてる場合じゃありませんぜ。
♬ 青のりつけてどこ行くの? ちゃうか?
師匠、タワクシね、ご存じの「片棒」、あれで馬さんを責めまくったんですよ、この具材、ぅん? じゃない愚妻のくせにね。
あの話に出てくる末っ子のセリフ「棺桶は菜漬けの樽で済ませる」 「棺桶は天秤棒で担ぐから人を一人雇う」っていうアレ。
で、馬さんに言ったんですよ。
「息子二人に担がせるにしても今時、奈漬けの樽ってぇもんがメルカリだって売ってやしないだろうし、ねぇ。そうとなるとやっぱ、普通にお葬式やらなきゃ・・
でね、ウチおあしがないんだから、最低限にするからね、よきかな?よきかな?」
とまぁ、かなかな?とカナカナゼミのように責めて、その結果、双方納得済みで「ちっぽけな、お寂し葬儀」と相成ったんでござんすよ。
昔、はぶりの良い頃は、体裁ってもんを気にしてた馬さんでしたけどね、気にしてなんかいられない。
体裁よりも中身だということで、愚妻や愚息・ひょうきん娘たちで頑張りましたワン
でもね、あまりの寂しい祭壇も盛り上げようがないですからね、せめて愉快な会話でにぎにぎしく・・ってね。
よって、荘厳とは程遠い、ちょいと楽しそうなお葬式と相成ったんですわン。
今年もあとわずかです。
どうか師匠、お仕事にとりつかれませんように。
せめてお正月くらい、仕事人間はお休みなさってくださいませ。
来年もお婆さんのくだらない長話に、どうぞお付き合いのほどを願います🙇🙇🙇
第10話 ボンビー葬儀への応援コメント
小さくても、本当の意味で慕ってくれる家族が集まっての葬儀は、どこぞのカタチだけの冷え切った家族の盛大な葬儀よりも、ずっと価値のあるものだと思われます。
子どもたちの成長も見られて、良いお葬儀になりましたね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
作者からの返信
本当にそうなんです。
小さくて寂しいお葬式。 写真を見ても六人しかいない部屋ですからスッカスカ。
自宅は人口密度高いのにここは・・広々!!
節約で祭壇のお花も遺影の両側にひとつづつあるだけ。
あ~やっぱりオプションでお花注文して良かったね、でももっとつけてあげれば良かったかな・・で話がひとつ盛り上がりました。
私の時はケチって焼くだけ、って決めてありますから、次男はこの祭壇などから想像して、今から涙浮かべていました。
なので、奮発して、私もこれと同じにすることに決めてやりました。
その為にも長生きして葬儀資金ためなきゃ、です。
編集済
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
本当によく頑張りましたね。
きっと頑張ったご自身が一番わかっていることでしょうが、十分すぎるくらいに、やりきったことが、これまでの文章から窺えます。
馬さん、本当に良い奥さんを見つけましたね。きっと、本当に安らかに逝けたことでしょう。
ローバちゃん、まだ他にも気がかりな事もあるでしょうが、どうか、自分のための時間も大切に生きてください。お疲れ様でした。
作者からの返信
どの程度までやれるのか、とっても不安でしたけど、馬さんの自宅で看取ることに、沢山の助っ人がいてくれるというだけで、これは乗り切れるぞと勇気が湧きました。
スタッフの方達は、病人のことは勿論ですけど、私が介護でダウンしないようにと、しっかり気配りしてくれるので、恐縮してしまいました。
訪問看護は介護する人にも手を差し伸べてくれるのだということに、心から感謝しました。
介護保険にも助けてもらいました。
請求額はこんなもん?とビックリしたほどです。
国民皆保険、介護保険・・もしアメリカだったらこれがないでしょうから、と思うとゾッとしました。
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
ああ、ここからが大変ですね。本人には悪いが、家人としては病院に居てもらう方が楽だったりします。もちろん介護のこともありますが、どちらかと言うと気苦労のほうでしょうか。
さりとて、当人の希望はやはり家に帰りたい、と、みんな申されます。
この地点で、リンパに転移していて、これまでの経緯も含めると、覚悟をしなければならないレベルでしょう。ならば、気合い入れて家で過ごしてもらうのが、馬さんのためでもあるでしようか。
作者からの返信
もう長くはないだろうな、とみんなで思っていましたから、本当は病院やホームを探さなければならなかったんです。
でも娘が特に家に連れ帰りたい、と熱心でした。
私は自分の身でさえ頼りないので、自信がなく迷いました。
でも、お正月までは持たないだろうと先生に言われてたので、それなら3~4か月くらい何とかなる、してやろうと決めました。
気合だけでしたね。その結果2か月くらいで逝っちゃいました。
家だったから寿命が縮んだ❔って、ちょっと責任感じたけど、子供達や義妹もじゅうぶん納得できて後悔もない、って言ってくれました。
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
お母様のおっしゃっておられた「ねーきゃーねーよーに」でしたっけ。実際、無くても良いものはたくさんありまして、わりと無くても何とかなることが多いのです。
私なんかは半分職場に住んでいるようなものなので、余計にそれがわかります。ふふふ。
作者からの返信
半分職場に住んでるようなもの、ということは、ミニマリストに近い?
いや、そうではなくて仕事が忙しすぎて仕方なく?
ねーきゃーねーよーに 覚えていてもらえて光栄です。
笑っちゃいますよね 嬉しいです。
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
2日続けての開腹手術は大変です。術後せん妄が出ても仕方のないことです。ですが、周囲は大変。まるで人が変わってしまう術後せん妄です。悲しくなる気持ちも分かります。会社仕舞いは馬さんの終活のようなものだったのでしょうね。やりきった馬さんに拍手を贈りたいですが、その後は気力がぬけてしまったのでしょうか。家族は辛いだけですね。
ボンビーでも、病気でも、せめて気持ちだけでも負けん気でいてほしいものですよね。
作者からの返信
ガンの手術から目覚めたときは、いつもの馬さんでした。
弟が来てくれて普通に話したりして、痛そうな風も見せませんでしたしね、私も安心しました。
でもね、その晩は痛くてなかなか眠れなかったようです。
大きな血の塊が出来るくらいなんですから、相当痛かったんだと思います。
2日も続けて手術ですからね、終了してもなかなか会わせてもらえなかったんです。
デイルームで何時間も待ち続けました。
先生も看護師さんも何度も来てくれて「もうちょっと待ってね」そればかりでした。
不穏という言葉がチラホラ聞こえました。
なかなか落ち着かなかったんでしょうね。
知り合いの人の話で、術後に暴れたり暴言吐いたりして大変だったと、自分の母親のそんな姿を見て驚いたと言っていました。
変わりようったら酷いもので、輸血すると性格が変わるという都市伝説、それってもしかしたら正しい?なんて思ったくらいです。
無気力状態でいたのに、やると言った日からまるで元の馬さんに戻ったみたいで嬉しかったけど、出かける時と帰って来た時では又、同じ人か?と思うくらい疲弊していました。
何事にも気持ちだけは絶対に負けない強いだったのにね人だったのにね。
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
うんうん。仕事はね。どんな仕事でもいい。何かしていたい気持ち、わかります。仕事じゃなくてもボランティアでもいいし、老老介護でもそう言ったヘルパーとかしようかと、今から考えております。仕事がなくなると怖いんですよね。
作者からの返信
本当に仕事人間ですから、仕事を取り上げたらきっと腑抜けになっちゃうでしょう。
間抜けなかみさんと腑抜けな亭主で、夫婦漫才に転職?
意外と二人とも天職だったりして!
な~んちゃって、チャンチャン🙇
間も腑も気も抜いちゃぁいけません。
抜けていいのは垢でしょう。
ま~だ言うか、ニャロメ! 許してたも。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
お疲れ様でした。
嫁がケアマネなので、自宅介護の大変さを良く聞かされます。部外者が言うことではありませんが、馬さんは幸せだったと思います。本当にお疲れ様でした。
作者からの返信
自宅で看取るって相当大変なことだと思います。
お世話をするのがヨレヨレのお婆さんですから、子供達も多くは期待しませんでした。
出来ることを出来る力でやればいい、無理したら共倒れになってしまう、そう思いながらの日々でした。
お嫁さんがケアマネさん、そして確か息子さんは看護師さんでしたよね。
teturoさん、幸せですね。こんな心強いことないですよ。
義母の時も良いケアマネさんでしたし、今回もそうです。
私はいい人達に恵まれている、助けてもらえているって思いました。
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
>最後の力を振り絞って会社終いを始めた
凄いですねぇ。こんなお爺さんに私もなれるでしょうか?
