お題『未完成な放課後』
かごのぼっち
ふたりぼっちの放課後
この恋が
──許されない事はわかっていた。
私は未成年で。
僕は既婚者だから。
いつからだろう?
視線で彼を追うようになっていた。
いつからだろう?
彼女の視線を意識するようになっていた。
好きになってはいけない。
そんなことはわかっていたの。
気づいてはいけない。
そんなことはわかっていたんだ。
なのに。
好きになってしまった。
気づいてしまった。
理由なんてない。
理屈じゃない。
それは
リビドーであり。
それは
衝動だった。
お互いの背徳的な感情が
ざわざわと騒ぎ始めていた。
いけないことはわかってる。
でも
湧き出る感情に抑えが利かない。
いけないことはわかってる。
しかし
彼女の視線から目を背けられない。
黄金色に沈む教室。
低くなった西日が、並んだ机とパイプ椅子の影を誰もいない床へ長く、長く伸びてゆく。
舞い上がる光の粒。
窓から差し込む強い光の帯の中で、静かに浮遊する埃がまるで星屑のようにきらめいて見える。
遮断された世界の静けさ。
遠くのグラウンドから響く部活の声が、まるで厚いガラスを一枚隔てたかのように微かに遠く聞こえてくる。
赤点なんてとったことなかった。
ぽつねんと
教室にのこった私。
赤点をとるはずがない彼女だった。
不自然に
補習をはじめる僕。
先生と。
彼女と。
ふたりぼっち。
質問に答える先生の、いつもより少し低くて優しい声が、誰もいない教室内で静かに鼓動へ響いてくる。
授業中では見られない、恥じらう君の仕草が、瞬く瞳を縁取るまつげが、小さく微笑む唇が、西陽のせいか目映い。
教科書を指さす先生の手元から、ふと上がった視線がぶつかり、どちらからともなく小さく逸らしてしまう。
壁の時計が刻むチクタクという音が、この特別な時間の終わりを残酷に刻みつけ、胸が締め付けられる。
「ねえ、せんせ?」
「ん、どうした?」
「好き」
「⋯⋯⋯⋯えっ?」
「って言ったら、どうする?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ねえ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ねえってば?」
「大人をからかうなよ」
「私⋯⋯、本気だよ?」
「えっ!?」
「って言ったら?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ふふふ、怒った?」
「いや⋯⋯」
「怒って⋯⋯ないの?」
「生徒に『好き』って言われて嫌な顔する先生はいないだろ?」
「先生はずるい!」
「どうしてさ?」
「だって⋯⋯子供扱いするもん」
「子供だろ?」
「子供じゃないもん!」
「子供だろ!」
「じゃあ、証拠見せてあげる!」
「おい!」
先生となら
どうなったって良かった。
彼女となら
その先へ進むことも考えた。
だけど。
ボタンをはずそうとする私の指を。
僕の手が押さえつけて。
先生の手を振りはらおうとして。
つかんだ彼女の手を引きよせて。
先生の胸のなかに。
僕の胸のなかに。
先生に惹きよせられる。
不意に近づく彼女。
先生のシャツの柔軟剤の香りが恨めしい。
彼女の汗ばんだシャツの湿りが生々しい。
「先生⋯⋯」
まつ毛の奥に消えた彼女の瞳。
手の指から伝わる先生の手の震えと汗。
彼女の体温の上昇が服を通して伝わる。
先生の息遣いが少し荒くなった気がする。
ぽってりとした
くちびるのすき間に
白い歯が見えて
あまくて
あつい吐息が
ふたりの間をゆき交う。
僕は
意を決して
彼女のくちびるに
自分の指をあて
そのすき間を
──閉ざした。
「まだはやい」
不意に流れるドヴォルザークの旋律。
彼女はくちびるを尖らせ。
先生は目をそらした。
──まだはやい。
ふたりの脳裏で反芻される言葉。
甘美で
危険な香りがする
ふたりぼっちの放課後は
未完成に終わった。
彼女の手を握る
僕の手は
そのままにして。
─了─
お題『未完成な放課後』 かごのぼっち @dark-unknown
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます