清楚なお姉さんが、無自覚無双〜包丁2本で魔竜討伐〜

星凪ソラ

最強の竜を倒したのは、昨日まで料理人だった清楚なお姉さんでした

「あらあら、こんなに大きいのねぇ♪」


 ​乾いた血のように鉄くさい異臭。

 生温かみのあるそれは、風に乗って時折鼻を刺激してくる。


 そんな中で、おっとりとしたお姉さんボイスが、この世の終焉の始まりとも呼べる現状を吹き飛ばすかのように響いた。


 魔竜から放たれる威圧にすくんで腰を抜かしてしまった俺と違って、清楚で癒し系な銀髪ロングなお姉さんは、頬に片手を当てながら、とてつもなく目を輝かせている。


 俺、ジョブ・剣士。アルド=ソリュート。

 カップルが二組成立し、パーティから追放されたレベル55の虚しき……ソロだった。


『暇そうね。お兄さん』とギルドで声をかけられた昨日までは。当然、色々と舞い上がる気持ちもあったが、今じゃ「どうしてこうなった?」と思わず疑問形を口に出さずにいられない状況に陥っている。


 なぜなら、料理人だったというお姉さん(レベル15)の背中に、ガッツリ情けなく庇われているからだ。


 この世界に四体しかいない厄災指定級の魔竜[地竜グランガルド(レベル75)]が鋭い両手の爪鎌を鳴らし、盛大にヨダレを垂らしているというのに。


「どこから切ってみようかしら?」


 ベテラン冒険者ですら魔竜の前では、死の恐怖に抗えない。だというのに、初心者向けの狩場。通称『スライム広場』に現れたそいつを前にして、もう挑む気満々といった感じだ。


「おい、待て!! 逃げろ!!」


 俺の必死の叫びなど届かない。

 その結果、案の定――とはならなかった。 


 その光景に呆然とし、いつの間にか無意識にあぐらをかいてしまっていた。残酷な結末を予想していた俺の脳の処理能力が完全にショートしたのだ。


「キャッ、危ない?!

 でも、身体を動かすのってやっぱりいいわねぇ。怒鳴られながら料理にかまけてた自分がバカみたい。 それッ〜〜!!」


 そう言いつつ頭を抱え「よいしょっ♪」としゃがみ込んだり、「えーい♪」と右へ左へ前転したり、と。


 少しでもかすれば即切断されてしまいそうな、空を鋭く斬る魔竜の猛攻。かわせる事自体が、絶対におかしい程の初心者丸出しの動きで、なぜか華麗に(?)かいくぐってゆく。

 それはもう楽しそうな横顔を浮かべて……。


 あまりの素人くさい動きに、一瞬だけ爪鎌を振り下ろすドラゴン側の動きがピタリと止まった。


 『あれ? こいつ、戦闘の型とか一切ないド素人だよな? でも何で全部空振りするんだ?』そんな困惑の感情が、巨大な瞳からありありと伝わってくる。

 まるでお姉さんに慄(おのの)いて、どこか焦っているようにさえ見えるのは気のせいではないだろう。


 やがて、お胸が揺れるスタイル抜群のお姉さんは、なぜか空気すら振動させる強烈な踏み込みで一気に魔竜へと肉薄した。

 地面にくっきりと沈み込んだ靴跡だけを残して。


 そして、二本足で立つ巨体を支えるその右足。

 岩より硬いドラゴンの鱗に、魔技なしの包丁2本が勢いよく突き刺さる。間髪入れずお姉さんは、『ブンブン』と、本来包丁を振っただけではしない音をさせながら振り回していく。


 ​高速になってゆくそれに、呼応するかのごとく、的確に剥がされた鱗が勢いで舞った。あらわになった肉質へ容赦なく怒涛の刻み傷が刻み込まれていくのだ。

まるで料理工程の一環ですよと言わんばかりに。


(あ……あ、ありえなぃぃぃ……っ!?)

 ​眼前で起こっていることは、妄想なのではないだろうか。

 俺の顔面はきっと一瞬だけ、酷く歪んでいることだろう。

 

 片足が使い物にならなくなったドラゴンを尻目に、お姉さんが「ふぅ、いい汗かいた」と満足気に涼しい顔して、こちらに戻ってきた。そのおかげで、少しだけ距離のあるこちらへ翼がない地竜は向かってはこられなさそうだが。


「毎日、食材の硬い骨や分厚い分厚い甲殻を何度も解体してるとね、『どこに刃を入れれば一番抵抗なく肉が剥がれるか』が手に取るように分かるの。スライムさんの鱗も、魚のウロコ取りと要領は一緒なのよ♪」

「いや一緒じゃねぇだろ!! どう考えたって!!」

 ​

 思わず鋭いツッコミが口をついて出てしまった。

 アングル的に目のやり場に困る動きやすそうな緑色のスカートやボタンのない白いシャツの上から留められた革の胸当て。

 血すらついていない真新しい(本人いわく長年の相棒らしい)包丁2本。 


 それらはすべて出発時と何ら変わらない初心者装備だ。

 とどのつまり、道具類に特殊な力が備わっている可能性は微塵もないわけである。


 となるとだ。目の前で起きたことは異常極まりない。

 相手が強大すぎる故に、身についた料理技能だけでは説明がつかないのだ。


 「――レベル差……60なんだが」


 何年もかけてレベル上げしてきた俺の努力は何だったんだ!? 


 出発前に「魔技って美味しいのかしら?」と真顔で聞いてきた正真正銘のド素人だぞ。スキルもなしに、硬いドラゴンの鱗に包丁を突き立ててズタボロにする奴がどこにいる。


 もしかして、純粋に基礎的な部分(フィジカル)が、異常に高い元料理人(メスゴリラ)、とか。

 解体技術となんかしらの相乗効果?がなんやかんやで……こうなって。


 ​ 「いやいや、笑えねぇって。理解もできねぇ」

 「お兄さん、立てる?  もうそろそろ行けそうかしら?」

 「何もたってませんよ……じゃなかった」


 そのちょっとアレに聞こえる問いはなんだ?

 俺は一体、何を試されてるんだ?! 


「悪い、ほんの少しだけ頭を冷やす時間をくれ」

 「どこかにぶつけたの?」 

「いや、そうじゃなくてだな……それわざとだよね?」


 冷や汗を流す俺に、お姉さんは首を傾けると、不思議そうに頬に人差し指を当てた。どうやらまじめに聞いたらしい。


 と、とりあえず一旦落ち着け、俺よ。

「撤退してギルドに報告しましょう」そう言いたいんだな。

 きっとそういう意味でだよね。さすがにまっとうな判断できる頭脳くらいは持ち合わせているだろう。多分。


 「ねぇ? 本当に平気なの?」

 「あぁ、大丈夫だ。ちょっと誰かさんの行動が、現実味に欠けすぎて呆気に取られただけだから」

「誰かしら? あなたも苦労してるのね」

「理に合わねぇ、あんたの事だよ!!」

「ちょっと、そんなに叫ばなくてもいいじゃない。

 て、私?!……いいかしら、料理ってね、理屈じゃないのよ。愛よ、愛。だから十分、理にかなってるわ♪」


 お姉さんは、まるで「女性に向かって失礼ね」と言わんばかりの態度で両頬を膨らませている。


 こりゃだめだな。頭のネジが二、三本吹っ飛んでやがる。

 根っからの料理バカというのは分かったが。


「あー、そうだよな。 悪かったよ。

 よし、一刻も早く行くとするか(撤退しようか)」


 ​ 俺は、もうツッコミを諦めて、あぐらをかいていた姿勢から立ち上がり踵(きびす)を返そうとした。 だが。


 「えぇ。でも、私は少しだけ休ませてもらうわね。

 その間にお得意の魔技でチョチョイとやっちゃってください。応援しているわ、お兄さん♪」

 「……え、えぇ?!」「うん?」


 数分後。後方で鼻歌交じりに呑気に体育座りをするお姉さんの前で、俺はレベル55と男の意地をかけて、敵の攻撃範囲外から渾身の魔技【ブラスト・スラッシュ】を何度か放ち続けていた。 


 剣から白い衝撃波が放たれ、直撃し、轟音が轟く――が、表面の鱗がポロリと剥げる程度。ドラゴンは首をかしげるばかりで、そのたびにいくらやっても歯が立たない絶望感がこみ上げてくる。


「フッ、だろうな。 だと思ったよ」

「(あら?  どうかしたの?)」

「うわぁっ、急に横に立って耳元で囁くなよ!!

 じ、実はちょっと体調悪くてさ(嘘)

 そういうのに反映されやすいんだよね魔技って!(大嘘)」

 「そうだったのね。つゆ知らずごめんなさい。

 でしたら、お詫びに私がチョチョイとやっちゃいます!

 調理したことないけどスープにしたらお兄さん、きっと元気になるはずよ! まずは……あそこからかしら」


 殺(や)る気満々なお姉さんは包丁を構えスカートを翻すと、再びドラゴンへ走り出す。


 「えっ、食べられるもんなの?

