再会と喪失 #23

冷たい風を切り裂きながら、ネコサウルスとトカゲくんの親は雪の中を通り抜けていった。


トカゲくんの親は空を飛び続け、ある地点でふいに高度を上げると、そのまま停止飛行をした。


そこは、この島全体を見渡せるほどの高さだった。


これほど高くまで上がったことのないネコサウルスは、思わず身を縮め、恐怖を覚えた。


しかし、それでも気を保ち、島のどこかにいるはずのトカゲくんの姿を探そうとした。


やがて、トカゲくんの親は何かを決意したように口を大きく開き、深く息を吸い込むと、島全体に響き渡るほどの咆哮を放った。


大地を震わせるような鳴き声に、ネコサウルスは反射的に耳を伏せてしまう。


なぜ彼が突然このような行動をとるのかは分からなかったが、ネコサウルスは、ただその背中でしっかりと身を預け、見守るしかなかった。


咆哮は島全体にこだまし、幾度も空気を震わせた。


そしてしばらくののち、トカゲくんの親は何かの反応を捉えたのか、方向を変えて一直線に飛び出した。


その勢いに合わせて、ネコサウルスも思わず彼の背にしがみつく足に力を込めた。


その後、どれほど飛び続けただろうか。


彼はやがてスピードを落とし、高度を下げていった。


そして地面に近づくと、広げていた翼をたたみ、四肢でしっかりと地を踏んだ。


その視線の先にあるものを捉えると、低く響く声で言った。



「……久しぶりだね。我が息子よ」



---



空から、聞き覚えのある音が響いた。


トカゲくんは思わずそちらへと体を向けた。


実はその音を、彼は昔、聞いたことがあった。それはかつて父から教わった合図の音だった。


もし道に迷ったり、何かあった時に互いに知らせ合うためのもの。


特にそれは、トカゲくんを呼ぶための信号だった。


だが当時のトカゲくんには、その意味を十分に理解できなかった。


なぜお父さんがここにいるのか。そして、なぜ自分を呼ぼうとしているのか。


それでもトカゲくんは、父からの信号に応えるために教えられたとおりの動作を取った。


両目を閉じ、口を大きく開いて大量の空気を吸い込んだ。そして、普通の耳では決して聞き取れない超音波を空気中に放った。


放たれた音波は森全体に広がっていく。


それを終えると、トカゲくんは地面に腰を下ろし、動かずに待った。


昔、父にそうするよう教えられたからだった。


それから少し時間が経つと、トカゲくんの予想通り、彼の父の姿が上空から現れ、目の前に降り立った。


久しぶりに見る父の姿に、トカゲくんは胸が熱くなる。


再会の喜びが込み上げてきたが、その一方で、父がなぜここに来たのかという不安も同時に湧き上がっていた。



「……久しぶりだね。我が息子よ」



父が声をかける。



「……お久しぶり…」



トカゲくんも同じく返した。


しかし、急なドラゴンの登場に、周囲のペンギンたちは一斉にパニックに陥った。仲間は慌てて後ずさり、トカゲくんの元から離れていった。


トカゲくんはすぐに「大丈夫だよ」と身振りで伝え、ペンギンたちを安心させようとしたが、効果はなかった。仕方なく、彼は再び振り返り、父に問いかけた。



「どうしてここに?」



そのときだった。トカゲくんの表情は変わっていった。


父の背後に、もう一匹の姿があることに気づいたからだった。


そこにいたのは、かつて自分の命を救い、そして親友でもあるネコサウルスだった。


その瞬間、さっきまでの笑みは消え、トカゲくんの顔は固まった。


周囲の冷たい空気が、さらに凍りついたように感じられた。



---



「……なんでネコサウルスが、お父さんと一緒にいるの?」



トカゲくんが戸惑った顔でそう聞いた。


彼には理解できなかった。


まず、父がどうやって自分の居場所を知り、ここまで探しに来たのか。


それ以上に、どうしてネコサウルスが父と一緒にいるのか、その理由も全く分からなかった。


今の状況は、まるで夢の一場面のように思えた。



「確かに今は混乱しているとは思うが、詳しい話は家に戻ってからにしよう。」



父の言葉に、トカゲくんは黙って首を縦に振るしかなかった。


やがて、父に導かれるようにしてその大きな掌に身を預け、帰る準備を始めた。


その前に、トカゲくんは、これまで自分を支え、一緒に暮らしてきたペンギンたちへ別れを告げることにした。


群れの仲間に向かって、優しく手を振る。


ペンギンたちの表情には、戸惑いや恐怖がまだ残っていた。


それでも、その奥にはトカゲくんが突然去ってしまうことへの悲しみも見え隠れしていた。


中には鳴き声をあげる者もいて、その声はどこか切なく響いた。


父が翼を広げ、空へと舞い上がろうとした瞬間。


トカゲくんの視線は、最初に自分を拾い上げ、共に過ごしてきた親ペンギンの姿に留まった。


その顔は無表情に見えたが、長い時間を共にしたからこそ分かった。


きっと心の中では深い悲しみを抱いているはずだった。


理由はよく分からないけど、これまでの仕草や言葉なき交流が、そう告げていた。


気づけばもう、トカゲくんは地面から遠ざかっていた。


ペンギンたちの姿は次第に小さくなり、やがて完全に見えなくなった。


残されたのは、ただ青い空の広がりだけだった。


家へ向かって飛びながら、彼らは特別な会話を交わしたりはしなかった。


けれどトカゲくんの胸の中には、どうしても拭えないもやもやが残っていた。


やがて家に近づいたとき、父の掌に運ばれていたトカゲくんの視界には、一つの大きな山が飛び込んできた。