作者からの返信
本当に、どこにそんな力が残ってたの?というほどの頑張りようでした。
新しい機械を入れたり、第二工場が出来たり・・なんて嬉しいことで頑張るのと違いますからね。
ゼロに向かって頑張るのって・・気の毒でした。
やらなきゃいけないですから仕方ないですよね。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
重い内容のお話のはずですが、@88chama様の明るく前向きな語り口に、人情噺を聞いたような心持になりました。明るくて楽しい奥様と歩まれた人生は、馬さんにとって、きっと幸せなものだったと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。
作者からの返信
ありがとうございます。
人が亡くなる話は、確かに重いかもしれませんが、若い人と違ってもういい歳の老人ですからね、それに落語好きな夫婦ですから、つい調子にのって明るい口調になっちゃったんですかね。
私も子供達もみな、お父さんはいい人生を歩み切ったと思っています。
最後までお付き合い下さって、ありがとうございました。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
馬さん、亡くなられたのですね。心よりお悔やみ申し上げます。
@88chama様の介護や看護を、お医者様や看護師さんが褒めて下さって良かったですね。ご苦労された甲斐がありました。八年間、お疲れ様でした。また、馬さんも、ご希望どおり、御自宅で過ごすことが出来て、お幸せだったと思います。
作者からの返信
介護や看護の専門家からみたら、それほどのこと出来ていたかどうか分かりませんけど、きっと労をねぎらうつもりで、そして励ましてくれるつもりで褒めてくれたのだろうと思います。
水分だって真夏の気温でしたから不足してはいけない、そればっかり頭にあって、長い時間をかけて飲んでもらいました。
もうストローで吸う力もないので、ストローの先にほんのちょっと貯めた、わずか十数ミリ程のものを、一口飲むのに時間がかかって、それもしっかり飲めなければ誤嚥が怖いですからね。
40CC飲むのに4~50分もかかるんです。
食べ物もバナナを薄~く切ったのを、よく噛んでゴックンと喉元を通って行くのを確かめながらでしたから、食べるも飲むも根気がいるんです。
そんなことを報告のつもりで言ったんですけどね。
先生にしてみれば、なまじ食べたり飲んだりして誤嚥の方が怖いと言いたかったと思いますがね。
でもひと口ひと口を、しつこいほどゴックンさせてましたから、ビックリだったんでしょう。
諦めの悪い、心配性でしつこい性格の私らしいな、って自分で自分を見てみると、そう評価しそうです。
編集済
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
旦那さんも、ローバさんもおつかれさまでした。
ローバさんの明るく前向きな様子に心打たれました。
日記の方に復活されたときに、明るい様子でしたが辛いことを乗り越えてのお言葉だったんですね……。
正直、うちの親もローバさんと同じくらいの歳で病気も患っていますので、いつまでも元気とにとはいかないだろうし、私は嫁にも行かず親に心配ばかりかけている親不孝者なので(しかも新年早々仕事もなくなりますし…)、近い将来介護や葬儀の喪主もしたりと考えなければいけないなと、色々うつうつと思うところがあったのでとても勉強にもなりました。
うちの親は、私の代で終わりなのを分かっているので墓は近所のお寺の合葬墓を申し込み済みだそうです。
でも、ローバさんにも親にも長生きして欲しいなと思っています。
ていうか、ローバさんうちの親と比べるとパソコンできるし、すごい元気ですよ!!あやかりたいものです^^
<追記>
私は就職氷河期世代で、派遣社員(有期雇用)でしか働いたことがないので仕事がなくなるのは慣れたものなので大丈夫ですよ^^👌
作者からの返信
コメントありがとうございます。
心打たれました、なんて文字に、私の方こそ心がふるえる思いです。
嬉しいです、ありがとうございます。
合葬墓のことですが、今回お寺さんとその話をしたんです。
うちは私と義妹がまだいますが、いずれ独身の息子でお墓の引継ぎ?が終わりを迎えます。
このエッセイでもそのことを書きたかったのですが、文字数が限られてるので、いつか「ローバの充日」で書いてみたいと思っています。
お墓の事、お葬式の日にネタになりそうなこと、葬儀場で拾いました。
変わったお坊さんもいるもんだ、ってみんなが思った出来事です。
そういえば来年早々に無職になるってコメントいただいた時に、私 次に良い職に出会えることと思えば無敵です(職の字を敵にへんか~ん)
って返信しましたが、娘に話したら注意されました。
仕事をなくすということは、次に職が無かったらどうしようという不安でいっぱいになる、ってことなのに、働いたことのない人が励ますつもりで軽々に言っちゃダメ ということです。
ふざけちゃってるって不快に思われたらごめんなさいね。謝ります。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
なんということ……
ローバ様、心から反省と謝罪をいたします。
第一話へのコメントで、私は新作おめでとうございますだのローバ様の御作が読めて嬉しいだの、本作の内容にそぐわないことを書いてしまいました。
題名を深く理解できていたら分かり得たことなのかもしれません。つくづく己の浅はかさが悔やまれます。
『ボンビー介護に始まって』を私は『ボンビー介護が始まって』と勘違いしていました。てっきり、ローバ様が工夫を凝らしながら御主人の介護に奮闘するお姿を伝えてくださるお話かと思っていたのです。
だけど、違った……
ボンビー介護に始まって……ということは、終わりがあるということだったのですね。
馬様のご冥福をお祈りいたします。
作者からの返信
ブロ子ちゃん、そんなに誤っていただいてはイヤですよ、恐縮してしまいます。
タイトルに惑わされたなんて、書いてる方にしてみれば返って嬉しいことではありませんか。
内容がないですからね、タイトルやキャッチコピーで、何とか読んでもらえないかと、卑怯なこと考えちゃってるんです エヘヘ ジツハネ😅
「始まって」ときたら「終わって」となるなんて、殆どの方が思われなかったと思います。
だってローバですからね、きっと介護するようになっちゃって、その経験を面白おかしく書くんでしょ、くらいに思われるでしょう?
ところがどっこい、ローバは何しろ80歳に近くなりましたからね、その連れ合いが若い訳がない!!
当然のようにさよならのお話が出来ますよね。
でもね、ブロ子ちゃん、100歳の人と比べたら早死にで気の毒かもですけど、何てったって80歳ですからね、それも癌で転移までしてる人ですから、良く生きたねと喜べるんですよ。
だから家族のみんなは、それほど泣かなくて済んだし又馬さんの子らしく、冗談言って明るく笑っていられるんです。
そんなことをお話したくって書きました。
読んでくださってありがとうございました。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
そうですか。
ローバさまの旦那さまは、逝かれたのですね。
ローバさまが、三ヶ月振りに、カクヨムに戻って来られたとき、コメントで、「また、ご家族のもとへすぐ、戻られるんですよね」
と言って、ごめんなさい。
こんなことがあったなんて、知らず。
馬さん、きっと、こうやって、書くことで偲んでおられる、ローバさまのことを、あの世から、喜んでおられることでしょうね。
ぼくも、いまだ、母のことを偲んで、文を書くときがあります。
馬さんも、ローバさまの寂しい気持ち、わかってくれています!
作者からの返信
風さん、ごめんなさいだなんてとんでもない。
カクヨムをちょっとでも休んだりすると、高齢ですからねローバは死んじゃったか?って思われますよね。
だから、そんなことがないように、近況ノートでお知らせしようかな、って思ったりしたんですけど、カク友さん達にご心配いただいても悪いし・・と思ってね。すみませんでした。
風さんのおっしゃるように、こうやって書くことで偲んでいるんですね。
第10話 ボンビー葬儀への応援コメント
いいじゃないですか。小さなお葬式。
そんなにひとが来られても、挨拶に困るだけですよ。
作者からの返信
「小さなお葬式」ってCMがしょっちゅう流れてましたから、それをもじって「ちっぽけなお葬式」と洒落てごまかしました。
今は簡略化されて、お金の問題じゃなく家族だけのお葬式が流行っているそうです。
会葬客の多さに、悲しんでいる暇もないっていう現実がありますからね。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
チームを組むっつったって、いつも、ターミナルケアなんですよね。
もっと、元気なころに、チームを組んで、もっと、元気で生きさせて欲しいんですよね。
作者からの返信
まず馬さんを自宅で看ることに決めたら、包括センターで色々と教えてもらいます。
ケアマネさんが来て、介護用品の会社の人が来て、訪問診療の医師が来て、訪問看護師さんが何人も来て・・・と、毎日のように関わりのある色んな人がみえるんです。
自宅で看取るって、これだけ多くの人の手を借りることになるんだ、と感激したんですよ。
風さんもお母さんの介護や看護をされましたでしょ。
先輩ですね。敬意を表します!
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
ぼくは、結局、病院にいた母を家に帰さなかったです。
兄姉に反対されたんです。
このまま、母が帰ってきても、ええことなんて、なにもないわ、と。
最期の最期になってから、母を連れ戻したいという、ぼくの願いを兄は、認めてくれました。
でも、それは、母と別れる最期になったのです。
作者からの返信
病院で最期を迎えるか、それとも自宅に戻って死ぬのを待つか。
難しい選択ですよね。
うちの場合はお世話するのがヨレヨレの老婆ですからね、考えるまでもなく立派な介護や看護は出来そうにありません。
でもね、みんながそれでもいい、家に連れ帰ってやろうってなったんです。
余命がいくばくもないって分かっていましたからね。
ならば家で何とかしようってね。
病院に居たらもう少し生きてられたでしょう。でも、それだって1~2か月の差でしかなかったと思います。
家族みんなで納得ずくの選択・看取りとなりました。
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
馬さんの元気だったころに会いたい。ぼくも、この一文を、いつか、ローバの充実で書いてらっしゃったものを、ぼくも、お借りしたことがあります。
そうなんですよね。
身内が病気になると、元気だったころの、あのひとに会いたいってなるんですよね。
この一文が、すごく、わかりまして、ぼくも、母を介護していたときのことを思い出しました。
馬さん。仕事をして、悪くなったんだから、後悔はなかったと思いますよ。
馬さんのしたいことを許してあげた、ローバさま!立派です!!
作者からの返信
私ね、風さんがお母さんの介護してらしたことを知ってから、いつも義母の介護をしてた時のことを思い出すんです。
嫁ですから何となく当たり前のような気でいましたけど、風さんが、それも男性が母親の介護をするって、本当に大変なことだろう、半端な気持ちじゃ出来ないだろうな、などと思ったりしました。
よく頑張りましたね、なかなか出来ないことですよ、尊敬します!
介護って弱弱しい姿を見ますから、元気だった頃が懐かしくて悲しくなるんですよね。
馬さんも仕事を続けられて、喜んでどんなに辛くても頑張ってやっていました。
やめてくれたらありがたかったけど、妥協するしか仕方なかったんですよね。
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
いや〜、馬さんの気持ち、わかりますよ。
男は、仕事を取られたら、残るものはありませんからね。
仕事をしたいという馬さんの気持ち、わかってやってくださいな
作者からの返信
仕事大好き人間の馬さんに押し切られて、私たち家族は苦労しました。
でもその何倍も、いや何十倍も幸せに暮らさせてもらいました。
大病したからもうのんびり過ごしてほしいと言っても、それは馬さんへの本当の親切ではありませんでしたね。
どう生きるか、何が幸せか、なんて傍から見ても分からないでしょう。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
ローバちゃん。
馬さん、家族の為に一生懸命頑張って生きてこられたんですね。
ローバちゃんと言う素敵な伴侶を得て、山あり谷ありだったかもしれませんが本当に幸せな人生だったと思います。
素敵なご夫婦だと思いました。
なんてったってローバちゃんの洒落っ気たっぷりの心意気が、辛いことも笑いに変えてその生き方が素晴らしいと思います。
私も見習わなくっちゃ!
本当に心に沁みるエッセイでした。
悲しみは癒えないと思いますがよくぞ書いて下さいました。
読ませて頂きありがとうございます✨✨
ご冥福をお祈り致します。
作者からの返信
のこちゃん、ありがとうございます。
馬さんにもきっと伝わっていることでしょう。
55年以上も一緒だったんですからね、よくもまぁ長くいられたもんだ、と笑っちゃうくらい。
その長い期間を振り返ってみると、辛かったこともあるけどその何倍も良かったことが思い出されます。
本当に山あり谷ありでしたね。
私はぬるま湯につかった平凡な人生がいい、とずっと言ってたんですけど、娘は絶対にイヤだ、山や谷があるから人生は面白いのだ、と言います。
夫の頑張りのお陰で、私は望み通りぬるま湯に浸かって暮らしていたけど、人生後半になって湯冷め状態で風邪をこじらせてしまったよう。
でも、何とか回復出来て又ゆるゆると余生を過ごしている、というところ。
いい人生だったと思う、と、のこちゃんに言っていただけて、とっても嬉しいです。
私も最期には、子供達に「幸せな人生だったね」と言って送ってもらえるようでありたいな、と夫を見送った時に思いました。
11話まで長いのにね、よくお付き合いくださいました。
ありがとうございました。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
素晴らしい作品でした。88chamaさんにしか書けない傑作でした。苦しくても辛くても、苦労を苦労と思わずに愛情と知恵とユーモアで乗り越えてゆく勇ましい半生記に感動しました。読み終えて暖かい頬笑みを分けていただいたような気がします。
読ませていただいてありがとうございました。
作者からの返信
邦子さん、最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
苦労があってもユーモアで乗り切っていくって、これは馬さんから自然と教えられ身に付いたものだと思います。
私は元々は楽天家でお気楽な人ではなかった筈でした。
落研に入って落語に夢中になって、そして結婚した相手が噺家になりたかったような人で。
その人がけっこう苦労人で、でもその苦労を笑い飛ばす人で・・
そんな人と半世紀も一緒にいては、感化されてしまったんでしょうね。
読み終えていつの間にか微笑みが…などと嬉しいことを言っていただけて、何とお礼を言ったらよいでしょうか。
こちらこそ、ありがとうございましたと、声を大にして言いたいです。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
姉様、よく寄り添ってやりきりましたね。
すごいです。
ボンビーでも人情があればいいんですよね。
最後はやはり情だとつくづく思いました。
作者からの返信
菜の花さん
介護・看護のプロである大先輩の菜の花さん、
最後までお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
薬を飲ませる時、高熱が出た時、おむつ替えの時、体を拭いてあげる時‥等々、何だか菜の花さんに教えてもらってるような気がしました。
それっ、姉さんもっと足を持ち上げてぇ、腰に手を添えるんだよ、身体サッサと拭かなきゃ冷えちゃうでしょが・・
空想好きのローバですからね、看護の目が光ってるような気がしましたよ、そして励ましてもらってるような気もね。ありがとうございました。
プロの菜の花さんからレビューコメント書いていただいて、本当に嬉しかったです。
心から感謝申し上げます。
第10話 ボンビー葬儀への応援コメント
そうですよ! 子供たちに囲まれて、きっと馬さんは喜んで旅立たれたと思います。いいなあ。羨ましいです。素敵な御葬式でしたね。わたし、まだ泣いてます。止まりません😅
作者からの返信
バブルで我が家が景気良かった頃だったら、馬さんはきっと派手なお葬式をして見送って欲しかったと思います。
それなりに仕事での付き合いやら、いつも人にけっこう囲まれて過ごしていた人でしたから、それらの人々に惜しまれて(ここが大事と言いそうです)逝きたかったと思います。
それなのに、それなのに・・ですよね。
倒産直後だったら、もうちょっとだけマシなお葬式になれたかもしれませんけどね。
ちっぽけな、とかチンケなとかの名がつくお葬式でしたけど、仲の良い兄弟姉妹たちがもっと仲良くなって、力を合わせて見送り、大笑いしながら父親の話に花を咲かせて献杯している姿に、嬉しくて胸がいっぱいになりました。
第10話 ボンビー葬儀への応援コメント
ローバちゃん。
今は家族葬が主流で、家族が集まっての葬儀がやはり一番心がこもっていると思います。
ローバちゃん、子供達が力になってくれて有難いですね。
馬さん、家族に囲まれてきっと喜んでいらっしゃいますよ。
作者からの返信
♬ 小さなお葬式~ ってCMがしょっちゅう流れてましたから、家族葬がけっこう流行ってるんだな、って思っていました。
うちはボンビーだから小さくやりましたけど、義弟のところは裕福でも10人ほどでこじんまり。
色々とやることばかり多くて面倒だからと言っていました。
本当にそうですよね、悲しみにくれてる暇がないほど忙しいんですものね。
だんだん派手なお葬式ってやらなくなりそうですね。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
ほんとうに頭って重たくて、でもボーリングを思い出す88chamaのセンスの良さに笑いました。こんなに優しく楽しく介護してもらえた、馬さんはお幸せだったと思います。わたしもこんなふうに介護出来ていたらと、亡き両親のそれぞれの最期を思い出して泣きました。
作者からの返信
介護とか看護とか、これで100点満点!なんて言えないと思います。
相手がどうでもいい人?ならそうでもないけど、大切に思える人なら本当にこれで良いのか、まだやってやれることがあったんじゃないだろうか、などと悶々とすると思います。
私のような老々介護の場合は特に、やってあげたくても自分の身が危ないからか、そこを先ず考えなくてはなりません。
娘も手伝ったくれましたけど、殆どが私ひとりです。
やれることに限りがあるので(たとえ他の人だったらもっと出来るだろう、と思えたとしても)子供達もみな納得してくれました。
家に居られる、それだけでもう点が稼げると思うことにしました。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
ローバちゃん。
馬さんが天国に召されたこと知らなかったです。
もう、読んでるうちに泣けてきました(´;ω;`)ウゥゥ
ほんとにローバちゃん、最期までしっかりおうちで看護されて良く頑張られましたね。
馬さん、幸せだったと思います。
先生が驚かれるくらいにローバちゃんが誠心誠意、愛情たっぷりで介護されてたのが伝わります。
作者からの返信
のこちゃんへの返信、飛ばされていました、いま気が付きました。ごめんなさい
介護も看護も満足なものだったかは分かりませんけど、老体鞭打って、と頑張ったつもりですから、自分なりに満足しております。
自宅で看取るって、相当な覚悟がいるんですね。
たった2か月ほどで逝ってしまいましたが、これが長い間続いたら・・きっと優しくなんて出来なかったことでしょう。
それを察知して、馬さんはちょうどいいところでバイバイ!したんでしょう。
娘も、お父さんの去り方は見事だったね、と感心しきりです。
編集済
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
身内のことを色々と思い出しながら読ませて頂きました。
「無ければ無いなりに」の精神と、旦那様やご家族との関係がとても素敵です。
ご冥福をお祈りいたします。
読ませて頂き、ありがとうございました。
作者からの返信
幸まるさま
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
「無ければ無いなりに」って、為せば成るにちょっと似ているような気がしている私です。
ボンビーになった時、こんな時こそそう思わなければと心したのが効いていました。
お金の有無ではなく、最後はやはり家族仲良く、が一番ということになりました。
無いなりに、といっても力を合わせなければ出来ないことでしたのでね。
辛気臭い、景気の悪い話にお付き合い下さって、コメントもお寄せいただきとても嬉しかったです。
ありがとうございました。
第9話 ボンビー介護と看護への応援コメント
そうだったんですね。
馬さん、きっと幸せだったとしか思えないです。
あのね、病院で亡くなった方は数え切れないくらい出会いました。
最後の最後まで意味あるのかと思う治療をして、看護師がいたってほんの少しの合間だけ。
在宅で家族に囲まれてた方は最後にお顔を見にいかせていただくと、そりぁまあ、
柔和で、、。
意識も朦朧としながらも、家族の会話やらバタバタした音やらご飯の匂いなんぞが
身近に感じられるのが、やはり違うんだと思います。
前回のコメントで余計な事を書いてしまい、ごめんなさいです。
姉様のお身体が大丈夫なのかしらと心配のあまり、、、。
作者からの返信
前回いただいたご親切な、ご丁寧なコメントに、心から感謝いたしました。
看護師さんでたくさん経験されている方のお話は、本当に為になります。
看護師さんをつねずね敬っている私ですから、尚更のことです。
コメントのひとつひとつに、そうなの、うちの場合は・・などと頷きながら、実は馬さんは、と言いたかったんですけど、ネタバレになっちゃいますからね、言わずじまいでした。
先に結末言ってしまっては、ただでさえ物足りない文ですからね、11話まで引っ張らなくっちゃなりません。
そんな訳で、申し訳ありませんでした。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
馬さん、頑張りました!
そして、いつも、すばらしい奥さんがそばにいて・・本当に良かったですね。
ご冥福を心からお祈りいたします。
作者からの返信
永嶋良一さま
最後までお付き合いくださいまして、そしてステキなレビューコメントまで書いてくださって、本当にありがとうございました。
心から御礼申し上げます。
素晴らしい奥さんがそばにいて・・・と言っていただきましたが、褒め過ぎと違いますかしら・・と言いつつも、すごく喜んでおります。
馬さんもきっと嬉しいでしょう。
カク友の永嶋さまが、これからも良き友でいてくれますように、って言ってますが・・聞こえますかしら?
老婆の幻聴だって? そんなバナナ グスン また鼻かぁ・・きったねえ婆さん、ご冥福をって言ってるのにふざけちゃダメだぞ!
メンゴメンゴ 嬉しいとつい調子に乗るもので・・・
あ、馬さんいなくなって喜んでるのとちゃいまっせ
🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇🙇
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
うちもよく義母が昔は何かといえば義父が仲間を連れて帰ってきて、やれ酒を出せ、つまみを出せとうるさかったと言っていました。
ローバ様の義父様は、人から頼られる人格権だったのでしょうね。
作者からの返信
昔は呑兵衛さんや亭主関白殿達には、いい時代だったかも知れませんね。
毎日どこかで飲んだくれてね、家族の迷惑なんて知ったこっちゃない、てな感じです。
女性たちは我慢の時代でした。
うちは父が本を読みながらチビリチビリやる方だったから、嫁いできて、親戚が集まっては宴会場のようになるのを見て、まるで別世界だ、と思いました。
義父が面倒みたからか、みんな義父を持ち上げて?いました。
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
馬さんが家に帰りたいと言われた気持ち、分かります!
それに応えられた千鳥姐さんも立派!
作者からの返信
毎日、仕事に行く前に病院に寄って見ていた娘が、絶対に父親を連れ帰る!と言い張りました。
私は老いたる身ですから、介護や看護にはどれだけ出来るか自信がありませんでした。
安請け合いはしてはいけない、と思いながらも、帰れると思い込んでいる本人を見ると・・ねぇ。
共倒れ覚悟、でした。
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
幸まるお姉さまへの返信を拝読しました。なんとも酷い話で、やるせないです!
でも、うまく事が運んでよかったです。
千鳥姐さん、頑張りましたね👏
作者からの返信
遭難です、エヘヘそうなんです、危ないところでした。
立退料の相場がいくらか知らないですから、もし22万円とあまりにも低い金額でなかったら、きっとスンナリとサインしていたかも知れません。
知識がないということは泣きをみることに繋がりますねぇ。
情報はしっかり得ておくものだと思いました。
相談に乗ってくれた人が親切で助かりました。
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
こういう不幸って・・重なるんですよね。
作者からの返信
お金がお金を呼び・・ってなことなら嬉しいですけど、不幸が不幸を呼んでくれちゃって、どうしてくれるんじゃぃ。
そう怒りたいですけど、仕方ないですね、自ら招いた不幸かも知れませんからね。
編集済
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
うわ~、馬さん、頑張りますねえ👏
この時代の日本人って、みんな、馬さんのように頑張っていたような気がします。
作者からの返信
遭難です、そうなんです。
エコノミックアニマルなんて揶揄されてましたね。
日本がどんどん成長していった時代でした。
周りではみんな、それ行けやれ行け、ってな感じで、景気良かった時代でした。
第3話 いつのまにかボンビーに 2への応援コメント
本当に24時間、戦っていたんですねぇ。
私には無理ですけど。
作者からの返信
いい時代だったからかも知れません。
うちの場合は自営でしたから、働けば働いた分、見返りがあったからでしょうか。
会社の為に働き過ぎて、過労死が問題となったりしましたね。
過労死にはならなかったけど、過労で突発性難聴でダウンして、片耳が聴力なくなりました。
でも、本人は満足?!だったんですからね、なんていう人でしょう。
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
ローバ姉様。
あのう、もう積極的治療はされないと言うことなんですよね?
