#50 現状と、進行方向

 グランダ地下工廠では、鹵獲したジーベンのマスプロの解析が進んでいた。あれから三日。セイトは、ニコを連れて無数に立ち並ぶ建屋の間をトライクで駆け抜ける。やがて、中心部に程近いものの前で、ブレーキをかけた。


「終わってると思う?」


 ニコにそう問われ、セイトは力なく首を横に振った。


「全部は終わってないよ。三日なんだから」


 ゲートでIDカードを見せて、入場。駐車場までの幾許か。そこで、彼の脳裏には上階で起きているデモの光景が蘇っていた。


『DO NOT EXECUTE CHIUPON』


 そんなプラカードを掲げた集団が、市庁舎前で人だかりを作っていたのだ。リッパーの境遇に同情できるか、と言われればセイトも頷くだけのことはできる。


 何てことのない街娘だった彼女だったが、不逞を働いた軍人によって故郷を焼かれた。宇宙船で逃げ出した後、航行システムにエラーを起こして、宇宙海賊スリーフォーの根城である小惑星帯N-444に流れ着いた……。


 ストラト共和国軍への復讐を誓い、外付けの強化心肺を二つ、下腿部の筋肉をより強力な人工筋繊維に置換。脳には処理能力を向上させる特殊なマイクロチップを注入し、出撃時には薬剤を使ってチップの能力を引き上げる。


(その代償は、人格と記憶の崩壊。でも、あいつらは人を殺しすぎてる。可哀想だから殺さないで、って言うならまず海賊に言うべきだ)


 マフィアも海賊も、軍人も賞金稼ぎも人殺し。ただ、合法の殺しをやるかどうかの違いしかない。


「嫌なこと考えてる」


 トライクの電源を落とした彼に、ニコが声をかける。


「考えすぎるのはよくない所だと思うよ、セイト」

「考えずにはいられないよ。だって、チウポン……というか、ジーベンのマスプロがやったことを考えたら、三回処刑したって足りないだろ?」

「ちゃんと、全部話して」


 肚の中にあった理屈を話しながら、セイトは建屋に向かって歩き出した。


「感応者として、六十人以上の殺害に関与。法律上は共同正犯だ。感応者がリアクターを制御していたんだから、責任は感応者にもある」


 自動ドアが開く。


「チウポンの処刑は、誰にも止められない。あいつも死ぬことを受け入れてるんだし」

「どんな処刑なの? 縛り首? 宇宙漂流?」

「さあね。でも、死体の処理を考えたら電撃銃で殺してから宇宙空間に遺体を放り投げる、っていうスタンダードな殺し方だと思う」


 口にしていて、彼は心臓の辺りに靄がかかるような感を得た。人の死にスタンダードもヘレティカルもあるものか、と。


 冷房の効いた工場に入った二人を、緑色の帽子を被った、壮年の白人が出迎えた。


「お越しになりましたか」

「セイト・イミバシと、その相棒のニコです。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」


 セイトと男は握手を交わした。


「では、早速解析の現場をお見せしましょう」


 男に連れられ、二人は建屋の三階に入った。ガラス窓の向こう、作業場に横たわったリーベルはパーツごとに分解されていた。コックピットには無数のコードが繋がり、ラップトップを携えた作業員数名がディスプレイと睨めっこしている。


「解析の現状はどうなんです? 具体的なパワーとか、レビトンジャンプの真相とか」

「順を追ってお話いたします。まずは、動力について」


 焦ったな、とセイトは己を恥じる。


「結論から申し上げれば、動力は胸部に配置された一基のリアクターと、腰背部スラスターユニットに内蔵された大型レビトンコンデンサです」

「コンデンサ……だから、砲撃の威力が低かったんだね、セイト」


 ニコが口を挟む。


「ええ。セイトさんの提供してくれたオリジナルのジーベンとの交戦データを見るに、オリジナルは、艦艇用重ビーム砲に比して、三十パーセントのパワーを発揮できる砲台が備わっていました」


