第9話 手紙とオレンジ色の学校
凪咲はしばらく男の子の絵を眺めていた。鳩時計の秒針だけが部屋に鳴る。
「そうそう、もうすぐここは閉まっちゃうから卒業生たちが学校にメッセージを送る企画を立てたんだ。いっぱい来たんだよ!」
そう嬉しそうに言う翔。
「僕先に校門に行ってるから、良かったら読んでからきて!」
翔は元気よく校長室出て行った。
凪咲は机の上に散らばっている開封済みの手紙を手に取る。
『私は中学二年の時、いじめに遭いました。口下手なせいでだれにも助けを求められず、ただ毎日登校するのが苦痛で、孤独でした。そんな時私を助けてくれたのがトイレの声です。私が泣いていると、話かけてくれる優しい声。誰かも分からない、でも心を優しく持ち上げてくれる愛情深い言葉。この不思議で大切な体験は汐中の形が無くなっても、私の中でずっと生き続けます。
××××年 卒業生』
『私は汐中で大切な経験と友を得ました。自分よりも大事に思える親友。今では二人とも結婚して子供が生まれています。卒業してもうすぐ二十年経ちますが、おばあちゃんになったら一緒の老人ホームに入ろうなんて話しています。人生のかけがえのない人と出会わせてくれた汐中に感謝にしています。
〇〇〇〇年 卒業生』
『私は今ではすっかり初老のおじいさんですが、汐中在学時はトゲついた不良青年だった者です。当時は学校から抜け出して喧嘩をしては先生方を困らせる、どうしようもないやつでした。ある時、体育館裏で乱太郎(黒い犬の名前です)に出会いました。乱太郎は孤独で卑屈だった私に居場所をくれました。その乱太郎もその後我が家で15まで生き、静かに息を引き取りました。私を非行少年の道から連れ出そうと一生懸命力を注いでくださり、そして乱太郎のことを黙認してくださった先生方、本当にありがとうございました。
△△△△年 卒業生』
手紙は机の上だけにとどまらず、机の横の箱や棚の中の箱にまでぎっしりと詰まっていた。楽しい幸せばかりでなく、もっと複雑な、そして愛おしい思いが込められた手紙たち。凪咲はそれを一通一通手に取って目を通した。
鳩時計のこもった鳴き声に知らされて、凪咲は顔を上げた。
窓の外の世界は夕暮れ時だ。
凪咲が部屋から出ようとした時、絵の中の男の子と目が合った。男の子は笑っていた。
そして気が付いた。澄んだ瞳にさらさらな髪。いたずらっ子な口元に儚い雰囲気。
『そっか、あなたはお父さんが学校を去った後もずっと守っていたんだね』
校門は夕焼けに染められていた。門を出ると、隣に立つ枯れた桜の木にサラサラな髪をなびかせて男の子が寄りかかっている。
「どうだった?」
男の子の問いかけに凪咲は目を細めた。
「最高だった・・・ありがとう」
「良かった」
柔らかい光を放つ瞳が凪咲を優しく見つめる。
「またいつでもおいで」
凪咲は笑顔で手を振ると、コンクリートの道に靴音を鳴らした。
冷たくも優しい風に乗った木の葉が頬をかすめる。振り返るともう散ったはずの金木犀の甘い香りだけが残されていた。
夕日に照らされオレンジ色に染まる学校。
郷愁とぬくもりに微笑みを浮かべて凪咲は歩き出した。
オレンジ色の学校 はつき @hatukinokomorebi
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