 て、おい!! 魔技使えないんじゃ!!」

 「さっきお兄さんが使ったのを見て、なんとなく覚えたのでいけます〜〜〜!!」

 「いや、そういうもんじゃないんだが!?」


 止める間もなく、地竜の攻撃が届くギリギリで地面を強く蹴り、今度は天高く跳躍した。

 一介の元料理人じゃ到底ありえないほどに。


 辺りに見える大木の先端よりさらに少し上の高さ。

地竜のはるか頭上から、反転し真下へと滑空し始める。

すぐにお姉さんに間合いに龍の首元が迫ってゆく。


「えっと、【なんとか?スラッシュ】!!!!」


二本の包丁による連なる白一閃の瞬き。

一拍おき、波動のように衝撃がその中心から周囲へ広がる。


 爆風となったそれは、木々をなぎ倒さんばかりの勢いであった。吹き飛ばされそうになるのをなんとか四つん這いになりとどまる。


 昔、ギルドの酔いつぶれの古株が言っていた。

『魔技なんて頼るな。究極の職人技は、あらゆる魔法や装甲を無効化する』と……半信半疑。というか戯言だと思っていたが、まさかその体現者がこの人なのか!?


 斬撃の圧が凪いだ次の瞬間、巨大な厄災の急所。

 首回りに一周した切断線がスッと現れた。

もはや虚偽を疑いたくもなる元料理人の初心者はというと

竜の胴体を蹴り、無傷で地面へ着地していた。


 背をこちらに向け半歩下がるお姉さん。

それが合図かのように、滑り落ち始めた大首はドスンと落ちると大地を揺るがした。


 赤黒い血を散らし力なくへたる巨体を背に、包丁を持ったお姉さんがくるりと振り向いて無邪気に笑っている。

 そして、ルンルンとしながらこちらに近づいてくるのだ。


俺は、ゾワッと沸き立つ何か得体のしれない感情に、思わず軽く身震いしてしまった。


 「初心者にしては、うまくスライスできたのではないかしら? きっと3年間、毎日包丁研ぎと、素振りを5万回してた成果なのね。あ、でも血抜きは先にするべきだったわ」


 どうやらとことん女運には見放されているらしい。

 スキル名、スラッシュしか合ってないし、なんかもう怖い。

 魔竜よりこの人のほうが規格外すぎて怖いわ。

 付き合ったら絶対尻に敷かれるんだろうな。 

 いや、もうすでに敷かれてる気さえする。



 驚愕で顎が外れかけ、どこか遠くを見てた俺の中で、レベル差という常識はガラガラと音を立てて崩れ去った。​

 冴えない俺の目の前で、新たな英雄(狂人)が誕生したその瞬間にな。


「ねぇ、お兄さん。解体、手伝ってくれるわよね♪」



――それから十数年経ち、魔竜はおろか魔王すらも美味しく調理されて世界は平和になり、俺たちは夫婦になった。

​

「だからな、息子よ。レベルが上がらないくらいで落ち込むな。お前の母さんはレベル15の『魔物料理人』ってだけで魔竜をスープにしちまった狂人……じゃなかった。

とんでもない怪力勇者だったんだから」

「……でも、父さんが言うことっていまいち信じられないんだよなぁ。今だってドジやって、見てられなくなった母さんと喧嘩して家の外に締め出されてるじゃん。

僕も気まずくなって出てきちゃったけどさ」

「……あのな。言葉で言うのは簡単だが、これでも父さんは魔竜を一人で倒せるくらいには強くなったんだぞ」

「意地張らないで、さっさと謝ろうよ。かわりに僕、お母さんの肩もみにするから」

​

 あきれ顔の息子に向かって、俺はさらに熱弁を振るう。

​

「あのとんでもないメスゴリラの隣に立つために必死に努力してきたんだよ!! こんぐらいできなきゃ感謝は伝わらないだろう?」

「お、お父さん。後ろ……」

​

 息子の視線が俺の背後で固まった。そっと振り返ると、そこには包丁を握りしめ、満面の笑みを浮かべた妻が立っていた。

​

「……あ、やべ」

「あなたたち。

なんの話をしていたのかしら〜♪」

「い、いやだなぁ。最高の母親だって話をしていたに決まってるじゃないか。なぁ?」


息子に同意を求めると大きく首を上下させ、高速で三度頷いた。


「あら、そう。なら私に口答えせず料理できるわよね♡」

「「イエス、マイ、マム!!」」

​

 こうして、息子考案、『日頃の感謝を手料理で』はスパルタ料理教室へと早変わりして終了したのであった。

​


 了

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