第4話 ユルサナイ
六時十八分。
自分を殺すことを諦めてから、これが十度目の六時十八分。
あの、ヘンテコな呪文のことをずっと考えている。
だけど検索しても、親に聞いても、答えが分からない。
田んぼ道で、浴衣姿の少年を探したこともあるけれども、あいつは十五時三十三分までに現れない。
十五時二十五分。放課後。
こうなったら職員室にいる先生全員に聞いて回ろうと思った。
今日は、担任の阿部先生。
「どうした燐帆? お前、顔青いぞ?」
「阿部先生、この言葉、知ってる?」
僕は、少年からもらった紙切れを先生の前に広げた。
「んん!? ……『そこはつちなり、けものといふいぬ』?
なんだこれ? 暗号か?」
最初から期待などしていない。どうせ知らないだろうと分かってた。
「知らないならいい。他の先生に聞く」
「分からないけれど……『けものといういぬ』だったら……漢字の『獄』っぽいな」
……え?
先生は、丁寧に紙と鉛筆で説明してくれた。
「ほら、『けものへん』に『言う』と『犬』で……獄。
そう考えると……土、なり……ん? 地獄?」
首を吊った時より、背筋が寒くなった。
「え? どういうこと?」
「ほら。土に也で『地』……地獄であってんの? これ。
『そこは地獄』……先生に、なんて暗号解かせんだよ!」
気がついたら、職員室中の視線を集めていた。当たり前だ。
こんなに泣いてるんだから。
「……どしたー? 燐帆」
「先生助けて。僕今地獄にいる」
「何、どうした。ちゃんと説明してくれないと、分からないぞ先生は!」
僕は時計を見た。もうじき、十五時三十三分。
職員室を飛び出した。
十五時三十三分。
「ずっと好きだったんだ。茜。俺と、付き合ってください!」
目の前に、いつもの二人がいる。
僕は、二人に割り込んだ。
「もう許して! 茜ちゃん! 助けて!!」
茜ちゃんの肩を両手で掴む。
だけど茜ちゃんの視線は僕じゃなくて、その奥の栄口を見ている。
「聞いてよ! 茜ちゃん!!」
「嬉しい。私もずっと……」
「言うなーー!!」
僕は目を閉じて茜ちゃんに顔面から突っ込んだ。茜ちゃんが何も言わないように、僕が何も言わないように、お互いの口を、お互いの口で塞いだ。
口を離した時、こう、言われた気がする。
「ようやくキスしてくれた。燐帆くん。
『ふたりのくちで、たまむすび』」
「……え?」
僕が呆然としていると、後ろから誰かが覗き込んできた。
位置的に栄口……じゃなかった。田んぼで会った少年が、栄口の服を着ていた……
* * * * *
「どうしたの? 燐帆くん?」
気がつくと、体育館の裏でしゃがみ込んでいる僕と、茜ちゃん。
「あれ……栄口は?」
「行っちゃったよ。燐帆くんがいきなりキスしてくるから」
「あ……ごめん」
「んーん。……嬉しかったよ」
どうやら、まだ僕はあの呪文を口にしてないみたいだ。
だけれど、妙に違和感がある。
「茜ちゃん、さっき言ったの、呪文?」
「何が?」
「『ふたりのくちで……』ナントカってやつ」
すると茜ちゃんは恥ずかしそうに立ち上がって、
「ねえ、燐帆くん。今日がずっと繰り返したらいいなって、思わない?」
「思わない!」
即答した。
「私は思うよ。明日も今日だったらいいなって。毎日燐帆くんが……」
茜ちゃんは、自分の唇を押さえた。
そして恥ずかしそうに……
「また明日ね! 燐帆くん!!」
走って、坂を下って去っていく。
取り残された僕は、木の枝を拾って、地面に文字を書いた。
さっき、茜ちゃんが言った言葉を思い出して……。
確か、ふたりの、くちで、たまむすび?
地面に、二人、口、玉と書いた。
馬鹿な僕でも、これは分かった。
胸いっぱいに空気を吸って、空を仰いだ。
もうすぐ、日が暮れる。そして何日ぶりかの夜が来る。
僕は地面に大の字に寝転んで、目を閉じた。茜ちゃんの唇の感触を思い出しながら……そしてあの忌々しい呪文の代わりに、あの言葉を呟いた。
「ふたりのくちで、たまむすび」
すると突然、強い光の中に僕は閉じ込められた。
* * * * *
眩しい光の中に、田んぼが映る。
そこでは、茜ちゃんと、鼠色の浴衣をきた少年が話している。
「明日から毎日、燐帆くんがキスしてくれる呪文?」
「そうだよ」
そう言って、少年は文字が書いてある紙を広げて見せた。
「君の大好きな燐帆君が君に口づけする。そうしたらこの紙の文字を、彼に言えばいい。それだけだよ。燐帆君に、毎日チューされたいかい?」
「え…… え…… でも、燐帆くん、私のことなんて……」
「まあ難しいだろうね。燐帆君はオクテだろうし……」
オイ! お前が僕の何を知っているんだ!?
「明日一日で、燐帆君にキスされないといけないの?」
「そう。チャンスは明日だけだ」
「そんな! 無理だよ!」
「簡単だよ。僕の言う通りにすれば絶対に、燐帆君は茜ちゃんにチューをする。
そうせざるを得なくなる。絶対だよ」
これは……
何となくわかった。この景色は、栄口が茜ちゃんに告白する『前の日』の事だ。
そうだったのか……今までのは全部、この二人が僕にさせてたことだったんだ……。
「どうだい? この力、欲しいかい?」
「え……」
「欲しいかい?」
要らないって! そう言って! 茜ちゃん! もう許して!
そこは、天国なんかじゃない!
「……」
要らないって! 言って!! このままだと僕、茜ちゃんを嫌いになっちゃう!!
「ねえ、欲しいかい?」
要らないって! 言えー!!
光がとけていき、視界が滲む……。
* * * * *
六時十八分。
……目が覚めた。セットした二分前に、アラームが、鳴った。
燐帆の迷宮。了
燐帆の迷宮 SB亭moya @SBTmoya
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