ならば、緩和ケアのある病院との関係を持たれてはいかがでしょうか。
ただし、緩和ケアへの入院は条件がありまして。
在宅でのお世話が限界の時にはいいと思います。
緩和ケア病棟は自由度が高いですし、苦痛の緩和を中心に考えてくれますよ。
例えば、痛みなどが強くなったときは、やはり麻薬を使う方がご本人にとっては楽だと思いますが
これは、麻薬取り扱い資格の医師しか処方できませんし、老健などでは処方できません。
ケアマネ時代に在宅で最後まで暮らされた方もおられましたが、往診医の先生も良い方で。
あまり、抱え込まないでくださいませ。
作者からの返信
7月の末に救急で入院するまでは、抗がん剤の薬を飲んでいました。
年ですので強いのはダメで、弱いものだったようです。
足の付け根の所に、リンパに転移したと言われてから、2年ほどたっていました。
そろそろ限界というところまで来ていたんだと思います。
救急で運ばれた病院からかかりつけ医の病院へ転院しましたけど、次の行く場所を探すように言われました。
最期は緩和ケアとなるでしょう、とも言われました。
救急で運ばれた病院ではCTとったりして、頭の詳しい検査が行われました。
本人の一番の心配事だった認知症は、脳外科の先生がノーと太鼓判を押してくれたので、私達はとても喜びました。
でもかかりつけの病院では夫を認知症と決めつけて(片耳が聞こえないので聞き取れないこともあるんです)、老人ホームを勧めます。
あまりの決めつけに娘は怒って、何としてもお父さんを連れ帰りたいと頑張りました。
意地でも家で看取りたい、とみんなが思ったのです。
(悲しい気持ちを逆なでするような病院の態度が、我慢ならなかった)
そして家での介護と看護が始まりました。
私の頑張りがどんなだったか、看護師さん達にどれ程よくしてくれたか、を書きたかったんですが文字数が限定されてて、詳しくは書けませんでした。
明日、残りの3話を更新します。
私の気持ちが伝わってもらえるといいな、と願っていますが・・・
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
いつも明るくて前向きでしなやかな強さに憧れます。カッコいいです!
作者からの返信
落語でね、
どうしようもない時にやぁ笑うしかない
しょうがねえなぁ、うどん食って寝ちまおう
って台詞が出てくるんです。
そのせいかどうか分からないけど、そのうどん食って寝ちまおうの精神が身についてきたようで、前向くしかないから、、前向きなんでしょうかね。
何かちょっとわからない、ってサンドの富澤さんに言われそうなコメントで申し訳ない、デス。
カッコいい、だなんて・・照れるなポリポリ、です。
ありがとうございますm(__)m
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
なんて立派な馬さん!
神様はときどき意地悪ですね😢
作者からの返信
舞台劇だったら、ここで大声で言うんでしょうね。
「ああ、神も仏もないものか!
こんなに家族のことを愛し、盆も正月もなく働いてきたのに、この仕打ちか!!」
なんてね。 ふざけてる場合じゃないよローバさん、って邦子さんに言われるかな? テヘッ
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
何故、真面目な人は元気な限り働こうとするのでしょうね。まわりはのんびりして欲しいのに。
作者からの返信
夫は前世は働きバチだったんじゃないでしょうかね。
もしかしたらマグロだったかも?
お正月くらいは仕事しないでもいいでしょ、と家族に言われるので我慢しているんですけど、機械を見に行ってくるって出かけるんです。
自動で働いている機械(高圧電流?が流れている線が、自動で分厚い鉄を図面通りに切断してくれるんです)を見に行くんです。
よほどのことがない限り、きちんと出来上がるのに・・自動ってことは作業員は不要ということなのにね。
高い設備投資が無駄ですよ~、って陰口が・・アハハ
第3話 いつのまにかボンビーに 2への応援コメント
世は高度成長期でしょうか。サクセスストーリーですね。素敵です。
作者からの返信
体よく言えば、サクセスストーリーと言えるかも知れません。
小さな町工場でしたから、よく「ゴミみたいな会社」と自虐のような表現をしていました。
そんなゴミみたいな会社が、日本でその業界の何本かの指に数えられる大企業と、直に取引できるようになったんです。
下請けとか孫請けとかではない、のが嬉しかったようで、夢はウエストがキュッと締まってハイヒール履いた秘書さんがいる会社になりたい!!でした。
トドもどきの妻は、ただでさえ焼きもち焼きですからね、密かに成功しませんように!って祈っておりました。
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
そんな狭いところに大勢で住めることに驚きます。物理的に無理では、と考えること自体がナンセンスですね。昔の人は強かったんですね。
作者からの返信
邦子さん、それがあるんですよ、信じられない程の住まい方が。
テレビでアンミカさんが、昔貧しかった頃、押し入れがベットがわりで、上の段に2人、下の段に3人寝てたんだそうです。
アンミカさんは、3人並んだ真ん中で、両手が伸ばせず胸の上で交差させて寝ていたそうです。
なので、その習慣から普通にベットで寝ていても、両手を交差(胸を抱くような)することがある・・とか・・
バラエティー番組で、貧乏自慢のようなテーマでしたから、話を盛っていたかも知れないけど、本当よって言ってましたからね。
辛かったでしょうね、って勝手に思ってしまうけど、楽しいネタになれて良かったね、とも思います。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
久々のエッセイですね。楽しみに待ってました。わたしもボンビーどころではないキング・ボンビーなので(ボンビーもキング・ボンビーも桃太郎電鉄というゲームにで出てきます)他人事とは思えません。
作者からの返信
ボンビーって言葉、桃太郎電鉄というゲームで知られてるんですってね、知りませんでした。
言いやすいですよね。
ボンビーでもなんでも、キングまで上り詰めれば最高じゃん、って・・とは言えないですよね。
なるべくボンビーはゲームの世界だけにお願いしたいもので。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
お久しぶりです! 待望の新作
ヨッ 待ってました!
作者からの返信
「ヨッ 待ってました!」の嬉しい掛け声、ありがとうございます。
すぐさま「つまんねえぞ、ひっこめぇ~」の掛け声も出てこないように、と。
心配だなぁ~ だって貧乏自慢のような、辛気臭い話ですからね。
こうぱぁっと、いこうじゃないの、景気よくさぁ
って言われちゃう、かも南蛮?
下手な駄洒落で、えへへ、ごまかしちゃってる😅
第8話 ボンビー介護が始まった への応援コメント
ローバちゃん。
やはりご主人、家に帰りたいと思われますよね。
ローバちゃん、その想いを汲んで在宅で介護しようと決心されたのですね。
凄いです⤴⤴
その決意が尊いです、が、なかなか家での介護は大変ですよね。
作者からの返信
自宅で看取る、それもこんなヨレヨレで自分のことも覚束ないっていう人が・・って、そう考えると迷いました。
救急で運ばれたR病院は、家のそばのバス停から病院までバスで1本、殆ど歩かなくてすみましたから、毎日お見舞いに行けました。
でもかかりつけの病院へは、なかなか行けません。
もし老健や老人ホームなどに決まったら、もっともっと様子を見に行ってやれません。
長くはないと分かっていたので、それならば私がお手上げになるまで頑張ってやろう、と家に連れ帰ったのです。
お正月まではとても無理だと言われたけれど、まさか10月で逝くなんて・・
自宅だったから?‥私の看護だったから?・・と悔やまれるところもあるけど、子供達はそれでも正解だったと言ってくれます。
皆がそれぞれ出来ることをやったのだから、と納得できて悔いなく見送れました。
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
ローバちゃん。
>結果はボンビーな家族の納得のいくものとなり、何事も馬さんに頼りっぱなしだった自分にも、やれば出来るものだと嬉しかった。
うわぁ、ローバちゃん、突然の立ち退き要請に嘆く暇もなく色々相談所などに出向いて頑張りましたね。
本当にご主人の病気から更なる苦難で大変でしたね。
良く乗り切られました。
作者からの返信
のこちゃん、このところコメントを書くのに、私のPCが面白いんですよ。
父さんって書きたいのに、すぐ倒産って変換されちゃうんです。
で、倒産と書きたいのに父さんですからね、アハハ、ローバはPCに遊ばれちゃっています。余談でしたm(__)m🙇
さて、立ち退き料の交渉の話でしたね。
最初に書類を持ってきた人はうんと若い人でした。
次に来た人は如何にも不動産会社の立ち退き要請専門家(そんなのある?知らんけど)のような風貌。
一瞬こわっ、と思ったけど、そこは私も取り立て屋さんで強面氏と話すのは経験済み。
何が吉となるかわからない、ってとこですよねぇ。
でも、人は見かけで判断してはいけない、話せばわかる、というもののようで・・
その人に我が家の状況を聞いてもらったのが良かったようです。
同情をかうつもりではなく、病人の通院の都合で引っ越し先が、いつでもどこでもよいというわけにいかないこと等を聞いてもらいました。
老婆の熱弁? いや、ウダウダと長い話に負けちゃったかな?
でも自分でもやれるんだ、という自信が嬉しかったです。
世の中で誰にも頼れず、悩んで泣いている人に言って差し上げたい。
周りを見て、頼れそうな人に頼りなさいね、公の所に相談に出かけなさいね、きっと何とかなるからね、などと、ちょっと出来たからって得意になってるローバ、笑っちゃうでしょ?
でもね、夫ベッタリの人から成長したんでね、嬉しかったんです。アホでしょ?
第6話 更なる苦難 1への応援コメント
ローバちゃん。
>息子達の手助けも断って、責任は自分で取るとの宣言通り術後の身体に鞭打って、僅か十日余りで工場の機械の処分やら、一切合切を全部一人で成し終えた。
最後の力を振り絞っての1人で全部成し終えられた馬さんを思うとほんと昭和人間の男らしさを見るようで涙ぐみそうです。
鉄の人・炎の馬さん、カッコいいです。
でもその時だけで元の馬さんに戻ってしまわれたのは悲しいですね。
作者からの返信
我慢の人でしたから、恐らく痛いとか辛いとか弱みを見せたくなかったんでしょうね。
何しろ金型製造で鉄を扱うものでね、自称「鉄人」なんですよ。
でもね、術後は別人28号だね、って私達は陰で言ってましたけど ウフフ
カッコイイ、なんて言ってもらっちゃぁ元気百倍ですよ。
ブタも煽てりゃ木に登る、ってね。馬さんは煽てに弱い人でしたからね。
そんな人が、煽てても全然のってこなくなっちゃったんですからね、ひどいものでした。悲しくなりコッソリ泣いてばかりいました。
第5話 再出発でもっとボンビーにへの応援コメント
ローバちゃん、こんにちは😊
「自分から仕事を取ったら認知症になる」と言う馬さんの気持ちはわからないでもないですが、やはりローバちゃんとしては今まで頑張って来たんだからゆっくりして欲しいって気持ちがありますよね。
しかもその仕事の往復に時間とお金がかかるとなると尚更です。
作者からの返信
同居してた頃の認知症だった母親の姿に、だいぶショックを受けていたようで、認知症をとても怖がっていました。
絶対になりたくない、そればかり言っていましたから私達も「自分から仕事を取ったら認知症になる」って、真剣に訴えられたら勝てはしませんでした。
私達親子にいい思いをさせてやりたいと言って、一生懸命に働いていたのに、今度は仕事することが無駄だから止めろ、なんて勝手すぎかも知れません。
ま、仕方ないかって、私達も協力することにしました。
たまには大きな仕事でプラスもあったけど、赤字か、よくてトントンでしたね。
第7話 更なる苦難 2への応援コメント
今年、前に住んでいた所の立ち退き要請で引っ越しせざるを得なかった身としては、あのなんとも言えない、期限に迫られる焦りを思い出してしまいました。
旦那様の具合が良くないとなると尚更のことですよね。
お疲れ様でしたと言わせてください…。
作者からの返信
立ち退き要請で若い男性が訪ねてきました。
提示された金額に驚きました。
私はそれほど欲深い人間でないつもりですから、ごねて金額を吊り上げようなんて気はさらさらないんです。
でもね、家賃が月に十数万円で、そこについ先ごろ契約更新料を支払ったばかりなのに、提示された料金が二十二万円って??ビックリです。
馬さんは契約書類を読みもしないで、サインしようとしてるんです。
手術後で気力が全くなく、面倒だったんですね、危ないところでした。
立退料って常識的には家賃の何倍か、ですよね。
相手都合なんですから、幾らかは納得いく額というものでしょう。
ここはひとつ、私が頑張らなくっちゃ、と、それまでは全て夫に頼りっきりで、子供の事だけに専念していた私でしたが・・
お婆さんと舐められないように、少しは勉強して臨みました。
結果は上々でした。
立ち退きは猶予期間が3~4か月あり、その間は家賃は不要とのことで、転居先も目と鼻の先に決まったので、大きいものは引っ越し屋さんに頼んで、後はゆっくり暇なお婆さんがボチボチ運びました。
不思議と馬さんも力を発揮して、ごみ処理の会社まで何往復もして活躍しました。
寝たり起きたりの人が、使命に燃えた?と喜びましたが、すべてが落ち着いた頃に燃え尽き症候群??? となりました。
今では懐かしい思い出です。
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
ローバちゃん。
馬さん、大活躍で頑張っていらしたんですね。
リベンジ精神に燃えた江戸っ子の馬さんの気持ちは分かる気がします。
私が昔勤めていたスーパーもあの頃は個人商店しかなかった時代に先を見越してスーパーを一代で築きあげられて大繁盛でした。
が、大手スーパーが田舎にも入ってきてとうとう倒産してしまわれたのです。
倒産と言う言葉があちこちで聞かれるようになったのもこの頃です。
一気に厳しい時代になってきましたよね。
作者からの返信
馬さんとこの会社は、過去に二度もあったオイルショックにも負けず元気でいられたんですけどね、流石にバブルが弾けてしまってはどうにもなりませんでした。
贅沢が身についちゃってしまった人たちは、本当に困ったでしょうね。
うちは私が贅沢できない人でしたから、生活レベルが下がってもそうそう困りはしなかったけど、何しろ家や工場や機械設備にお金かけてしまってましたからね、返済に窮したわけです。
ボンビーになって、更に大変なこともやってきます。
明日も続きがありますが、宜しかったらお付き合いくださいませ。
編集済
第3話 いつのまにかボンビーに 2への応援コメント
ローバちゃん。
みんな朝早くから夜遅くまで懸命に働いていたんですよね。
高度成長期真っただ中。
そんな世の中でしたね。
作者からの返信
日本人はエコノミックアニマルとか言われたり、働き過ぎが外国からとやかく言われた時代がありましたね。
どんな言われ方しようとも、みんな一生懸命に働いていました。
好景気に沸いていましたから、働きづめでも馬さんにとっては楽しくてたまらなかったようです。
朝から気合を入れて出かけ、帰って来ては良く働いた自分を褒めたりして喜んでいました。
単純な馬さんでした。自分の為でもある働きでしたけど、やっぱり家族の幸せそうな顔を見ることに、一番の喜びを感じる人でしたから頑張れたんでしょうね。
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
ローバちゃん。
昔は大家族でしたよね。
狭いながらも楽しい我が家、そんな時代でしたね。
私が生まれた頃は我が家も大家族でした。
祖母、父、母、姉二人、叔父2人、叔母2人に私が生まれて10人でした。
(祖父は私が生まれる前年に亡くなっていた)
作者からの返信
昔は大家族が普通でしたね。
10人なんてザラでしたもんね。
お爺さんお婆さんがいて、のび太がおばあちゃんに甘えるシーンのようなこともありました。
子供たちにとっては、とてもいいことだと思いますが、どうでしょう。
お嫁さんにしてみれば、舅小姑の問題もありますからねぇ。
部屋の数に余裕があるよりも、心持に余裕がある方がずっといいですものね。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
ローバちゃん、こんにちは😊
うわぁ、新作ですね。
又ローバちゃんの作品が読めて嬉しいです。
でも無理のないようにネ。
貧乏をボンビーと言い換えるだけでなんだか楽しくなりますね。
さすが明るく乗り切るローバちゃん。
ボンビーと言う言葉を生み出したローバちゃんに拍手!
