赦しと再出発 #24
しばらくすると、涙を流していたトカゲくんは次第に呼吸を整え、やがて泣き止んだ。
腫れぼったい目をこすりながら、再びお父さんの方へと体を向ける。
その視線にはまだ涙の痕が残っていたが、どこか鋭い問いかけの色が宿っていた。
そして、トカゲくんは、お父さんに向かって口を開いた。
「……もしかして。僕を冒険を理由に家から出したのは、そういうことだったの? お父さん……その時から、もうお母さんが死ぬって知ってたんでしょう?」
的確な推論に、お父さんの口は動かなかった。返す言葉が見つからないのではなかった。言葉にできないのは、それが事実だったからだ。
トカゲくんはさらに問いを重ねた。
「それに……さっき名前を聞いて気づいたんだ。お父さん、僕に何かしたんでしょ? なんで僕は、お父さんに言われるまで自分の本当の名前に気づけなかったの? ずっとおかしいと思ってた。記憶の中に抜けている部分が多すぎるって……。お父さん、これについて説明してくれる?」
その言葉を聞いた瞬間、お父さんのしっぽがビクリと立ち上がった。驚愕と、もはや逃げ場がないと悟った不安の反応だった。目を逸らすこともできず、深いため息と共に、覚悟を決めるようにゆっくりと口を開いた。
「……そうだよ。フラン。ごめん。もう全部、気づいてしまったんだな。なら、俺もすべて話すしかない」
お父さんは言葉を選ぶように、重く沈んだ声で続けた。
「実は……君の本当の名前は“トカゲ • サウルス・フラン”なんだ。俺が“冒険に出なさい”と君に言ったのは嘘だ。本当は、まだお母さんが生きていた頃、もう間もなく死ぬことを悟った俺は、眠っている君に催眠をかけて記憶を操作した。『冒険がしたくて家を出た』という記憶と、森での生活の記憶をねじ込んだんだ。そして……君の中から“フラン”という名を消し、俺がロアと初めて出会った森に君を置いてきた。そうすれば、現実を受け入れやすいと思ったからだ」
お父さんの声は次第に震え、悔恨がにじむ。
「ごめん。本当は、こんなことをすべきじゃなかった。俺は愚かだったんだ。あの時からずっと後悔してる。何度も反省してきた……フラン、どうか……どうか、こんな父を許してくれないか」
そう言うと、父はトカゲくんの目の前で膝を折り、深々と頭を下げた。その仕草には、父親としての誇りも、言い訳も、もう何一つ残っていなかった。
しかし、トカゲくんの心はすぐに答えを出せなかった。許すことも、拒むこともできない。
ただ当惑とためらいがその顔に浮かび、視線は宙をさまよった。自分が何者であるのか、これからどうすればいいのか、その答えはまだ霧の中だった。
しかし、トカゲきんは小さな手に力を込めると、意外なほど穏やかな声で父に言った。
「……大丈夫だよ、お父さん。父さんの本気、ちゃんと伝わったよ。むしろ僕がお父さんの悩みをわかってあげられなくて、ごめん。お父さんだって、今までずっと辛かったはずだし……こうして本当のことを教えてくれてありがとう」
そう言いながらトカゲくんは歩み寄り、深々と頭を下げているお父さんの頭に、自分の額をそっとくっつけた。それは和解のしるしだった。
予想外の行動に、父の目が大きく見開かれた。
「……本当に、こんな父さんを許してくれるのか? 俺は……自分の息子を危険にさらしたような親だぞ……」
罪悪感に押し潰されそうな声。しかし、トカゲくんは小さく肩をすくめ、仕方ないなという表情で父を眺めた。
「本当に大丈夫だよ」
そう言った後、トカゲくんは自分の小さな身体で精一杯、お父さんの頭を抱きしめた。
その瞬間、父は「まさか、自分が息子に慰めてもらう日が来るなんて」と心の中で呟き、少し諦めたような笑みを漏らした。
そこには、後悔と罪悪感を越えた、温かい親子の絆が確かに戻っていた。
そんな二匹の姿を、ネコサウルスは後ろから静かに見つめていた。
胸の奥に広がる感情はただひとつ「和解してくれて、本当によかった」という安堵だった。
その後、三匹はしばらくの間、もう少し互いのことを語り合った。
ネコサウルスは、トカゲくんにどのようにしてトカゲくんのお父さんと出会い、そして彼をを探しにここまで来たのかを語った。
トカゲくんは驚いた顔をしながらも、真剣に聞き入っていた。嵐に巻き込まれてから、ネコサウルスにそんなことがあったとは、夢にも思わなかったのだろう。
もちろんトカゲくんも、自分がネコサウルスと出会ってからの冒険や、別れてからの試練をお父さんに語った。森での楽しい日々や、小さな仲間たちとの出来事。その一つ一つが、幼い息子を成長させた証だった。
話を聞くお父さんの表情は、確かに笑みに満ちていた。だがその目元には、抑えきれない涙の光が宿っていた。誇りと後悔、そして愛情が入り混じった、複雑で切実な涙だった。
話し合いが落ち着いた頃、トカゲくんはネコサウルスの方へと歩み寄り、突然その胸に飛び込んだ。
「……会いたかったよ」
抱きつく小さな体を、ネコサウルスも強く抱き返した。あれからずっとトカゲくんのことを思い続け、生きてきた。互いに無事で、再びこうして出会えた奇跡に、言葉はいらなかった。
もう二度と離れまい。ネコサウルスはその瞬間、心の奥で固くそう誓った。
---
それから、トカゲくんは父に呼ばれ、「お母さんを見に行かないか」と言われた。
その時、トカゲくんの心の中ではどっと感情が溢れたが、お父さんの言葉に導かれるようについて行った。
すると、地面より少し高い峰のような場所があった。
それを見た瞬間、トカゲくんはそこが「お母さん」だということに気づいた。
なぜかその日は銀色の月明かりが差し込み、お母さんがしばらく戻ってきて出迎えているかのように見えた。
思わず涙がこぼれた。
「……お母さん……」
言葉にならない声と共に、涙が頬を伝った。トカゲ君は墓のそばに座り込み、長い間、じっと動かなかった。その姿はひとり静かに思索に沈んでいるようでもあった。ネコサウルスと父は、その時だけはトカゲくんに声をかけず、ただ後ろで見守るだけだった。
やがて、十分に感情を吐き出した後、トカゲくんはゆっくりと立ち上がり、二匹の元へ戻ってきた。そのとき、何も語らなかったが、その表情から彼の心を少し汲み取ることが出来た。
その後、トカゲくんは木造の家の中を歩き回り、昔の記憶を探すように一つひとつの物に触れていった。そして思わず足を止めたのは、自分が幼い頃に描いた一枚の絵だった。
自然の素材で色を出し、不器用な手で描いたその絵には、緑色の自分、ピンク色のお母さん、黒緑色のお父さんが並んでいる姿が描かれていた。形は拙く現実と大きく違っていたが、そこには確かな家族の思い出が込められていた。トカゲくんは絵を懐にしまい、静かに家を後にした。
外に出ると、古い階段を降りつつ、かつて自分が走り回っていた田んぼを見つけ、しばらくの間その光景を眺めた。
荒れ果ててはいたが、確かに昔の輪郭は残っていた。懐かしさと切なさが胸に広がった。
その時だった。
傍らにいた父が、静かにトカゲくんへ尋ねかけた。
「これからどうするつもりだ?ここでまた住み続けるのか?それとも……あの子と一緒に冒険に出るのか?」
そう言って父は視線をネコサウルスへ向けた。トカゲくんもつられるように目をやると、ネコサウルスは座ったまま尻尾を揺らし、耳を小さく動かしていた。
その仕草に、言葉以上の期待と信頼が込められているように感じた。
再び父へと視線を戻したトカゲくんは、迷いのない声で答えた。
「僕、ネコサウルスと一緒に旅に出る!」
---
あの日の出来事があってから、トカゲくんとネコサウルスは再び森へ戻り、小道を歩いていた。
夕暮れの空はオレンジ色に染まり、夜の帳が静かに迫っていた。
ネコサウルスの頭の上に乗り、揺れる景色を眺めていたトカゲくんは、ふと口を開いた。
「ネコサウルス…まだ…あれのこと、覚えてる?」
突然の問いかけに、ネコサウルスの耳がピクリと動いた。
「……?」
「あれのことだよ。もう忘れちゃったの?」
少し考え込むネコサウルス。その頭の中に、やがて一つの記憶がよみがえった。
「……甘いもの探し?」
「うん!それ!」
トカゲくんはその答えが気に入ったのか嬉しそうに笑い、空に向かって小さな指を突き上げた。
「今回は絶対に、蜂蜜を探しに行くぞ! 行こう、ネコサウルス!」
二匹は再び歩き出した。夕陽を背に受けながら、過去の約束を果たすために。
それは大それた使命でも、壮大な戦いでもなかった。ただの「甘いもの探し」。
けれど、二匹にとっては何よりも大切で、かけがえのない冒険の始まりだった。
「完」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今まで本作品とともに歩んでくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
実はこの後の話をもっと書いてみたいのですが、現在は多作の方に力を入れており、次の作品の執筆のため、「猫サウルスとトカゲ君」の執筆は後回しにしたいと思います。本作品を応援してくださった読者様には本当に申し訳ありません。ですが、後で必ず戻ってきますので、それまで待っていただければと思います。それまでは、続きは読者様の想像に委ねたいと考えています。では、今後ともよろしくお願いします🙇
猫サウルスとトカゲ君 カゲカゲとかげくん @KAGEKAGEtokagekunn
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