それは、以前ペンギンたちと新しい居場所を探すために移動していたときに見た山だった。


なぜか、見覚えがある。


そう思った次の瞬間、父の言葉に耳を疑った。



「もう家に着いたぞ。」



トカゲくんは、驚かざるを得なかった。


その山の中が、自分の家だったとは知らなかったからだ。


トカゲくんは旅に出る前、一度も外に出たことがなかった。


そのため、自分の家の外の様子をまったく知らなかったのだ。


山の内部に到着すると、父はトカゲくんとネコサウルスをそれぞれ背から下ろした。


足を地につけたトカゲくんは辺りを見渡し、ここが自分の家だったのだと改めて実感した。そして、混乱を抱えつつも、父にできるだけ穏やかに尋ねた。



「……お父さん。なぜ僕を呼んだの?」



トカゲくんの言葉に、父は一瞬ためらい、低く答えた。



「実は……この子から、フランが危険にさらされたと聞いたんだ。それで助けに来た。」



その言葉を受け、トカゲくんの視線は自然とネコサウルスに向けられた。


確かに、今の状況でもっとも大きな疑問のひとつが、なぜ彼女が父と一緒にいるのか、ということだった。



「なるほど……それは助けてくれてありがとう。でも、どうしてネコサウルスと一緒にいるの? それに……今、お母さんはどこ?」



そう言いながら、トカゲくんは落ち着かない様子で周囲を見回した。


母の姿を探しているのだろう。しかし、そこには影も形もなかった。


その表情には、不安と焦りが滲み出ていた。


だが、父も、ネコサウルスも黙ったままだった。


すでに答えを知っているからこそ、すぐには言葉にできなかったのだ。


しばらく沈黙が続いた後、父は歯を噛みしめるようにして口を開いた。



「……色々と困惑しているとは思うが、今から大事な話をしなくてはならない。」



表情は真剣なものに変わり、ゆっくりと言葉を続けた。



「……実はフラン。お母さんはもう死んだんだ。」



---



重い沈黙とともに、トカゲくんの体は固まって動かなくなっていた。


あまりに大きな衝撃に、心も思考も凍りついてしまったのだ。



「……母さんが死んだ……? 母さんが……? なんで……?」



トカゲくんはまだ現実を受け止められず、小さな声で何度も呟いていた。


その姿を見つめる父の表情にも、深い影が差していた。


本当はこんな話を自分の息子に伝えたくはなかった。だが、いつかは告げなければならない時が来る。そして、それは今だった。



「そうだ……。お母さんは病を患って、亡くなってしまったんだ。……ごめん。」



言葉を吐くたびに、父の口元は震えていた。それを口にすること自体が苦痛だったのだ。



「でも、なんで……お父さんは何もしなかったの? お父さんは...強いんでしょう? お父さんならできるんでしょう? ......そんな病気、治すくらい簡単なんでしょう...?」



言葉を吐きながら、トカゲくんの瞳からは涙が溢れ、頬を伝って落ちていった。



「俺も頑張ってみたんだよ。でも、お父さんだって万能じゃない......。」



父の声は次第に荒くなっていく。

危うく息子に怒鳴り散らすところだったが、なんとかこらえた。



「......お母さんの病気は、自分には到底無理だったんだ。」


「 嘘つき! 何が世界最強なの...?いつも自分は何でもできるって言ったんでしょう?でも、なんでお母さんは守れなかったの?」



息子のその叫びを聞いた瞬間、父の胸の奥で押さえ込んでいた感情が一気に弾け飛んだ。



「お前には分からない!!!」



大きな咆哮が空間を揺らし、何度もこだました。



「俺がそれまでどれだけ頑張ったか知ってるか? はぁ?俺だって最善を尽くしたよ。看病して、見守って、薬作って、できることは全部やった。それでもうまくいかなかった。俺にどうしろって言うんだ。今まで俺がどれだけ苦しい思いをしてきたか、知ってるのか? はぁ?」



だが言葉をすべて吐き出したその瞬間、怒りに支配されていたトカゲくんの父の目の前に映ったのは、怯えて泣きわめく息子の姿だった。


その体は自分と比べてあまりにも小さく、そこからぽろぽろと涙が地面に落ちていった。


その光景を見た瞬間、トカゲくんの父は、自分が取り返しのつかない過ちを犯したことに気づいた。


一番やってはならないこと——それは、自分の息子を泣かせることだった。


そもそも母親の死を見せまいと、あんな選択をしたはずなのに。


それなのに、またしても親失格の行為をしてしまったのだった。



「……フラン、ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。この父さんを、許してくれないか……?」



しかし、優しい言葉にもかかわらず、トカゲくんの涙は止まらなかった。


まるで赤ん坊のように、ひたすら泣き続けた。


その姿を前にして、父は思わず胸を痛めた。自分は、こんな小さな子に何をしているのだろう——そう思わずにはいられなかった。


罪悪感が押し寄せる中、泣いていたトカゲくんは短い足で立ち上がり、そのまま隣にいるネコサウルスの元へ歩き出していった。


そして、ネコサウルスの胸に身を預け、声をあげて泣き崩れた。


その姿はまるで、母を懐かしみ、不在を悲しんでいるかのようだった。


ネコサウルスはただ、優しくその小さな頭を撫で続けるしかなかった。


今の彼女にできることは、それだけだった。


涙が止むまで、ただそばに寄り添うこと。


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