私も長~い間ボンビー生活経験済みです。
作者からの返信
のこちゃんも「流転の時」で知りましたが、本当にご苦労されましたよね。
金銭の問題での苦労は勿論したくないですけど、それ以上に辛い出来事がありましたね。
よく乗り越えてこられたと、すごく感心し、すごく感動もしました。
でも、のこちゃん、今がとっても幸せと思える状態であれば、その苦労は今日の幸せの為にあったものだと思えるようになりませんか、どうでしょう?
私はそう思えるんです。
結婚してずっと何も苦労なくこれたら、それはそれで良きかな、ですけど、今のような幸せな状況に感謝する気持はきっと、足りなかったと思いますからね。
のこちゃん、ボンビー生活の話はまだ続きます。
11話まであと2/3あります。お付き合いお願いします。
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
人口密度めちゃくちゃ高いですね!
本人達は楽しいのでしょうが呑兵衛さん達には、静かにするという感覚は抜け落ちているので大変な勉強時間ですね(・_・;)
作者からの返信
工場の跡取り息子の馬さんでしたので、工業高校へ行っていました。
当時は大学に進学する人のいない(二人位はいたそうです)高校でしたから、大学受験なんて考えてなかったのに、父親がこれからの世の中は大学へ行っとかなきゃ、って強く受験を勧めたんだそうです。
本人もその気になって勉強始めたっていうのに、ねえぇ~
如何なものでしょうか、この父親兄弟たち!!
狭いながらも、本当に明るく楽しい家庭だったようです。
叔父さんや叔母さん達が、みんなで面倒見てくれたり可愛がってくれたり・・
昔の平凡な家庭、そんないい時代に私達は育ったんですよねぇ。
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
バブル崩壊でどう舵を切るか、それでその後を大きく左右しましたものね。バブルにしがみついていた人たちは大変だったのではないでしょうか。上手く舵をきれたものだけが生き残った記憶です。
江戸っ子フナっ子こつぶっこ。私は生まれも育ちも尼っ子です。なんじゃいおどれらいてこますぞわれぇ〜ってなもんですわ。(どんなもんや!)
作者からの返信
なんじゃいおどれらいてこますぞ~の「尼っ子」でしたか。
ローバは、なんじゃこの「甘っ子」が何さらしとんじゃ、っていう「あまっ子」かと思いました。
「あま」が違っとりました。でも「あま」は料理では大切ですよね~
って、まだボケかましとるやないけ、ボケぇ~
ああぁ、永嶋さまのコメントでよく出てくる「ボケぇ発言」が移っちゃって、困ってしまってワンワン・わわん いい加減にせい!!エヘヘ🙇
第3話 いつのまにかボンビーに 2への応援コメント
何をやっても上手くいったバブル期ですかね?リゲインのCMの曲が流れて来そうです(´・ω・`)黄色と黒は勇気のしるし二十四時間戦えますか! ビジネスマ〜ンビジネスマ〜ンジャパニーズビジネスマ〜ン♪
作者からの返信
スイスイスーダラダッタ スラスラスーイ、ってとこでもありました。
ぼっちっちちゃまには・・お若くてわっかんないかなぁ??
リゲインではなかったけど、馬さんもドリンク飲んで頑張っていました。
本当に仕事がたくさんあって、寝ずに働いている日がありました。
金型製造で鉄を加工してましたから、自ら鉄人と称して張り切っていました。
大病してからは鉄人の馬さんは別人28号になっちゃいましたが。
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
今はほとんど無くなりましたが、昔は夜逃げとかありましたからね。しかもわりと頻繁に。テレビドラマにも「夜逃げ屋本舗」なんてものがありましたものね。
そして不思議なのが、お金がないと言いつつお酒やタバコなどはやめないという。ね。突き詰めれば現代の貧乏はまだ人としての文化レベルは保たれている気もします(´・ω・`)
作者からの返信
「夜逃げ屋本舗」見てました。その頃は景気の良かった我が家でしたから、夜逃げする人の気持ちはそんなに分かりはしませんでした。
ドラマとして見て、うまく逃がしてやってぇって思うくらいで。
取り立て屋だってドラマの中でのことだったのに、現実になったんですからねえ、トホホですわ。
でもね、ワタシ、取り立てに来たお兄ちゃんに褒められたんです。
そのお兄ちゃん、金のネックレスや腕輪を見せびらかせて言うんです。
「お母さん、幾つかこんなもん持ってんじゃないのぉ~?」ってね。
ワタシそれに応えて
「友達が毛皮とか首輪とか勧めてくれるけど・・・そんなのしてたらマタギに間違われて撃たれるわ・・」ってね。
そして少し世間話していたら
「お母さん、アンタ偉いわ。皆こんな時には泣いたりわめいたり、旦那に文句言って喧嘩したりするのみてるけど・・明るいからねぇ、驚いたわ」
「うちもオヤジがな、すげぇ借金して倒産したけど、今は外車何台も乗り回してんからな・・お母さんとこもそうなるよ」
って励ましてくれたのよ。
ほんとはワタシ、心の中じゃブルブル震えてたんだけど、気の小さい次男がメンタル弱いんで、強い母さんを演じて見せつけてたのよね。
長男がしっかりしていて心強かったってのもあったけど。
兄嫁が、甘ったれのきみちゃんだと思ってけど、大人になったんだねえ、って感心されたけど、崖っぷちに立てば誰でも、生きたいと強く思えば意外と頑張れるんじゃないかな、ってその時に思いました。
夫の肩にべったり寄りかかっていた身だったけど、夫の最大のピンチだものね、一緒に頑張らなくっちゃ女が廃るってもんよね。
あのね、ある程度の財産を確保して計画倒産すること勧められたり、親会社がタイに行くにあたってうちの技術を教えてあげたり(社員を長い間うちの工場で指導しまくりましました)したんだけど、秘伝の(それほどのもんか?)技を教えるんだから2億くらい請求しなよ、って言ってくれる人もいたんですよ。
馬さんったら、超零細企業が天下のF社に、直に取引させてもらえてた恩に報いると言ってしませんでした。
ワタシの喉はって? 手がちょっとだけ出ているのが見えてたかも。
そんなことが書いていて色々と思い出されました。
ダラダラと長くなってしまい、お付き合い下さって申し訳ありませんでした🙇
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
ローバちゃん
介護って、とにかく精神が削られますよね。お金と時間をやりくりして上手く使って、当然体力も使うわけで色々と疲弊してくるのです。
何がボンビーって、懐もそうかもですが、心も体力も余裕なんてないものですよ!!
うが〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
て、叫びたくなること、ありますよね。
昨日、録画していた「ちりとてちん」を観ました。冒頭のラジオで流れてくる草若の「愛宕山」の一節がとっても懐かしくって、思わず真似ておりましたよ。
野辺へ出てまいりますと春先のことで、空には雲雀がピーチクパーチクさえずって、下は蓮華たんぽぽの花盛り。陽炎がこう燃え立ちまして、遠山にはすうっと霞の帯をひいたよう。麦が青々と伸びて菜種の花が彩っていようかという本陽気。やかましゅう言うてやってまいりますその道中の、よ〜きなこと!!
気持ちいい!!