 その言葉に、セイトとニコに異存はない。自らの目で、確かに見たのだから。


「これは私の憶測ですが……改造RLV用の、小型リアクターも積んで、スラスターを直結させていた」


 白人の彼は、腰の辺りで手を組み、安全靴の音鳴りを響かせながら歩き始める。


「しかし、そんなものは量産に適さないのでしょう。一般的な四連装ビーム砲と、それに粒子を供給するコンデンサの組み合わせに変えたのです」

「リアクターを代替できるコンデンサ……それでも、コストはかなり高いように思えますね」

「高級量産機。もしくは、組織のフラッグシップ機としての位置づけなのでしょう。そう多くは生産しないはずです」

「つまり、リーベルを簡略化して量産するようなことですか?」


 白人の彼は、ニコニコと微笑むばかりだ。リーベル量産化について、話せないのだから。


「そうだ、聞いておきたいことが、一つ」


 セイトが言う。


「ジーベンのマスプロは、レビトンジャンプを行っていました。どうすればそんなパワーが出せるか、わかりましたか?」

「私も見た。確かに、あの機体は単独でジャンプをやってたよ」

「設計データを見た上での、推定値になりますが」


 男の腕は、腰の後ろから胸の前に移動し、組まれた。


「レビトンコンデンサに六十パーセント以上の粒子が残っている場合、コンデンサを使い捨てることでジャンプが可能になるのだと、我々は見ています」

「ラバルティと同じシステム、と?」

「ええ。粒子シールドのリミッターを解除すれば、単独での大気圏突入も不可能ではないでしょうね。それほどまでに、大容量のコンデンサが搭載されています」


 セイトは、指を唇に当てながら学生時代の講義を思い起こしていた。コンデンサによるレビトンジャンプは、急速なそのコンデンサの劣化を招く。だから、ラバルティのような小型宇宙船で宇宙旅行をする時は、コンデンサを使い捨てにするのだという。


 それをゼロアニマスケールでやる。不可能ではないし、やれるならやりたいだろうが、ラバルティとゼロアニマでは質量の桁が違う。


(過剰だろ、その性能は)


 短い結論を出した彼に、ニコの言葉が飛んだ。


「でも、要人の誘拐や暗殺の後、レビトンジャンプで逃げ出せる。海賊やマフィアなら、理に適っているのかも」

「そういう戦術戦略の話は、私にはわかりませんがね。あの質量をジャンプさせるなら、とんでもないコストがかかることは確実です。海賊というのは、よほど金があるように思える」

「スリーフォーはデンド・ファミリーと深い繋がりを持っていたようですし、この機体もそこから提供されたものでしょうね。ファミリーが関わっているのなら、金は無尽蔵にあるかもしれません」


 男は、呆れた顔で後頭部を掻く。


「とにかく、我々が得た情報は、三つ」


 そして、指を三本立てた。


「一つ。レビトンジャンプを可能とする大容量コンデンサを搭載していた」


 指が一本倒れる。


「二つ。パイロットや感応者に異常なG耐性を求める、欠陥品とも言える機動性」


 また一本。


「三つ。マスプロと言っても大量生産には向かない独自規格品の多さ」


 最後に、彼は腰に手を持っていった。


「以上です。他、何かご質問は?」

「……リーベルの量産化、考えてるみたい」


 ニコに言われて、彼は表情を強張らせた。数秒間呻いて、溜息と共に言葉を紡ぐ。


「隠せませんか、優れた感応者の前には」

「話して。どこまで進んでるのか」

「量産型リーベル……アダプテッド・リーベル、と呼称される予定のそれは、近くグランデで最終組み立てを行い、十二機をロールアウトする予定です」

「いつ?」


 ニコの質問攻めを止めようとセイトが腕を動かすが、白人の彼はセイトを黙らせた。


「パーツの到着は三週間後。お二人さえよければ……機動試験のアグレッサーをやってもらうかもしれません」

「アグレッサー……敵役ですか」


 こくり、彼の頷き。


「無論、軍の決めることです。私どもの独断では決められません」

「まあ、やりますよ。頼まれたら」


 仕事は仕事。そう割り切って、セイトは前を向く。敵が何を齎すのか、計り知れない熾火のような恐怖を抱きながら。





 遥か彼方、デンド星の宇宙ステーション。そこに、真っ赤な体のサン・デンドが入った。


「カッタ、サイボーグパイロットの用意はできたか?」


 サンは、白い仮面で顔を隠すカッタに問うた。


「ああ。既にN-444への移動を開始している。蒼天のシンパから横流ししてもらった、高機動試験機の三号機もな」

「作戦行動の開始は」

「二か月後になるだろう。慣熟訓練も途中なのだから」


 カッタの視線は、無限の宇宙を見つめるばかり。


「お前肝煎りのサイボーグだ。マリンク編隊を使い潰すようなことはするな」

「あれはそう死なんよ。これで失敗すれば、俺が出る」


 一時の平穏が、グランダにも訪れる。思惑の裏側で……。

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