#51 二か月後

 チウポンの死刑執行は、判決の半月後だった。


「リッパー、お前はどっちに逝った?」


 人一人が入るのがやっとの棺桶で、彼は隣の亡骸にそう問うた。綺麗に目を閉ざした、女性の亡骸。生きている彼は、両手両足を縛られ、リッパーの亡骸の横に、強引に押し込まれる格好だ。


「俺も逝くよ、お前の待つ地獄に……」


 プラスチック製の棺は宇宙を流れていく。その様子を、ヲッチ号のカメラは確かに捕捉していたのだ。


「嫌な死に方だよな、あれ……」


 セイトのモバイルモニターには、棺桶が宇宙を流れていく様が映し出されている。ここは彼の私室、ベッドの上。ニコは、腰掛けた彼の背中に、覆い被さるような格好でモニターを眺めていた。


「死体と一緒に棺桶に閉じ込められて、宇宙漂流。食料も水もないまま、脱水症状で死ぬのを待つ……」

「手足も縛られて、自死も選べない。ゆっくり、殺されていく」


 ニコに言葉にされると、セイトはただでさえ暗い顔を更に暗くした。やはり、あそこでビームを使って焼き殺した方が有情だった。無論、死ぬ直前の恐怖までは消せない。だとしても、じわじわと縊り殺されていくような恐怖よりは、ずっと。


 陰鬱な気持ちに支配されそうで、彼はモニターをスワイプした。映し出されるのは、船の航行データだ。任務開始から二か月と少し。周回軌道にある船は、加速することもなく衛星スルトの周辺を回っている。


 スルトの直径は、凡そ三千五百キロメートル。ノービードのサイズに比して、それは大きすぎるとも言える。


(あれだけ巨大な海が、スルトの引力で満ちたり引いたりするんだよな)


 衛星を多く持つ星はあっても、スルトとノービードの体積や質量のバランスで成り立っている星系はない。慣れていたつもりの、巨大な星。


「セイトは、いつも考え事をしてる」


 そんな彼の顔をベタベタと撫でながら、ニコが言った。


「楽しいの?」

「楽しいって言うか、考えちゃうから考えてる。面倒な性分だとは思うよ。でも、俺はこういうものだから」


 ニコの細い指を退かして、彼はゆっくりと立ち上がる。


「そろそろ正規軍が上がってくる。着替えておこう」


 制服となったフライトジャケットに身を包んだ二人は居住区最下層、パイロットルームに入る。ロッカーを開けば、白地に青いラインのパイロットスーツ。


(海賊に同情したんじゃない)


 つなぎにも近い構造のそれに袖を通しながら、思う。チウポンを捕えて二か月。裁判は、異常なスピードで進んだ。


(ただ、俺が後腐れなく終わらせる方法が、他にあったんじゃないかってだけだ)


 海賊もマフィアも、徹底的に叩く。孤児院を焼いたのも、衛星都市を撃ち抜いたのも、全部ひっくるめて代償を払ってもらう。そのつもりで、更衣室を後にした。


 出ていった先の部屋には、上衣をはだけさせ、灰色の色気のないインナーを見せるニコがいた。セイトにしてみれば、溜息と共にファスナーを閉めてやるだけのことだ。慣れた手つきで服を整えて、ポンと肩を叩く。