作者からの返信
あ~ 久しぶりに本調子の落語を喝丼師匠に聞かせてもらいました。
落語の地の語りって、物語を書くのと同じように思えませんか。
野辺へ出てまいりますと春先のことで~
などの部分を上手な噺家さんにかかれば、頭の中にその風景がす~っと浮かんできますものねえ。
ここは前座見習い程度じゃ、いけませんやなアアタ。ねぇ
喝丼師匠、介護もうまい人とか手慣れた人だと、受ける方もよろしいんでしょうけど、おむつ替えひとつでもスムースにいけるかどうか・・
義母の時の経験があったので、何とかそれなりに出来ましたが、今回は夫ですからね、お互いにちょいと抵抗がありそでなさそで・・
でもそう思っていたけど、そんな心配はモーマンタイ!
介護や看護は、何とかしてあげたいって気持ちがあれば、ホント何とかなるものだなって思いました。
病気知らずでしたから看護ってどうしたらいいか分からなかったんです。
看護師さんの素晴らしさに感動しました。
編集済
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
パワーあるなぁ。ぼく、もう近況ノート書くので、いっぱい、いっぱい。
11話も、お話書けるって?
へぇ〜、やっぱ、江戸っ子は、違うねー!
(江戸っ子風)
作者からの返信
風さん、文字数が一万に限られてるので大変なんです。
何でも書けばいいってもんじゃないので、ダラダラとなる癖に気をつけなければならないのよね。
風さんだって文学賞に応募してお分かりだと思いますけどね。
本当に書きたいこと、聞いてもらいたいことがある時って饒舌になりますよね。パワフルになれるんですね、お婆さんでも、デス
江戸っ子は三代続いて江戸っ子と言えるんだとか。
そうなると似非江戸っ子ということになる馬さん夫婦です。
てやんでぇ、こちとら江戸っ子だい!
そんな啖呵きってみたいものですが・・ね。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
ほんとだ!ボービンだ!
考えたこともなかった!
作者からの返信
ローバのことを母のように慕ってくれる大切な風さん。
ボービンだぁ・・なんて、そんなくだらないことに感心してはいけません。
と、言うか、おバカなローバでごめんなさいね。
夫の介護が始まって、不慣れな看護もすることになってね。
風さんのようにはいかなかったかも知れないけど、先輩の風さん、ローバの経験したこと書きましたので、最後までお付き合いお願いします。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
ローバ様、お元気そうで何よりです!
新作、おめでとうございます💐
久しぶりにローバ様の御作が読めるなんて、嬉しい限りです\(^o^)/
作者からの返信
ブロ子ちゃん、お久しぶりです、懐かしいです、嬉しいです、感激してます、嬉し涙が溢れそうです、さっきまでお腹すいてたけど治りました胸がいっぱいになったからデス。
ニコニコしてローバの顔は不細工半端ない!!になってます。
三か月ほどカクヨムから遠ざかっておりました。
目が駄目になっちゃって、そこから酷い頭痛が始まって・・と大変だったところへ夫が倒れてね、ちょっとだけど苦労したローバだったんです。
どんな風だったかは、11話まであるので宜しければお付き合いくださいね。
久しぶりのコメントに、ちょっぴり有頂天になっています。
編集済
第4話 いつのまにかボンビーに 3への応援コメント
激動の時代・・まさに太田道灌です(おちゃま様のギャグ!)
激動の中にあっても、江戸っ子・馬さんは大奮闘ですね!
親会社についてタイに行かなかったって、さそが江戸っ子だと思いました💦
そういう馬さんについて行かれた千鳥姐さんも、やっぱ、江戸っ子だねぇ♪
作者からの返信
何十年ぶりかで落研の集まりがあって参加した時です。
会社が傾いて苦労していると聞いた人がそばに来て言いました。
「つるちゃん、よく別れなかったねえ、別れちゃえばいいのに・・」
つるちゃんはビックリしましたねえ。
貧乏長屋の住人から、アナタ何を学んできたんかい!?
糟糠の妻、とか人情って言葉、落語でイヤというほど分からされてきたんじゃ有馬温泉?
でしょう~? うんうん、と宇奈月温泉のアナタ、ネッ落語は人生の教本みたいなもの。
おバカなことばかりで笑ってる岳温泉じゃないのんえ。
こちとら井戸っ子、じゃないどじょっ子、じゃない・・
どじょうと言えば永嶋さまのミステリーのあの名作に出てくるドジョウ売りのお兄ちゃん。
インパクト強よっ!で忘れられなぁ~い
チリ紙交換の車が来るとワタシ思い出して共鳴しそう。
あ~なに言ってんだかねえ? 朝からスミマ千円・五円なさい🙇
11話まであるのでね、おバカが伝染しないように気をつけながら、最後までお付き合いのほどを夜露死苦!!
第2話 いつの間にかボンビーに 1への応援コメント
私の友達も鶏をひよこから飼って育ててましたけど、
ある日、鍋に、、、。
お母さんがしめてさばいたようです。
すごい👍、お母さん、、。
泣きながら食べたそうです。
昔はなんだか知らないけど、大勢の人で暮らしてましたね。
作者からの返信
昔ヒヨコを育てるの流行っていましたよね。
私の次兄はヒヨコを可愛がって、寝る時にも一緒でした。
ある朝起きて、死んでいるヒヨコを見て大泣きしました。
可愛がって遊んでいたヒヨコちゃんを、寝がえりして潰しちゃったんですね。アハハですね笑っちゃぁいけないけど・・・
昔はだいたいが大所帯でしたよね。核家族が当たり前のような時代ではなかったですからね。
その為に嫁姑問題もあったけど、子供たちにとってはかまってもらえたり、大勢で面倒見てもらえたりでしたから良かったかも知れませんね。
第1話 ボンビーってなあに?への応援コメント
わーい。
ローバ姉さんの新作だー!╰(*´︶`*)╯♡
作者からの返信
わーい、新作だぁ と、言っていただけるほどの白物家電?か?
なんちゃって、羽目をはずしております。
ローバめ、ちゃんとやらんかい!の声が聞こえそうです。
菜の花さん、看護師さんに最敬礼しているローバ、書きましたよ。
第11話 ボンビー葬儀と相続への応援コメント
こんばんは。
私の両親は病院で亡くなって葬儀を行うにあったって、2時間という時間の枠の中、葬儀会社とお寺に連絡をいれて、日取りを取るのにバタバタでした。
勿論、コロナ前でしたのですが家族葬を選択したら、後に実家の両親の付き合いのある人から、酷く言われました。誰を呼べばいいか分からなかったので。^^;
戒名やお布施。葬儀代にかかる費用を予測して役場に行く前に、カードで降ろせるだけお金を降ろしたりと……。
一番疲れたのは、家屋や田んぼ山の名義変更。法務局に何度も通いました。^^;
負の遺産はないのですが、妻と私の実家の維持費が年間15万前後かかるために、銀行の残高が気になります。
ごめんなさい、ついつい愚痴の様な事をもらしてしまいました。
葬儀や後の手続きは大変でしたけど、私の両親はそれ以上に私達に苦労をさせまいと一生懸命だったと思います。両親ですら、そう思うのですから、55年連れ添った馬さんは、ローバさんの事をとても大事に思っていた事と思います。
老々介護お疲れさまでした。改めて馬さんのご冥福をお祈りします。
作者からの返信
甲斐さん、いつもながらご丁寧なコメントありがとうございます。
病院で亡くなると、本当に追い立てられるように遺体の搬送を急がなければなりませんよね。
義母の時にその忙しなさに、本当に苦労しました。
刑事ドラマのように、霊安室に置いてくれるのかと思っていたけれど、そんな甘いものじゃありませんでした。
去年、病院の公衆電話で「直ぐに病院から連れ出さなきゃダメなんだってさ、お寺さんに連絡したとこだけど、葬儀社も急いで探さなきゃ・・」
って話している人を見ましたが、本当に必死さが伝わってきました。
夫は自宅で亡くなったので、検討するのに十分時間があって助かりました。
家族葬は家族たった6人しかいませんから、見た目にはとても寂しいものでしたけど、私達はとても充実した感がありました。
お金を下ろしたり、届を出しに行ったり、お寺さんと打ち合わせしたり、と本当に忙しくて悲しんでいる暇はありませんね。
人がこの世からいなくなるって大変なことですね。
あと、甲斐さんの所のように、山や住む予定のない家などを相続するのも、ありがたい反面大変なことでもありますね。