「セイトは、こういう恰好好きじゃないの?」

「目のやり場に困るんだよ。裸同然の格好されちゃあ……」

「でも、ヘルトの漫画だと、こういう恰好をしたら男の方が押し倒して──」

「だからエロ漫画読むのマズいって!」


 セイトが少し声を大きくするが、ニコは冷静に否定する。


「違う。少女漫画」

「少女漫画ってそういう描写があるのか……?」


 そう困惑する彼の顔に、ニコが飛びついた。いつもの深い接吻。長く、粘ついた、熱量のあるキスだった。


「いつまでもこの先に行けないのはもどかしいよ、セイト」

「いつか、いつかね……」


 呆れるような口調で、彼はニコを抱き上げた。が、身長に比して少し大きい尻に手が当たって気まずい気持ちになる。


「私とセイトの関係は、ただのバディじゃない」


 何が言いたいのか、という推測に、彼はすぐに答えを出す。


「遠慮しないで。セイトのしたいこと、全部して」

「責任取れるようになったら、ちゃんと向き合うよ。だから、今は我慢してほしい」

「でも、セイトはお尻の大きい女の子が好きだって聞いた」


 ニコを下ろし、格納庫に向かおうとするセイト。まずい、このままではまずいと只管思いながら、ヘルメットを手に引っ掛けている。


「この間、セイトの連絡先に侵入して、レビトン通信でクラスメイトに訊いた。セイトは、お尻の大きい女の子が好みって言ってたよ」

「誰に聞いたの?」

「コウジ」

「あいつ、絶交かもな」


 そう言って、二人は無重力の格納庫に入った。


「セイト! リーベルは動かせるからね!」

「いつもありがとうございます、カノエさん!」


 ふわりと浮いて、リーベルのコックピットに入る。カタパルトは使わず、流れるように宇宙へと出る。


『こちらグランダ防衛旅団第一ゼロアニマ小隊長、リンゴォ・アップル』


 レーザー通信が届く。アダプテッド・リーベルの、青い部位が増えたカラーリング。


『アダプテッド・リーベルの性能テストを行う。セイト殿、準備はよろしいか』

「ええ、いつでも」


 ガコン、とアダプテッドのビームカービンが、オリジナルのリーベルを狙う。引き金が引かれるまでのコンマ数秒、セイトは、前進を選んだ。


 連射される低出力の弾丸。機体を存分に振り回し、彼は相手の一機に照準を定めた。


 が、相手も正規軍のパイロットだ。それも、新型を与えられるエリート。セイトの射撃など、容易く粒子シールドで防いでしまった。反撃の弾幕が形成される。セイトもまた防御の構えに入ったが、いつまでも受け続けられるわけもない。シールドの耐久値は、見る見る間に目減りしていく。


 特に、相手の持つ新式のビームカービンが脅威だった。背部と胸部の連装砲はさしたる脅威でなくとも、そのカービンから放たれるビーム弾は、まるで古びた柵に台風が押し寄せたように、シールドを揺らめかせる。


 ならば、近接。彼はカービンからビームソードへと武器を持ち替え、これまた低出力の刃を発振させた。胸部のビーム砲をフルに撃ちながら、接近だ。


 リンゴォの機体と、激しく斬り結ぶ。飛散粒子のエネルギーは装甲を凹ませるほどではないが、スパークによって視界が制限されていた。


 右手で相手の剣を受け流しつつ、セイトは左手で自らの剣を抜こうとする。然るに、見抜かれていた。


 アダプテッドのソードは、背部ではなく脚部に配置されている。逆手持ちで引き抜いたリンゴォ少佐は、一気に、リーベルのコックピットを狙った。


 だとしても、セイトも場数を踏んでいた。直前に飛んだニコの叫びを聞いて、スラスターを前方に向けて噴射。直撃を回避する。攻撃を貰ったのは、右肩の装甲、その上端あたり。戦闘行動に支障のあるダメージではない。


「セイト、今!」

「上等!」


 ニコの助言に応え、宙返りの機動から突撃。腕を振り抜いた姿勢のアダプテッドへ、剣を振り抜いた。


 『HIT』を告げる電子音と視覚効果。リンゴォ機の右腕は、被弾判定を喰らったことで機能を停止する。


 そこから、セイトは左手に握ったビームソードも唸らせた。片腕で行われた防御にも構わず、二振りの剣で押し切る。剣を巻き取り、ソードの基部を停止させ、コックピットを剣で打った。


 はずだった。直後、セイトの視界はブラックアウト。ヒットの判定を確認することもできない。


「ニコ、何⁉」

「わからないけど……多分、頭部をビームで撃たれた。アダプテッドには、頭にも小口径ビーム砲があるみたい」

「なら、痛み分けか……」


 あちらから模擬戦モードの終了が告げられ、視界が戻ってくる。


『中々の腕じゃないか』


 リンゴォ少佐は、素直な賞賛を口にした。


『そして、このアダプテッドの性能。スラスターの加熱が少し気になるが、十分強力だ』


 話を聞きながら、セイトはスラスターに溜まった熱を冷却ガスに乗せて放出した。


「俺、アグレッサーやれましたかね」

『充分さ。その若さでこの出力を持つ機体でも操れる。いいセンスだ。期待しているよ』


 こうも褒められて、セイトは少しむず痒い気持ちになった。


『君のビームカービンが新式であれば、危うかったかもしれない。ありがとう』


 素直な人だ、とセイトは表情を緩める。


「ありがとうございました、リンゴォさん」


 そんな彼らに、警報が届いた。


『セイト! 届け出のないジャンプアウトが確認された!』


 ヲッチ号からの通信。


『一旦補給して、すぐ出てくれ。海賊かもしれねえ!』

「了解、ナービさん。戻ります」


 機械の体を持つパイロットが、すぐそこまで。


あとがき

アダプテッド・リーベル設定資料

https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051607152811983

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2026年9月13日 13:00
2026年9月14日 13:00
2026年9月15日 13:00

リーベル戦記~セイト・イミバシ18歳、ハイスクールを辞めて銀河を駆ける賞金稼ぎのパイロットになる~ 千王石ハクト @CatFieldSlashDriedFish

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